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第20話

 翌日の早朝。


 身だしなみを整えたジャスティーナは、静寂に包まれた寮の廊下を進み、学舎棟へ入ると図書室を目指した。

「おはよう、ジャスティーナ」

 定位置の席に座ったルシアンが手を振って迎えてくれた。


「おはよう。ごめんなさい、待たせてしまって」

「いや、俺もさっき来たとこだから」

 ジャスティーナはルシアンの横の椅子に腰かける。


 ここの図書室は基本早朝から夕方まで開放されている。

 癒しの力を与えてもらう時間は、朝食前のこの時間帯にすることに最近決めた。

『人気のない場所で二人きりでコソコソしてよからぬ噂が立ってしまっては、ジャスティーナが学院生活を送りにくいだろう。ここならもし万が一誰か来ても、二人で本を読んでいたことにすればいい』

とルシアンが提案したのだ。現に今、机の上にはカモフラージュ用の難しそうな本が置かれている。


 ちょうどこの時間なら誰もおらず、意識を集中させやすい。

 ルシアンが手を差し出し、ジャスティーナもそこへ自分の手を乗せた。

「ルシアン、今日もありがとう」

しばらくして癒しの力の供給が終わり、ジャスティーナは礼を述べる。

「……ジャスティーナ、君に渡したいものがあるんだけど」

 突如、ルシアンが上着から白い箱を取り出して机に置いた。

「え、何?」

「開けてみて」


 言われるまま、ジャスティーナは箱に手を伸ばす。蓋を開けると、澄んだ青空のような色の石のついたペンダントが収まっていた。

 光を散りばめたように、全体的にキラキラと輝いている。

「わあ、すごくきれい……」

 ジャスティーナは思わず感嘆の声を漏らす。

「君にプレゼントだ」

「えっ?」

 慌ててルシアンの顔を見ると、彼はペンダントを手に取った。

「後ろを向いて。つけてあげるから」

「でも、こんな高価そうな物……それに、私の誕生日はまだ先だし」

「いいから早く」

 珍しくルシアンが少しも引きそうにないので、ジャスティーナは戸惑いながら彼に背を向ける。


 首元にルシアンの手が回ってきて、ジャスティーナは何だか落ち着かない気持ちだった。

(最近、私変ね)

 ドキドキして胸の奥が騒がしい。ジャスティーナは居たたまれずに目を瞑った。。

「もういいよ」

 ルシアンの声に目を開ける。胸元には美しい青色の石があった。

「似合ってる」

「あの、ルシアン。これって一体……」

「実はこれは魔鉱石なんだ」

「えっ⁉」


 ジャスティーナは驚いて目を見開く。

「どういうこと?」

「これは魔力を一定量、注ぎ込める魔鉱石なんだ。魔力を持たない人間が、これを持つことでこの石に込められた力を使うことができる。この輝きは魔力量を表しているんだ。魔力量が底をつけば、光を失ったただの石になる。その際にはまた魔力を注ぎ直せば、繰り返し使用可能だ」

「じゃあ、これには何かの魔力が込められているの?」

「ああ。本来はそういう使い方をする。でも、これに込められているのは俺の癒しの力だ」

「え?」

「アンジェリカ姉上の嫁ぎ先の公爵家が、国内外に大きな商会を有していることは知ってるよね」

 ジャスティーナは頷く。ルシアンには三人の姉がいて、アンジェリカというのは二番目の姉の名だ。

「この前、姉上に頼んでこの魔鉱石を取り寄せてもらったんだ。君がこれを身に付けている間、俺がいなくても常に癒しの力が君の中に浸透していくということになる。さっきも言った通り、量が底をつけば効力がなくなる。だから、そうなる前に……」

