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第24話

 翌日の朝。

 ジャスティーナは朝食時もロレッタの姿を探した。教室では話しかけるタイミングが合わないが、食事時なら偶然を装って隣に座れるかもしれない。そうなれば自然に何か会話ができると思ったのだ。 


 しかし。


(どこにもいないわ……もしかしたらもうすでに食事を終えてしまったのかしら)

 それともこのあと来るのか。

(でも、その保証もないわね。いつ現れるかわからない相手をずっとここで待つわけにもいかないし……。あ、そういえば)

 その時、ふと思い出した。

(ロレッタ様はいつも何かしらの本を抱えていたわ)

 もし読書好きなら図書室にいるかもしれない。それに、アデラとその友人達の姿がどこにもないことも気になる。


 ジャスティーナは食事を終えると図書室へ向かった。

(あれ、いないわ……)

 広い図書室を隅から隅まで探したが、ここにもいなかった。

気づけば、午前の授業開始時刻が迫っている。今は諦めるしかない。

(こっちの方が近道なのよね)

 教室へ向かう一般的なルートを外れ、ジャスティーナは廊下から外へ出る。そのまましばらく外を歩き、建物の裏側に回ろうとした時だった。


「ねえ、ロレッタ。あなた、早くこの学院を辞めてくれない?」

 ロレッタ、という名前に反応して、ジャスティーナは歩みを止める。

 それに、この声の主はアデラだ。


 ジャスティーナは建物の陰に身を隠すようにして、そっと覗いてみた。

 アデラの他、オーレリアとエノーラの姿も見える。

 彼女たちに取り囲まれ、身を縮めているのはロレッタだ。

「目障りなのよ。早く消えてくれないかしら」

 高圧的な声に臆しながらも、ロレッタはか細い声で答える。

「……私の一存では決められないわ。そんなに辞めさせたければお父様に言って」

「誰が口答えしていいって言ったのよ!」

 アデラが声を荒らげ、ロレッタの髪を掴むと、その場に突き飛ばした。

 ロレッタは小さく呻いて倒れ込む。


「口で言ってもわからないようね。少しは酷い目に遭ってもらわないと」

 アデラの唇が意地悪く弧を描く。

「オーレリア、頼むわよ」

「ええ、任せて」

 オーレリアは一歩前に出て手のひらを上に向けると、頭一つ分ほどの水の球体を出現させた。

 水の球体はふわふわと浮かんで移動し、ロレッタの頭上を目指す。


(あれがロレッタ様の頭上に届いた瞬間、魔法を解除するつもりね)

 そうなれば、ロレッタが水浸しになる。

(実演授業以外での生徒間の魔法攻撃は禁じられてるのに……)

 ここで助けに入るのは簡単だが、アデラ達はそのまま逃げてしまうだろう。

(いつも酷い目に遭ってるのはロレッタ様なのに。これ以上はあの人達に好きにはさせないわ)


 アデラの言葉を使うのなら『少しは痛い目に遭ってもらわないと』だ。

 ジャスティーナは自身の内側に意識を集中させる。ここは風の魔力より、闇の炎を使った方が良さそうだ。

(闇の炎よ、ロレッタ様を守って!)

 次の瞬間、手のひらの上に現れた赤紫の炎の塊が、水の球体目掛けて勢いよく飛んだ。

 そして素早く球体を包み込むと、炎はロレッタの頭上を離れてアデラ達の上に移動する。

「な、何なの……」

 アデラから戸惑いの声が上がる。オーレリアとエノーラも突然のことに声が出せないようだ。

 水の球体は炎に圧し潰され、ぱん!と音を立てて弾けた。その瞬間炎も消える。

「きゃあ‼」

「ちょっと何よ、これ!」

「水浸しじゃない!」

 三人は頭から水を被り、制服もびしょ濡れだ。

 その一連の出来事に、ロレッタも目を丸くする。


「あら、皆さん、こんなところで何を?」

 ジャスティーナは偶然を装って、彼女達に近づいた。

「あら、大変。服が濡れていますわ」

「ジャスティーナ・ラングトン……!」

 アデラが憎々し気に呟く。

「あなたの仕業ね!」

「何が、ですか?」

「とぼけないで! 今、火の魔力を使ったでしょ⁉」

「火?」

「そうよ、オーレリアが出した水の球体をロレッタにぶつけてやろうとしたのに──」

「あら、どういうことですの?」


 ジャスティーナはニコニコと笑みを浮かべながら、ずいとアデラに近づいた。

「魔法をロレッタ様にぶつけようとした? 生徒間での魔力攻撃は校則違反ですわよ?」

「そ、それは……」

「まさか、誉れ高き伯爵家のご令嬢とご学友が誰かを貶めるために、格式高い学院の校則を破る、など……あり得ませんわよね」

「そ、そんなことあなたには関係ないじゃない! それに、こんな人があまり通らない所に急に現れて怪しいのよ!」

「たまたまですわ。教室に行く前に図書室に寄っていましたから。ここを通った方が近道なんです。もちろん、嘘ではありませんよ。他の人も使っているルートですし」

実際、この近道は図書室を使う別の生徒に以前教えてもらった。


「と、とにかく、あなたが火を操って──」

「さっきから、火とは何のことです? でも変なことをおっしゃるのね。私は風属性です。火は扱えませんわ。入学早々の能力測定で水晶玉が緑になったこと、あなた方もご覧になっているはずです」

(公開処刑、とか非難してごめんなさい。こんな風に使えるなら、やって良かった……)

 ジャスティーナは初めてあの儀式を肯定的に捉えることができた。


 アデラは一言も反論出来ず、口をつぐんでいる。

「でも、おかしいですわね。この中で火の魔法を使えるのは……あ」

 ジャスティーナはわざと目を大きく見開く。

「アデラ様。あなた、確か火属性でしたわよね?」

「えっ?」

 アデラが固まった。

「え……どういうことなの? アデラが……?」

 オーレリアは疑いの目をアデラに向けた。

「ち、違う、私じゃないわ」

「でも、この中で火魔法を使えるのはアデラしか……」

 エノーラもオーレリアに加勢したことで、アデラはますます慌てた。

「ち、違うったら!」

「あの、お話し中のところですが」

 ジャスティーナが三人の中に割って入った。

「髪と服、早くどうにかなさった方がよろしいのでは? まもなく授業開始時刻になりますし」

 その言葉に三人はハッとした表情を浮かべ、一斉に走り出す。アデラだけは一度振り返って、ジャスティーナを睨んできたが。


 彼女達の後ろ姿を見ながら、ジャスティーナは肩の力を抜いた。

 あの程度の発言で仲間を疑い出すなんて、あの三人の友情はあまり深くないのかもしれない。


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