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第19話

(はあ……緊張したし、疲れた……)

 午後の授業が全て終わった後、ジャスティーナは学院内の図書室の片隅の席で、人知れず小さく息を吐き出した。


 水晶玉の中は緑色だったが、他におかしなところがあるのでは、とジャスティーナはドキドキしながら周囲の反応を待った。

 しかし、他の人達にも特に怪しまれず、ジャスティーナは書類通り風属性として記録された。あまりにもあっけなかったので拍子抜けしてしまったのと緊張から解放されたことで、その後の授業にあまり身が入らなかった。


 疲れているのならば早く自室に戻って休むべきなのだが、時間があれば少しでも闇の力に関する情報収集がしたい。今日は全ての授業が魔法薬学や歴史など座学で、それぞれの能力を使った実演講義はなかった。教師によると、しばらくは勉学の基礎をしっかり浸透させるため、魔力実演はまだ先の話らしい。

 その間に、少しでも闇の力を制御できる手掛かりを見つけなければ。そう思い、クラスメイトからのお茶会の誘いを断って、図書室へ足を運んだのだが。


(手掛かりがなさすぎる……)

 どの書棚を探しても、闇の力に関する書物は見つからなかった。

(考えてみればそれもそうよね、大体魔王の根源である闇の力に関するような書物が、誰でも読める図書室に置いてある可能性は低そうだわ)

 それでも、諦める気はない。さすがは王立魔法学院というべきか、ここの図書室は教室の何十倍もの広さがあり、書物の量も膨大だ。たとえ探し求めている物そのものが見つからなくても、その片鱗を掴むことはできるかもしれない。

 窓の外は橙色から濃紺の夜空へと変化している。ジャスティーナは図書室をあとにした。



 翌日から、ジャスティーナは授業が終わると足早に図書室に向かうのが常となった。なにせ時間は無限ではないのだ。集中して手掛かりに結び付きそうな書物を探す。ルシアンも手伝ってくれたが、それでも良い結果は得られなかった。


 それが十日ほど続き──。

「元気を出して」

 夕日が差し込む図書室のいつもの席。

 落ち込むジャスティーナに、ルシアンは声をかけた。

「……私は大丈夫よ。でも、一緒に探してくれたルシアンの貴重な時間を奪ってしまったことが申し訳なくて」

「俺はそうは思ってないよ。気づいたこともあるし。ジャスティーナ、発想を変えてみるのはどうかな」

「発想……?」

「うん。これまで闇の力に関する書は一向に見つからなかったけど、僕達人間が持つ力……火、水、風、土魔法の強化についての書物はたくさんあったんだ。以前、水晶玉を使って能力判定した日、君は教えてくれたよね。あの時の闇の力を抑える方法を」

「ええ」

「あれを日常的に使えるように訓練すれば、特別に意識しなくても闇の力を抑えられる術になるんじゃないかな。もちろん、簡単なことじゃないけど」

「日常的に……」


 無意識に、かつ継続的に闇を抑える術を身に付ける。ルシアンの言う通り、それは容易なことではないだろう。精神的にも肉体的にも相当な負荷がかかる。

(……でも、ルシアンは私のために惜しみなく癒しの力を使ってくれている。ルシアンだって大変なのに。私だけ弱音を吐くわけにはいかないわ)

 ジャスティーナはグッと拳を握りしめた。

「私、やるわ。そのために学院にきたんだもの」

「ああ。俺もできるだけのことはサポートするよ」


 図書室の管理者が、そろそろ閉室の時間だと告げに来た。周囲を見るといつの間にか誰もいなくなっていて、ジャスティーナとルシアンだけが残っていた。

 二人は急いで図書室を出て、寮へ向かって歩き出す。

 廊下の角を曲がったところで、視線の先に誰かが倒れているのが見えた。

 思わずジャスティーナは駆け寄り、その人物に手を差し伸べる。

「大丈夫ですか……あ」

 顔を上げた人物を見て、ジャスティーナは驚いた。

 茶色の髪を左右に束ねた少女、隣りの席の生徒だったからだ。


(エイマーズ伯爵令嬢……お名前はロレッタ様だったわね)

 最初の授業が始まる前にクラスメイト全員の自己紹介の時間が設けられたので、その名前をジャスティーナは覚えていた。だが、個人的な会話をしたことは一度もない。ロレッタはいつも授業開始間近に教室に現れ、休み時間になるとさっさと席を外してしまう。思い返せば、彼女の声を聞いたのも自己紹介の時だけだ。


 ロレッタはジャスティーナの顔を見るなり、サッと視線を逸らした。

「……大丈夫ですので、お構いなく」

 素っ気ない口調でボソッと呟いたロレッタが、自力で立ち上がる。

(……私、嫌われるようなことをしてしまっていたのかしら)

 ジャスティーナは差し出した手を引っ込めながら記憶の糸を探ったが、思い当たる節はない。彼女との接点もない。


(あら……?)

 視線を床に向けると、教本が数冊散らばっている。ロレッタが倒れた時に落としてしまったのだろうと思ったが、そのうちの一冊に不自然な汚れが付いていることに気づいた。

(これって……)

 それを手に取ると、明らかに誰かに踏みつけられたとわかる靴跡が浮き出ている。

「あっ、返して……っ!」

 ロレッタは小さく声を上げてジャスティーナから教本を奪い取ると、一目散に駆けていった。


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