 ルシアンは上着から、先ほどと同じ種類の箱を取り出す。蓋を開けると、ジャスティーナがつけているペンダントと同様の品があった。

「同じく俺の癒しの力を込めた、こちらと交換する。空になった石に俺は再び力を込めて、数日後に交換する。この繰り返しだ」

「ルシアン……」


 そこまで自分のことを考えてくれて、ジャスティーナの胸が熱くなる。

「ここまでしてくれるなんて、何てお礼を言ったらいいか」

 ありがとう、とジャスティーナは深く頭を下げた。

「顔を上げて。俺がしたくてしてるんだ。俺もこれが君の助けになると思えば安心だしね」

 ルシアンは優しく微笑む。

「これ、すごく高価なんでしょ? いつか代金はお支払いするとアンジェリカ様に伝えて」

「……それよりあの姉上が喜ぶのは……」

ルシアンは言葉を切った。

「アンジェリカ様のお望みのことをするわ。教えて」

「いや……それはまたあとでいい」

「それでいいの?」

「とにかく、使うのはこれからなんだ。上手く機能してくれることを一番に祈ろう」

「ええ……そうね」

 まずは、ルシアンとアンジェリカに心から感謝しよう。将来、彼らに恩を返すことを誓おう。

ジャスティーナは制服の中に魔鉱石をしまうと、それを生地の上からそっと手で包んだ。


 時は遡り、昨日の夜。


 家族から荷物が届いているという連絡を受け、ルシアンは学院内の事務室を訪ねた。

 職員から渡された小さな小包を持って自室に戻る。

 開けてみると、二つの小箱の中にそれぞれ同じ大きさの青い魔鉱石のついたペンダントが入っていた。


(思ったより早くてびっくりだな。でもありがたい)

 黒竜騒ぎのあった日、ルシアンは姉のアンジェリカに手紙を書いた。正直アンジェリカに関わるのは気が引けるが、この品を迅速に用意できるのは、彼女の嫁ぎ先が所有する商会が一番だと踏んだからだ。


 荷物の中に入っている手紙を見つけ、封を切る。


『私の愛しい弟、ルシアンへ


 魔法学院入学おめでとう。学院生活はどう? 上手く馴染めてる? まあ、その点は全く心配していないけど。

 あなたが私にお願いしてくるなんて、珍しいから驚いちゃったけど、可愛い弟の頼みですもの。すぐに動いたわ。


お望みの品二点、確かに送ったわよ。わかっていると思うけど、うちの商会でも高額で取り引きされる魔鉱石よ。代金は出世払いにしておくわね。お父様のように宰相になれとは言わないけど、頑張って国の要職に就くのよ。その日を楽しみにしているから。


それともう一つ。

あなたは用件だけ寄こして何も教えてくれなかったけど、この品をジャスティーナに渡すつもりなんでしょ? だから、わざわざ彼女の瞳と同じ青色を指定してきたのね。やるじゃない。でも宝石を贈りたいのなら、こんな高いだけのややこしい魔鉱石なんかにしなくても良かったんじゃない?

……と言いたいところだけど、きっと何か必要な用途があるのね。どうせ聞いても教えてくれないでしょうから、この点については何も言わないわ。


た・だ・し。アドバイスだけはさせてもらうわよ。私もジャスティーナが正式に義妹になってくれることを心から望んでるの。だってあんなに素直で可愛らしい子、他にいないわ。だから、もたもたしてると他に持っていかれるわよ。あなた、少々ヘタレな節があるけど顔は良いんだから有効活用しないと勿体ないわ。それに女は押しに弱いの。至近距離で見つめて押し倒してでも──』


(……‼)


 グシャリ、とルシアンは無言で手紙を握りつぶした。続きを読まなくても、どうせロクなことは書いていない。

(どの口が言ってるんだか)

 何が、女は押しに弱い、だ。猪突猛進型のアンジェリカは見合い相手を気に入ってぐいぐい迫り、夫となる男を落としたのだから。


 (それに、押し倒すって、何考えてんだ! そんなことしたら絶対に嫌われるじゃないか! それに俺がジャスティーナを好きなことがバレてるのも嫌だ……!)

 ルシアンがジャスティーナ以外の令嬢と交流を持っていないことは、家族には周知の事実で、姉に知られるのは必然である。彼の認識が甘いだけなのだ。


(だが、借りを作ってしまった手前、しばらくアンジェリカ姉上からの干渉は続くんだろうな……)

 だからあの姉に頼むのは気が引けたんだ、とルシアンは愚痴をこぼした。


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