「ヴィム! 会いたかった!」
ジャスティーナは満面の笑みを浮かべながら、ヴィムを抱きしめた。
「呼び出すのが遅くなってごめんなさい! 決して忘れていたわけじゃないの!」
さらに腕に力を込めて、小さな魔獣の存在を確かめる。
「ずっと会いたいと思っていたの。でも、魔獣召喚には闇の力が必要で。そのまま使ってしまうと、髪と瞳の色が変化しちゃうの」
「う……」
「だから、そうならないように鍛錬しないといけなくて。それが思いの外、時間がかかってしまって。でも、そんなの言い訳よね。ずっと待たせておいて、あなたが怒っても仕方ない……あれ?」
ヴィムの反応がないことを不審に思い、少し腕の力を緩める。
すると、腕の中で目を閉じたまま、ぐったりとしているヴィムの姿が視界に入った。
「ああっ、ヴィム! ごめんなさい! 私ったら嬉しくって……! 大丈夫⁉」
ジャスティーナは両腕でヴィムを抱えたまま狼狽る。
「ああ、どうしましょう……っ」
その時、ゴホッとヴィムが小さく息を吐き出した。
「……だ、大丈夫です……」
「ヴィム!」
ゆっくりと開かれた赤い目を見て、ジャスティーナは安堵する。
「ああ、良かった……!」
「も、申し訳ありません、情けない姿を晒してしましました」
体を起こしたヴィムを、ジャスティーナは近くの小さな岩の上にそっと置いた。
その横に、自分も腰かける。
「さっきは召喚できたことが嬉しくて、一気に話してしまったけど」
ジャスティーナは改めてヴィムに向き合った。
「闇の力を使う時はどうしても髪と瞳の色に影響が出るの。それを表に出さないように、闇の力を使いこなすようにする必要があって」
ヴィムに召喚可能になった経緯を説明する。
「髪と瞳の色を変えずに……とてつもない鍛錬を積まれたのでしょうな」
ヴィムは感心したように深く頷いた。
「もちろん、私だけの力じゃないわ。これのおかげよ」
ジャスティーナは首元から魔鉱石を取り出す。
光の粒が無数に煌めいている魔鉱石を、ヴィムは不思議そうに見つめた。
「これは……見たこともない代物ですな。何やら、我々の知らない力が秘められているようですが」
「よく分かったわね。ええ、そうなの。これには癒しの力が込められているのよ。これを使って闇の力を上手く制御することに成功したの。ルシアンからの贈り物よ」
「ルシ……アン……?」
その名を聞いた途端、ヴィムの表情が硬くなる。
「……それは、あの不埒な人間の男のことですね?」
ヴィムにとって、ルシアンはあまり良い印象ではないらしい。
「もう、そんな言い方しないで。ルシアンは私にすごく協力してくれているの。感謝してもしきれないくらいよ。ルシアンの人柄を知れば、ヴィムもきっと仲良くできるわ」
「私はあなた様以外の人間を知りたいとは思いません」
ヴィムは頑なに言い切ると、横を向いた。
せっかく召喚できるようになったのだから、ジャスティーナとしてはヴィムをルシアンに紹介したい。それにルシアンと接することで、ヴィムに人間に対する心の垣根を少しでも低くしてもらえたらと思っている。
だが、ヴィムにはその概念すらないのだろう。今は双方の戦いは終結したとはいえ、もともと相容れるような種族同士ではない。
(でも……あ、そうだ)
ジャスティーナはヴィムを手のひらに乗せ、彼と視線の高さを同じにした。
「ねえ、聞いて」
ヴィムは渋々といった風に、こちらを向く。
「ルシアンがヴィムにとても感服していたわよ。単身で人間達の所に来るなんて、とても勇ましい。きっと魔王に並々ならぬ忠誠心があるんだろう。魔王と黒竜の間に強い絆がある、って」
ジャスティーナは発言後、ちょっと言い過ぎたかな、と若干気がとがめた。実際にルシアンが言ったのは、最後の一文のみ。ちょっとどころか、結構盛ってしまった。
だが、こうでも言わないとヴィムは心を閉ざしたままだ。ジャスティーナは内心ルシアンに謝りながら、ヴィムの反応を待った。
「……その人間、なかなか見どころのある者のようですな」
しばらくしてヴィムが小さく呟いた。しかし、その表情は少し嬉しそうに見える。
「わかりました。ジャスティーナ様はそこまでおっしゃるのなら……」
「会ってくれるのね?」
「ええ。この目で、その者があなた様の配下に相応しいかどうか、しっかり見極めさせていただきます」
「ちょ、ちょっと、ルシアンは私の部下じゃないわ」
「では、あの者の立場は?」
ヴィムは首を傾げた。
(うーん……魔王は魔族にとって絶対的王者で、その他は配下としてちゃんと序列も決まっていたのか……私もよく思い出せていないけど。ヴィムにはその感覚が刷り込まれているのね。ルシアンは私と対等な立場と言ったら、また怒ってしまうかしら)
ジャスティーナは悩んだが、正直に話すことにした。
「ルシアンは私の幼馴染、小さい頃からの友人なの。
「ゆ、友人ですと⁉ それはあなた様と同等の立場という……」
想像していた反応がそのまま返ってきた。
「落ち着いて。言ったでしょう、今の私は人間なの。魔王じゃないのよ。それで、今は魔法学院の同級生で、私の婚約者候補よ」
「婚約者……?」
「もちろん、まだ候補だから、結婚するとは決まっていないけど」
「結婚……」
ヴィムは結婚という単語にピンと来ていないようだ。
「あ、結婚っていうのは……そうね、竜の概念なら……つがいとして契る、って言った方がわかりやすいかしら」
「つ、つがい……契る⁉」
ヴィムは驚きがすさまじかったのか、大きく口を開けた。それは見事なほどにあんぐりと。
「え……どうしたの?」
ジャスティーナは心配になって、ヴィムの顔を見つめた。
「……ジャスティーナ様。その男は本当に信用のおける者なのですか……?」
「え、ええ。もちろんよ」
「いいえ、信用なりません!」
聞いておきながら即、否定。ヴィムは首を大きく左右に振った。
「あなた様は、いいえ、メイザネラ様はとてもお美しいお方でした。強く、気高く、それでいて時折我らにも慈悲の心を与えてくださり……我ら魔族はメイザネラ様にお仕えすることが何よりの誉れであり、永遠の忠誠を誓いました。あのお方のご威光の前に、誰もがひれ伏したのです。メイザネラ様は我らの統治者であり至高の存在。……ですが!」
ヴィムはカッと目を見開いた。
「魔王様の側近の一人が、あろうことか、メイザネラ様に劣情を抱いていたのです……!」