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第22話

「まさか、この時間に誰かに会うなんて思ってもいなかったよ。ところで君はこんなところで何を?」

 ジャスティーナは読書に夢中になっていたら、夕食の時間を逃したことを話した。

「だから、せめてお水をもらおうと思って」

「それで、トレイを持って移動してたのか」

 ライナスが水差しとグラスに視線を向ける。

「だったら腹が減ってるだろう。ちょっと待っててくれ」


 そう言うと、ライナスは先ほどいた場所近くの岩に駆けて行った。その上に置いてあった何かを手に持って再び戻ってくる。

「これを君に」

 手のひらほどの紙包みを、ジャスティーナに差し出した。中に何か入っているのだろうか、楕円形の球体のようだ。

「夜食に取っておいたパンだ。まだあるから遠慮するな。ああ、今日の夕飯の余りをもらってきたから、鮮度は悪くないはずだ」

「そんな、あなたの物なのに」


 その時、ジャスティーナの腹がぐぅ、と鳴った。

「え、えっと……」

 恥ずかしくて顔が熱くなる。するとライナスはトレイ上のグラスを手に取り、空いたスペースに紙包みを置いた。

「わ、悪いわ」

「いいや、悪くない。もしかしたら、これは君の夕飯になる物だったかもしれない。横取りしたのは俺だ。それを君に返した。それなら罪悪感も湧かないだろう?」

「えっと……そういうことに……なるのかしら?」

「なる。じゃあ、代わりと言っては何だけど、水をくれないか」

 ライナスは水差しを取ると、グラスに水を注いで一気に飲み干した。

「ちょうど喉が渇いていたんだ。助かったよ」

 屈託のない笑顔を向けるライナスを見て、ジャスティーナもつい笑みを漏らした。


「では、遠慮なくいただくわね。そういえば、ライナスはここで何をしてたの?」

「剣の素振りだよ。最近、座学ばかりで身体が鈍ってきたから。さすがに部屋でやると、物を壊しそうで」

「ライナスは剣技もできるのね」

「剣技も、というか……魔法より断然剣の方が得意なんだ。実は俺、もともと魔力量が少なくてさ」

「……そうだったの。ごめんなさい、余計なことを言ってしまって」

「いいよ。気にしないでくれ。それに魔力量が少ないから、剣で強くなろうと思えた。将来は騎士になれたらいいと思ってる。親に言われて魔法学院に入ったけど、どうせしがない男爵家の三男坊だしな。家督も継げないし、何なら好きに生きてやろうと思って。それに」

 ライナスの顔から笑みが消え、険しい表情に変わる。

「強くなれなきゃ守りたいもの守れやしない」

 ジャスティーナの目には、ライナスには何か強い思いを背負っているように見えた。


(強くならなければ守りたいものも守れない。……それは私にも言えることだわ)

 自分の守りたいもの──それは家族。ずっと変わらない穏やかな暮らし。

(そしてルシアンも)


「ありがとう、ライナス。私も頑張るわ」

「え、俺、何か言った?」

「ええ、とても大切なことを。私そろそろ行くわ。邪魔してごめんなさいね。ではまた明日教室で」


 ジャスティーナはくるりと身体の向きを変えた。

「ジャスティーナ」

 呼び止められて振り返る。

「あのさ……君の席の横の子なんだけど」

「ロレッタ様のこと?」

「ああ。彼女とは話した?」

「いいえ。お話したいとは思っているんだけど、タイミングが合わなくて」


 いつも一人でいる印象の強いロレッタ。先日、廊下で見かけた時も表情は暗かった。それに、汚れた教本も気になる。

「でもいつか仲良くなれたらいいと思ってるわ。彼女がどうかしたの?」

「ああ、いや。彼女とは少し面識があって。彼女、生活環境が急激に変わって戸惑ってるみたいなんだ。君にこんなことを頼むのはおこがましいとわかってるんだけど、少しだけでいいから気にかけてやってくれないかな」

「それは私より面識のあるあなたの方が、彼女も安心するんじゃないかしら」

「ごめん……俺では力になれそうもないんだ」


(何か事情があるのね)

 ジャスティーナはしばらく考えてから口を開く。

「……期待に応えられるかわからいけど、私なりに努力してみるわ」

「ありがとう」

 ライナスはどこかホッとした表情を浮かべる。姿勢を正し、ジャスティーナに向けて一礼すると、最初に素振りをしていた場所に戻っていった。


 それから一週間後。

 ライナスと約束したものの、ロレッタとの距離は一向に縮まらない状況が続いていた。

 声をかけようとしても、事前にそれを察知されてしまうのか、ロレッタはすぐに姿を消してしまう。授業後にでも一緒にゆっくりと話せればいいのだが、ジャスティーナにも魔力強化と闇の力の共存という目的のため、やらなければならないことがある。


「さあ、これまでの成果を試すわよ」

 自室に戻り、床の中央に立って目を閉じる。首元からペンダントを取り出し、直接触れる。

「私に力を貸してちょうだい」

 意識を身体の内部に集中させる。緑の気の流れを感じる。これは本来の風の魔力だ。

 さらにその奥に、黒い核を見つける。白い光に包まれて安定しているのがわかる。


(よし!)

 ジャスティーナはあえて白い光の一部に細く小さな隙間を作った。そこから、黒い気の流れが少しずつ流れ出していく。一気に放出させてはいけないし、風の魔力を押しやるほど広げてもいけない。あくまで少しづつ、微々たる量を細い糸のイメージで流れさせていく。


 その黒い気は一か所に小さくまとまったのを感じて、ジャスティーナは再び黒い核を白い光で閉じた。

 黒い気は横に広がることなく、風の魔力の中をゆっくりと漂っている。


(闇の力よ、私の声に応えて)


 静かに念じた。


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