目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第25話

 ジャスティーナはロレッタを振り返る。こちらが手を差し伸べる前に、彼女はゆっくりと立ち上がると丁寧に頭を下げた。

「……助けていただいて、ありがとうございます」

「いいえ、私は何も。それより、あなたも大丈夫ですか? 今から一緒に教室に──」

「助けていただいたことは感謝しています。でも、こうこれ以上、私に関わらないでください」

 ジャスティーナの言葉を遮るように、ロレッタはやや強い口調で言った。

「え?」

 微かな拒否の意思が見え、ジャスティーナは戸惑う。

「あなたが悪い人ではないのはわかっています。でも、私は貴族を信じられないんです」

 ロレッタはそう言い残すと踵を返して学舎の方へ歩き出した。

「あ、あの、待って!」

 ジャスティーナはロレッタの背中に向けて声をかけたが、彼女が振り返ることはなかった。



(何か間違えてしまったのかしら……)

 夕暮れ時、ジャスティーナは自室で椅子に座ったまま落ち込んでいた。

 ロレッタが全身で自分を拒絶しているのが伝わってきたからだ。

『私は貴族を信じられないんです』

 彼女の言葉が頭の中で反復する。

(貴族が信じられないって……彼女も貴族なのに)

 生活環境が変わって戸惑っているみたいだ、とライナスも言っていた。


(本当に深い事情があるのね)

 何も知らない自分が、簡単に踏み込んでいけるわけがない。

(気持ちを切り替えなきゃ。私は早くヴィムを呼び出せるようにしよう)

 その前に、転移魔法を使えるようにならなくては。


 魔獣召喚をするのは誰もいない場所が絶対条件だ。自室が最適なのだが、いきなり呼び出されたヴィムは人間の部屋を見て混乱し、飛び回るかもしれない。

 それに、そのままの大きさで出てきてこられても困る。

 なので、魔獣召喚の場所は学院を取り囲む森にすることに決めた。もちろん、学院の建物からかなり離れた場所で。だが、いちいち歩いていては時間もかかるので、転移魔法で森へ飛びたいと考えた。


 ジャスティーナは椅子から離れると、部屋の中央に立った。

 まず、意識を研ぎ澄ませて、自分の中にある闇の力を支配下に置くことから始める。

 それが上手くいくと次に、以前魔族の森から学院の森まで移動したことを思い出した。

(あの時の感覚をもう一度思い起こすのよ……!)

 その場にしゃがみ、両手をつく。

(魔族の森から帰ってきたあの場所へ行けますように……!)

 強く念じると、自分のいる場所を中心に風が起こった。

 床が赤く光り出し、次第に輝きを増す。

 視界が徐々に白くなっていく。

(この感覚、あの時と同じ……! いける……!)

 ジャスティーナは強く念じた。



 気がつくと、ジャスティーナは森の中に立っていた。上を見上げると、茜色に染まった空が見える。

 急いで上着から手鏡を取り出し、顔を映す。まだ日は完全に沈んだわけではないので、薄暗い森の中でもかろうじて瞳の色を確認することができた。

「目が赤くない……」

 鏡の中では、いつもと同じ緑の瞳が自分を見つめている。

「髪は……⁉」

 髪も確認したが毛先にも変化は表れず、金髪のままだ。

「今のところ上手くいった……けど、ちゃんと帰れるようになってないと」


 休む間もなく、再びしゃがみ込んで地面に手をついた。

(自分の部屋に戻れますように……!)

 先ほどと同様、風が起こり、視界が白くなる。


 次に気づくと、見慣れた調度品が視界に入った。

 自分の部屋の光景だ。

 再び鏡を確認するが、身体のどこにも変化は見られなかった。


「やった……転移魔法も上手くいったわ……!」

 今回も、ルシアンの魔鉱石がちゃんと働いてくれた。

 喜ぶと同時に身体が重くなり、フラフラとベッドに倒れ込む。

「上手くいったけど、体力をすごく使うことが難点ね……」

 ジャスティーナは瞼を閉じると、徐々に深い眠りに落ちていった。

 また夕食の時間に間に合わなくなる可能性など、今のジャスティーナに考える余裕はなかった。



 翌日の夕刻。

 転移魔法で森へ移動はできたものの、魔獣召喚は上手くいかなかった。魔法陣が出ないのだ。

 立て続けに高度な魔法を使うのは、まだ身体がついていけていない証拠なのだとジャスティーナは思い、まずは体力回復に専念することにした。

 そして三日後。

(体力は万全だし、中の力も不足したり乱れたりしてないみたい)

 今日はいけるという確信を持って、転移魔法で森へ移動する。

(さあ、ここからよ)

 静かに目を閉じて、手のひらを上に向ける。

(ヴィム、あなたに会いたいの。だから、私の元に来て……!)

 強く願った。

 すると、手のひらの上が赤く光り、魔法陣が出現した。

 ジャスティーナはさらに意識を集中させる。

(私の元に……!)

 やがて、魔法陣の中から黒い物体が姿を見せる。肩に乗るくらいのサイズの、赤い目をした黒い竜。


「ジャスティーナ様……」

「ヴィム……!」

 ヴィムは翼を広げ、宙に浮いたまま深く頭を垂れる。

「お久しゅうございま──うぐぅっ……!」


 ヴィムの挨拶は、ジャスティーナの強すぎる抱擁で遮られた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?