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第21話

 この日も授業が終わったあと、ジャスティーナは図書室で魔力関連の分厚い本を数冊借りた。そのまま図書室にいるのではなく、自室に持ち帰る。

何やら難しそうな本ばかりだ。

「よし!」

 気合を入れて机に向かうと、ページを開いた。

 魔力強化の基礎に関しては、ジャスティーナが先日能力判定の際にやったやり方で大体合っているようだった。ただ、体内に流れる魔力の気の流れを常に意識しなければならないらしい。


 読み進めていくうち、ジャスティーナの中でも心境の変化が起こっていた。

「今までは、私の中の闇の力を怖がっていたけど、そうしたところでその力が私の中で消えるわけじゃないのよね。抑えて何とかなると思っていたけど……上手く共存させればきちんと扱うことも可能なのかしら」

 たとえば、ルシアンは水の魔力と癒しの力を一つの体内に有している。彼は上手く使い分けている。

 自分は、風の力と闇の力がある。状況は全く同じではないが、これもジャスティーナの中に二つの力が宿っているということにはならないのだろうか。


 そう思い至ったのには、理由がある。

「ヴィム……どうしているかしら」

 必ず召喚する、と言ったものの、まだ実行できていない。もちろん呼び出すには闇の力を使う。その結果どうなるかも身をもって知っている。

 だが、どうしても頭の片隅から離れないのだ。

 魔族の森でたった一匹。寂しく空を眺めているのではないか。

 いまだに呼ばないジャスティーナに対し、失望していないだろうか。

 そう考えると、自然と涙がこぼれそうになる。


「だめだわ。泣いても仕方がないじゃない。今出来ることを一生懸命やらないと」

 ジャスティーナは頬をパンッと叩いて、気合を入れ直した。



 本で知識を吸収してはその場で実際に試す、ということを繰り返し行っているうちに、いつの間にか日は落ち、夕食の時間を逃してしまった。

 ジャスティーナの姿がないことを、もしかしたらルシアンだけは気づいていたかもしれないが、男子は女子寮には入れないので呼びに来られない。


 このまま朝食の時間まで待とうかと思ったが、空腹には抗えなかった。

 そっと自室を出て、食堂へ向かう。

 もう遅い時間なので食事になるような物は何も残っていないだろうが、水ならあるかもしれない。


 寮棟を出て食堂を目指す。廊下には魔石をはめ込んだ魔道灯が等間隔に配置されているので、昼間ほどの明るさはないが足元は良く見える。

 食堂を覗いたが誰もおらず、厨房の方で人の気配がしたので声をかけると、料理人の一人と思われる男性が出てきた。

 男性は明日の仕込みが終わったので今から宿舎に戻るところだったらしい。ジャスティーナが事情を話すと「何も残っていなくて申し訳ない」と言いながら、きれいな水の入った水差しと空のグラス二つをトレイに載せて渡してくれた。


「返すのは明日でいいから」

「はい。助かりました。ありがとうございます」

 ジャスティーナは丁寧に礼を述べると、トレイを持って来た道を戻る。

 食堂を出ると寮棟へ続く長い廊下が現れる。その時、外からかすかな音が聞こえてきた。

 シュッ、シュッという風を切るような音だ。


(何かしら)

 ジャスティーナは近くの扉を開けて、外へ出てみた。

 魔道灯の光は外には届かず、辺りは暗い。ジャスティーナは月明りだけを頼りに、歩を進める。

 少し歩くと開けた場所に出た。その中央辺りで誰かが立っている。長身でがっしりとした体躯だ。手に長い棒のような物を持ち、大きく上下に振る動作を繰り返している。

(男性? ここの生徒……?)

 だとしてもこんな夜中に何をしているのか。十分怪しい。ジャスティーナは誰か呼んで来た方がいいかも、と踵を返そうとしたが、運悪く地面の小枝を踏んで音を出してしまった。


「誰だっ?」

 その人物が振り返って大股で近づいてくる。

(どうしよう)

 ピリッとした空気の中ジャスティーナが固まっていると、月明りでその人物の顔が露わになる。

 茶褐色の短い髪に、精悍な顔立ち。手には木剣を持ち、さながら騎士のような出で立ちだ。

「あ」

 顔に見覚えがある。クラスメイトだ。

「あなたは、ステリー男爵令息、ライナス様」

「はは、令息だなんて、そんなたいそうな呼び方やめてくれよ」

 ライナスは砕けた口調で破顔した。張り詰めていた空気が一気に柔らかくなる。

(悪い人ではなさそう)

 ジャスティーナはホッとし、勝手に不審者扱いしたことを内心詫びた。

「ライナス様、ごめんなさい。お邪魔をするつもりはなかったんです。たまたま通りかかったら音が聞こえて」

「ライナスでいいよ。敬語も無しだ。クラスメイトだろ」

 彼もジャスティーナを認識しているようだ。

「でも、いきなりは」

「じゃないと、俺も君のことを『ヒューバート殿下の女神様』って呼ぶぞ」

 ライナスはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

(殿下が大勢の前であんなこと言うから……!)

 ジャスティーナはヒューバートを恨めしく思った。そんな通り名で呼ばれたくない。ただでさえ、一部の女子から睨まれているというのに。

「わかり……わかったわ、ライナス。では、私のことはジャスティーナと。絶対にその変なあだ名で呼ばないでね」

 ジャスティーナは観念したように言うと、ライナスは大きく頷いた。


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