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第15話

 ジャスティーナの存在を確かめるように、ルシアンは彼女を搔き抱いた。

 だが、すぐに腕を離すと真剣な面持ちで、ジャスティーナの頭から足先まで視線を巡らせる。


「ケガは⁉ どこか痛いところは⁉」

「大丈夫よ。危険な目には遭っていないわ。怖い思いもしていないから安心して」

「そう……か」

 言葉の通り特に外傷も見当たらず、なおかつ本人の受け答えもはっきりしている状況に、ルシアンはほんの少し硬い表情を緩めた。


「本当に良かった……でも一人であんな無茶して! どれだけ心配したと思ってるんだ……っ!」

 怒った口調なのに、彼が心から案じてくれていたことが伝わってきて、ジャスティーナの胸はじんわりと温かくなった。

 しかし、心配をかけた申し訳なさで、次第に心苦しさが増していく。


「……本当にごめんなさい」

 俯きかけたところを、ルシアンの両手で頬を包まれ、再び上を向かされた。

 至近距離で互いの視線が交わる。


「ジャスティーナ、瞳の色が……」

「やっぱり赤くなってる? 自分ではわからないんだけど……」

「ああ。それに」

ルシアンがジャスティーナの髪をすくい上げた。


「髪も。さっきより範囲が広がっている……半分以上黒くなってるのを見るのは初めてだ」

 いつもの落ち着いた声に戻ったものの、驚きでルシアンは目を見開く。

「……ええ、そうなの。いろいろあって……」


 その時、やや離れた所から複数の声と足音が聞こえた。

「おい、誰かいるのか?」

「危険だ、気をつけろ」

 学院の関係者か、魔術師団か。

(この姿を見られたら、問答無用で取り押さえられちゃう……!)

 半分以上黒く染まった髪と、ほぼ赤くなった瞳。魔族の象徴を有する少女を、ルシアン以外の人間は排除しようとするだろう。

 近づいてくる気配に、ジャスティーナの身体が硬直した。


「姿勢を低くして、なるべく足音を立てずに。こっちだ」

 ルシアンは子声で促すと、ジャスティーナの手を引いてさらに奥の茂みへと入って行く。

 彼らと充分に距離を取ったところで、ルシアンはジャスティーナの身体を横に抱く形で地面に座り込んだ。


「俺の身体に隠れて」

 ジャスティーナが背中を丸めて身体を縮めると、そのままルシアンに覆いかぶさられる。

 息を殺しながらやり過ごすこと数分。

声と足音が遠ざかっていき、ジャスティーナはホッと胸を撫で下ろした。


「何とか見つからずにすんだみたいだな」

 ルシアンが背筋を伸ばして辺りを見渡す。

「ええ。ルシアン、ありがとう。助かったわ」

「安心するのはまだ早いだろ」

ルシアンはジャスティーナを横抱きにした腕を緩めない。


「君の黒い髪と赤い目を、元に戻さなきゃいけない。いつもなら、手を握って俺の癒しの力を君に送るところだけど、今回はそれじゃ間に合わないと思う。だから、全身で俺の力を君に送る。接触面が多いほど伝達が早いかもしれないから。窮屈だろうけど、少しの間我慢してくれ」

 さらにぴったりと身体が密着する。


「我慢だなんて……」

本来なら、こちらから頭を下げてでも頼み込むことなのに。

「全然窮屈なんかじゃないわ。ありがとう、ルシアン。でも、力を使い続けるあなたの身体も心配だわ。無理しないでほしいの」

「わかってる。だけど、さっきも言っただろう? 鍛えてるって。何も体力だけじゃない。俺の癒しの力が効果的だとわかったあの日から、改めてこの力と向き合って少しずつ体内に力を溜められるようにしてきたんだよ」

「そう……なの……」


 身体同士が触れ合った箇所から、少しずつ彼の力がこちらに流れ込んでくるのが伝わってくる。

(本当だわ、手から伝わるより何倍も速い気がする……)

 それに、身体もだんだん熱くなってきた。


(これまではじんわりと温かく感じるだけだったのに……)

 きっと流れてくる癒しの力が多い影響だ。疲れた身体が一気に軽くなったような気がして、ジャスティーナはゆっくり目を閉じかけたが。

 身体をくっつけているせいか、ルシアンの鼓動までこちらに伝わってくる。服越しに伝わる彼の硬い胸板の感触に、ジャスティーナは次第に落ち着かなくなってきた。


(鍛えてるというのは、本当のことみたいね……)

 これまで幼馴染として多くの時間を過ごし、兄妹のように接してきた。ルシアンはいつでも優しくて穏やかで一緒にいると楽しかったし、彼の婚約者候補になったこともすんなりと受け入れた。いずれ貴族の誰かと結婚しなければならないのなら、見ず知らずの男性に嫁ぐよりも良く知っているルシアンの方が安心だし、きっと彼となら温かい家庭を作れると思ったからだ。


(幼い頃から手なんていくらでも繋いできたし、抱きしめ合ったことだって何度もあったわ……)

 なのに、心臓が波打つこの感覚は何なのか。

(……そうよね、ルシアンだって、いつまでも小さい男の子のままじゃないわよね)

 いつの間にか背は自分より高くなったし、手だって大きい。でも、気持ちだけは幼い頃と変わらず接してきた。

(ど、どうしよう、ルシアンが急に知らない男の人みたいに見えて、すごく緊張してきた……)

 こんな状況で、ルシアンを意識してしまうなんて。

 ジャスティーナは俯いて、ぎゅっと目を瞑る。

(そうだ、前世でもこんな経験はあったはずよ。それを参考に、とにかく落ち着かなくちゃ)

 必死で記憶を辿るが。


(だ、だめだわ……。前世の私はどれも、なぜか男性との縁がなかった……!)

 がっくりと肩を落とす。

つまり、いくら前世の記憶があって、同世代より多少経験値が高いといっても、所詮は異性関係初心者ということだ。

(わー、もう私ったら!)

 ジャスティーナは首を左右に振った。


「ごめん、大丈夫? もしかして苦しかった?」

 ルシアンの声が上から聞こえてきて視線を上げる。心配そうにルシアンが顔を覗き込んできて、あまりの近さに思わずジャスティーナの心臓と上半身が跳ねた。

「本当に大丈夫?」

「え、ええ、平気よ。気にしないで。……えーと、それより、ルシアンに話さないといけないわ。私に何が起こったか」

 気恥ずかしさからジャスティーナは話題を持ち出した。

 そうだ。ヴィムについて話さなくてはいけない。


「ああ、そうだな。俺もその間のことを話したいと思ってた」

 ルシアンが真顔で頷いたので、ジャスティーナはホッとする。

「じゃあ、そろそろ下ろして──」

「いや、このまま力を伝えながら話した方が一石二鳥だ。そんなに時間もないことだし」

「え……」

(しばらく、この体勢ってこと……?)

 ジャスティーナは自分の心臓の音に気づかれてしまうのではと一瞬焦ったが、力を与えてもらう側なので文句は言えなかった。


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