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第13話

「ですが同胞の魔力というより、もっと上位の魔力……あなた様が魔王メイザネラ様と同じ闇の力を持っていることを感じました。ただ、それがメイザネラ様そのものなのかはわかりませんでした。なぜ人間に身をやつしているのか。もしかして、人間のフリをして魔族の再起を図ろうとしているのか。それとも、何らかの人間側の罠なのか。……私も下手にあなた様の前に姿を現すことができず、しばらく様子を窺うことにしたのです」

「……じゃあ、ここ数日私を見ていたのは、やっぱりあなたなのね」


 ジャスティーナの言葉に、ヴィムは頷く。

「ですが、あなた様は特に目立った行動はしなかった。次第に私は……本当にあなた様が私の探し求めていたお方なのか、どうしても確かめたくなったのです」


 ヴィムとしては、ジャスティーナが何か計画を起こすために、人間の中に上手く紛れ込んでいると期待していたのかもしれない。だが、ジャスティーナがしていたことは、逆にルシアンの力を借りて自身の闇の力を抑え、学院へ旅立つ前に家族と心穏やかに暮らしていただけだった。ヴィムが次第に苛立ちを募らせていったのも頷ける。


 今のジャスティーナは人間だが、魔族のヴィムにとって人間は昔も今も敵であることには変わりないのだ。

(これまでの人生で、魔王の記憶が戻った時、こんな風にかつての部下達と接触したことなんて一度もなかったわ。でも私が知らないだけで、密かにどこかで復活していたかも)


 ジャスティーナは念のため聞いてみることにした。

「ヴィムは、魔王が倒されてから今まで一度も目覚めていないの?」

「はい。……私にもっと力があれば自力で目覚め、あなた様が完全に復活なさる前に、人間どもを根絶やしにしておりましたのに……申し訳ありません!」


 ヴィムは深く頭を垂れた。どうやら、ジャスティーナの質問の真意を別の意味で捉えてしまったらしい。

「ち、違うわ。そうことじゃないの」

 ジャスティーナは慌ててヴィムの頭を起こした。こうもすぐに平服されては、こちらが対応に困る。それほど魔王の力は絶大だったということか。


(つまり、ヴィムを目覚めさせるほど、〝今生の私〟は〝過去生の私〟よりも闇の力を強く秘めているということね)

 過去生では、髪や瞳の色が変わったという事例がないことが何よりの証明だろう。


 ジャスティーナは深く息をついた。

(もしかしたら、今後、他の魔族が目覚めてしまうかもしれない)

 それはジャスティーナの望むことではない。


「……どうか、なさいましたか?」

「いいえ、何でも。……それより、どうして私がメイザネラの魂を宿していると確信したの?」

「それは、あなた様が先ほどお出しになった炎です」

「……炎?」

「はい。あの仄暗くて美しい赤紫の色は、魔王様だけが扱えるものです。今もあなた様から感じます。身体の内部を満たす闇の力を。その証拠に、その赤い瞳と黒い髪は、かつてのあなた様を思い出します」

「えっ⁉」


 ジャスティーナはハッとして背中に流している髪の毛を掴んで振り返った。

「そんな……」

 肩から下の部分、つまり全体の半分が黒くなってしまっている。


(さっき、ルシアンに指摘された時は、まだ毛先ぐらいだったのに……)

 鏡が無いので確認できないが、おそらく瞳の色もヴィムの言う通り赤いのだろう。

(さっき、闇の力で赤紫の炎を出したからだわ)

 それにより、体内の闇の力が急激に高まったと考えるのが妥当だ。


 だが、そもそもなぜあの炎を出せたのだろう。

「ねえ、ヴィム……さっき、ここは魔族の森と言っていたわね」

「はい。正確には、魔族の国の一角です」

「魔族の国……どの辺りなのかしら」

「以前メイザネラ様は、ここは人間の国の北側だと仰っていましたが」

「北……」


 ジャスティーナはこの国の地図を思い浮かべた。北側の土地は、不自然な形で途切れている。北の地は魔の瘴気に覆われていて人が住めず、王家が管理しているため立ち入ってはならないと、昔から教えられてきた。これまで気に留めたことはなかったが。


