三日後。
生徒全員が無事だったことと、学院内及びその周辺の安全が確認されたことにより、通常授業が開始された。はじめは大人しくしていた生徒達だったが、食事や入浴以外の時間はずっと部屋に待機だったこともあり、日に日に飽きる者も出てきたところだった。
先日、クラス分けの発表があったのだが、ジャスティーナはルシアンと同じクラスだった。
「よろしく、ルシアン」
「ああ、こちらこそ」
すっかり回復したルシアンの様子に、ジャスティーナはホッとする。
教室に入ると、一か所に人だかりが出来ている光景が目に入った。
「やあ、ジャスティーナ」
その中心にいた人物がにこやかに声をかけてくる。
「あ、ヒューバート殿下……」
そういえばヒューバードも同じクラスだったと、ジャスティーナは思い出した。
「……おはようございます」
「ああ、おはよう。私の女神は今日も美しいね」
相変わらず距離感が近い。
昨日の女神発言は一時の冗談ではなかったのか。
ジャスティーナは周囲から注がれる数多の視線に耐え切れず、「失礼します」と頭を下げると、指定された席に向かう。
ルシアンとは席が離れてしまったが、仕方がない。
ジャスティーナは周りを見渡した。授業前なので席に着いている生徒はまばらだ。隣の席には、長い茶色の髪を左右二つに束ねた少女が座っている。熱心に書物を読んでいるので、ジャスティーナは話しかけるタイミングを失ってしまった。
諦めて教材の準備をしていると、ふと視線を感じて顔を上げる。
すると、ヒューバートを取り囲む集団の中で、こちらをじっと見ている三人の少女と目が合った。
(あれは、入学式前に殿下と一緒にいた……)
ジャスティーナは彼女達に見覚えがあった。ヒューバートの取り巻き女子達の一部だ。
彼女達はジャスティーナと視線がぶつかるや否や、顔をしかめた。好意を持たれていないのが伝わる。中でも、艶やかな赤い髪の少女の表情は一層険しい。そして、あからさまにプイと視線を逸らされた。
(あらら……きっと殿下が私を女神とか呼ぶから気に入らないのね)
このクラスで上手くやっていけるのか不安になったが、彼女達の他に何人か親しみをもって話しかけてきてくれる生徒もいたので、ジャスティーナの心配は徐々に薄れていった。
◇
だが、それから約一時間後。
クラス責任者の教師から伝えられた言葉に、ジャスティーナは焦っていた。
(今から能力判定ですって……⁉)
教卓の上には透明な水晶玉が置かれている。これは即座に魔力測定ができる魔道具だ。
入学の書類には一応魔族属性を記入してはいるが、あくまで学院側が各生徒の能力をきちんと把握するための形式的な行事だという。
対象者が手を乗せると、その者が持つ魔力属性が色で表される。
火属性は赤、水属性は青、風属性は緑、土属性は黄、といった具合だ。さらに言えば能力値が高ければ高いほど、その色は濃く示される。
名前を呼ばれた者から順に前に出て、水晶玉に手を乗せていく。
ヒューバートは赤なので火属性だ。特に王族は能力値が高い者が多く、水晶玉に現れた鮮やかな赤色に、クラス中がどよめいた。
ルシアンの番も回ってきた。彼は水属性なので水晶玉に手を置くと青くなったが、一部が白い。色が混ざり合っているということではなく、青と白、それぞれがくっきりと分かれている。
「ああ、君は水の魔力の他に癒しの力も持っているんだったね」
教師の言葉に、またまたクラス中がどよめいた。一人の人間が二つの力を持っていることは稀だ。癒しの力は主に白で表されるという。
そんな中、順番を待つジャスティーナの緊張と焦りは最高潮に達しようとしていた。
(何これ……公開処刑なの?)
もし、水晶玉に手を置いて、真っ黒に染まってしまったら。
(逃げ場がない……!)
朝、教室に入る前に、誰もいないところでルシアンに癒しの力を与えてもらってはいるのだが。もし、この魔道具にそのような誤魔化しが効かなかったら。
ジャスティーナの背筋に冷たい汗が伝う。
「──グトン。ジャスティーナ・ラングトン!」
名前を呼ばれてハッと顔を上げた。いつまでも動かないジャスティーナに生徒達の視線が一斉に集まっている。
「は、はい……」
ジャスティーナは力なく立ち上がり、ゆっくりと教卓へ向かう。まるで今から絞首台に上る囚人のようで、足取りはずんと重い。
「何をしているのです。早く手を」
水晶玉を前にしても微動だにしないジャスティーヌに対し、しびれを切らした教師が鋭い口調で促す。
「はい……」
(もうこうなったら、やるしかないわ)
ジャスティーナは震える手を水晶玉に置いた。
この三日間、何もしていなかったわけではない。自室にこもっていた時間を利用して、自分の中の闇の力を抑える努力をしてきた。
まず、精神を落ち着かせたあと、集中して自分の中にある闇の力の核を探し出す。それをルシアンの癒しの力で覆う様子をイメージする。その周りを、本来の属性である風の魔力で満たす。それを繰り返し行うことで、ジャスティーナも以前に比べて闇の力を感じることがずいぶん減った。
(これまで通りやれば大丈夫……)
ジャスティーナは目を閉じて意識を集中させる。
手のひらから力が放出されるのを感じて、恐る恐る目を開けると──
水晶玉の中は全く濁りのない、美しい緑色に染まっていた。