落ち着け、と幾度か心の中で唱えながら深呼吸を繰り返した後。
「ちゃんと説明するわ。驚かないで聞いてね」
ジャスティーナは話し始めた。
黒竜のヴィムがかつての配下の一員であったこと。
ヴィムにはこれまでのことを話して今は人間として生きてきたい旨を話し、彼の理解を得たこと。
闇の魔力を使って、炎を出せるようになったこと。
そして、魔獣召喚と転移魔法を使えるようになったこと。
「魔獣召喚に……転移魔法だって⁉」
「ルシアン、声が大きいわよ」
「あ、ごめん……」
ルシアンは慌てて声を潜める。
「でも、いろいろ情報がありすぎて頭が追い付かないよ……ただ、すごいとしか言いようがないな。炎や魔獣召喚でも驚きなのに、さらに転移魔法って……」
「ええ。メイザネラは……あ、これは魔王だった時の名前なんだけど、彼女は日常的に使っていたんですって。それで──」
「ちょっと待って」
ルシアンがジャスティーナの言葉を遮る。
「……もしかして、魔王って女?」
「ええ、そうよ。話してなかったかしら」
「初耳だ」
「えっ、ずっと男だと思ってたの?」
「いや、何となくだけど性別とか無い個体なんだと……その点に関しては文献にも残ってないし、とにかく強いイメージだったから……」
「確かに、言われてみればそうね。……私も記憶が戻る前は、あなたと同じ認識だったわ。魔王は人間の前には滅多に姿を見せなかったのかもしれないわね」
「その辺りの記憶は曖昧なのか?」
「ええ。……でも、勇者と聖女は至近距離で魔王を倒したはずだから、その姿をはっきり見ているはずだわ」
「彼らは自分たちが倒した相手の詳細を、他の者に語らなかったんだろうか」
「さあ……戦いに夢中でそんなことを認識する余裕がなかったんじゃないかしら」
そればっかりは、いくら考えても出ない答えだ。
「話を元に戻すわね。それで転移魔法のことだけど、記憶に残っている場所ならどこへでも行けるそうなの。だから、私もこの森を思い浮かべて強く念じたら、本当にここに戻って来られた。……ルシアンが私を待ってくれている気がして。だから本当に待っていてくれて嬉しかった」
「うん。……俺も君が戻ってくると信じてたよ。とにかく、無事で良かった」
二人はようやく互いに微笑み合った。
しかし、すぐにジャスティーナの表情が強張る。
「そうだわ、学院の皆は無事だった⁉ ヒューバート殿下は⁉」
「大丈夫。逃げている途中で転んだ人もいるみたいだけど、どれも軽傷らしいよ。殿下もご無事だ。命を落とした人もいない」
「そう、良かった」
ホッとしたものの、ジャスティーナの表情は浮かない。ヴィムが自分を追いかけてきたため、今回の騒動と混乱を引き起こした。
(私が元魔王だったせいで……)
「もしかして、ジャスティーナは自分のせいだって思ってる?」
「え……」
まるで心の中を見透かされたようで、ジャスティーナはビクッと肩を揺らす。
「こればかりは仕方ないよ。君が望んで引き起こしたことじゃないだろう。それに、あの黒竜は人間を滅ぼしに来たんじゃない。ただ魔王に会いたかったんだ。そして、君の言葉にも耳を傾けてくれた。魔王と黒竜の間に強い絆があったからだよ」
ルシアンは優しくジャスティーナの髪を撫でる。
沈んでいた気持ちが少しずつ浮上してくるから不思議だ。
「ルシアンはずっとここで待っていてくれたの?」
「実は一度、学舎に戻ったんだ。どういう現状を把握しておきたくて……というのは表向きで、君が黒竜に連れ去られたのを見た人はいないか確認するためにね。黒竜が北の方角へ飛び去ったのを見た人はいたけど、幸い、君が連れ去られるのは見えていなかったみたいだ」
「そうなのね……それは良かったわ」
ジャスティーナは安堵した。
もし人間が連れ去られたとなれば、宮廷魔術師団どころではない。国軍から討伐軍が編成されるなど大騒ぎになっていたかもしれない。
それに例え無事に戻って来られたとしても、腫れ物扱いされることは容易に想像がつく。
「でも、君が森に入っていったのは複数の人達に見られている。当然、君を追いかけていった俺の姿も」
なので、一人で学舎に戻ったルシアンは周囲に怪しまれないように、ジャスティーナを見失ったと言って探すふりをしながら情報収集をしていたそうだ。
「それから、君を探す名目で再び森に入った。誰よりも先に君を見つけて、本当に良かったよ。まさか、髪と瞳の色が今まで以上に変わっているとは思っていなかったから」
「私も……ルシアンに見つけてもらわなかったら、どうなっていたかわからないわ。心配をかけてごめんなさい。それに、本当にありがとう」
自分を発見したのがルシアン以外だったら、と考えると背筋が凍る。
ジャスティーナは無意識のうちに、彼の首筋に顔を擦り寄せた。
だが、すぐに我に返り、慌てて顔を離す。
「ご、ごめんなさい……!」
「いや、大丈夫……」
ジャスティーナは俯いていたために、ルシアンの顔が赤くなっていることに気づかなかったのだが。
「あ……」
俯いたことで、はらりと顔の横に髪がかかる。その毛先が金髪に戻っていることに気づき、ジャスティーナはハッと顔を上げた。
「ルシアン、私の髪の色、戻ってきたわ!」
「ああ。ひとまずこれで大丈夫だろう」
「瞳の色は?」
「それも大丈夫だよ。緑色に戻っている」
「良かった! ルシアン、ありがとう!」
ジャスティーナは満面の笑みでルシアンの手をぎゅっと握った。