(人が住めないということは息が出来ない、ということよね。でも私は生きてる。これは私が元魔王だから、ここの空気に耐えられているのよね。いいえ、耐えられているどころか、むしろこの空気を吸って魔王の力が増大したから、簡単にあの炎を出せたんだわ)


 髪と瞳の変化の原因も同様だ。

(でも、どうしよう……このままじゃ、学院に戻れない……。     ルシアンに会って、この髪と瞳をなんとかしてもらわないと)

 これだけの身体の変化を元に戻してもらうといことは、ルシアンにもかなりの負担をかけてしまうことになるだろう。

 申し訳ない気持ちで、ジャスティーナはやはりどこかへ一人で消えた方が良かったのではないかと思ってしまう。


 ため息をつくと、ヴィムが顔を覗き込んできた。

「メイザネラ様、いかがされました?」

「……いいえ。とにかく、元の場所へ戻りたいと思うんだけど」

 そこでハッと我に返る。


「どうやって戻ればいいのかしら……」

「なんと……もう行ってしまわれるのですか? ここがあなた様のお帰りになる場所だと思っておりましたが」

 ヴィムの声が少し沈む。


「そうね……あなたに寂しい思いをさせて申し訳ないと思っているわ。でも、私の名前はメイザネラではなく、今はジャスティーナよ。さっきも言った通り、正真正銘なの。私が生きる世界は、もうここではないの。人間に対する恨みも持っていない」

 ジャスティーナは優しくヴィムの額に触れた。


「あなたは私が変わってしまったと、きっと怒っているでしょう。恨まれて当然だし、私はそれを受け止める。……それでも、私は帰らなければならないの。私の正体を知っても見捨てず、離れずにいてくれる人のためにも」

「……それは、あなた様にやたらとひっついていた、あの不埒な人間の男のことですか?」

「そんな言い方しないで。ルシアンはいつでも私を助けてくれようとする、とても優しい人なの」


 ジャスティーナが微笑みと、ヴィムは静かに目を閉じた。

「……わかりました。確かに、メイザネラ様は人間に対してそんなことは仰らない。だから、もうあなた様はかのお方ではない……。人間のジャスティーナ様だということなのでしょう」

「ヴィム……」

しもべである私が、あなた様に怒りや恨みを募らせることなど、あってはならぬこと。それにあなた様の顔を見ていると、今のあなた様が人間に、ぞんざいに扱われていないことだけは明白なようです」

「ありがとう」

「ですが!」


 ヴィムはカッと目を見開く。

「ジャスティーナ様に危害を加える人間が現れた場合は、容赦なく潰しにかかりますゆえ」

 メイザネラではないと理解はしているが、それでも忠誠を誓っていることには変化はないらしい。

「そうならないよう、私も己を高めるわ」

 頼もしくて嬉しいやら、でも恐ろしいような、ジャスティーナは複雑な気分だ。


「何かあれば呼び出してくださいませ」

「え、呼び出す……?」

「はい。メイザネラ様は、離れた場所でもありとあらゆる魔獣を呼び出していらっしゃいました。おそらく、あなた様にもできるのではないかと」

「そんな高度なこと、やったこともないわ。それに、呼び出すにしてもあなたは大きすぎて、絶対目立ってしまうから無理よ。さっきみたいに、魔法の攻撃を受けてしまうわ」

「それに関してはご心配には及びません」


 ヴィムは翼を広げた。

 その全身を黒い靄が覆う。それは次第に一方方向に勢いをつけると、ぐるぐると回り出し、いつしか黒い風となってヴィムを包み込んだ。


 突然の出来事にジャスティーナが固唾を呑んで見ていると、徐々に風は小さくなっていく。そして、中から黒い物体が飛び出てきた。


「わっ……え、えええ⁉」

 ジャスティーナは驚いて目を見張る。そこには、彼女の肩に乗れるほどのサイズになった、小さな黒竜がいた。


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