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第12話 野崎さんち訪問

 土を消毒する、といってみんなはピンと来る?

 俺はこなかった。最初聞いたときは、なんのことかと思ったね。


 でもこれは、畑で作物を育てる前にやるとても重要なことなんだ。

 土壌に含まれている病原菌微生物や害虫、雑草の種なんかを死滅させて除去や無害化するための行程なのさ。


 今回、ウチがやろうとしている土壌消毒の方法は、夏の太陽を活かした『太陽熱消毒』というもの。どうやるのか、というと。


「こんなものでよろしいですか? ケースケさま」

「うん。良い感じなんじゃないかな」


 先日ゴーレムさんたちと一緒に耕した土地に石灰窒素を撒いて、うねを立てる。

 畝ってわかる?

 ほら、よく畑で土が細長く盛り上がってないかな。あれが畝。

 畝を作ると土壌の水はけがよくなるし、土の通気性もよくなる。他にも畝の部分に肥料を混ぜ込むことで作物に栄養を与えやすくなったりもする。


 色々な効能があるんだけど、初心者農業従事者として一番の利点は、足の踏み場がわかりやすくなることかもしれないな。

 ほら、せっかく種や苗を植えたのに踏んじゃったら困るからね。


 今回は、またゴーレムさんたちに手伝ってもらいながら畝立てをやった。

 初めてのことだったから、なかなか大変。

 俺も通路にいたゴーレムさんを踏みつけて壊しちゃったり。


「す、すまんゴーレムさん!」


 壊れたゴーレムは、自分で手足を拾ってくっつけてた。

 案外器用。そしてまた働き始めてくれるんだから、頭が上がらない。


 でまあ、畝を立てたら次はね。


「土壌にダバーッと水を撒くんだ。さあよろしくレムネア!」

水撒きの魔法レ・イルード

「おー、凄い凄い」


 水道から出した水がまるでシャワーか雨のように降り注いでる。

 小さな虹まで出来て綺麗だ。

 思わずハシャぎたくなった俺は、しばし畑に入って水を浴びて遊んでしまった。


「水撒きは生活魔法の中でもよく使われる魔法なんです。私の世界ではお風呂が高級なものでしたから、夏場などはこの魔法をみんなで使って水しぶきを立てつつ、身体を洗ったりするんですよ?」

「あはは。けっこう気持ちいいもんだな、わかるわかる」

「ふふ、子供はみんな大はしゃぎです」


 あれ? 俺のこと子供扱いしてないか、レムネアのやつ。

 ちょっと心外だぞ。


 ――とまあ。

 たっぷり土壌に水を含ませたなら、その上からビニールのフィルムを被せる。

 もちろんフィルムに隙間ができないよう気をつけながらね。

 これは結構繊細なので、手作業でやった。

 ゴーレムにやらせて失敗したら、目も当てられない。


 土壌をビニールフィルムで覆ったら、2~3週間放置だ。

 夏場でこうすると、地中の温度が60度以上にもなる。この熱でアレコレ害悪なモノを殺したりするってわけ。


「よしよし、あとはしばらく管理しながら放置だな」

「畑ができるのが待ち遠しいですねぇ」

「そうだなぁ。早く野菜の苗を植えてみたいよ」


 午前中の作業が終わり、今日はこの後、野崎のお爺さんの家に行くことになっている。

 食事にお呼ばれしたのと、畑仕事の話を聞かせてもらうためだ。

 確かお昼より早めの時間だったら畑の方に来てくれって言ってたな。

 俺はレムネアを連れて、野崎さんの畑へと向かうことにしたのだった。


 ◇◆◇◆


「おう、ケースケくんにレムネアちゃん」


 野崎のお爺さんは一人でネギ畑の中に居た。

 ネギの収穫をしていたようだ。俺はシャツの裾を捲るって、笑いかける。


「収穫ですか? 良かったら手伝わせてください」

「ふふーん。ネギは土の中に深いから、案外収穫にコツが要るぞ? できるかな」

「ぜひ試させてくださいよ。行こうぜ、レムネア」

「はい!」


 ……結果は散々だった。

 中腰になって長ネギを抜いていくのは大変で、俺たちが一本ネギを収穫する間に野崎のお爺さんは五本くらい収穫してしまう。


 手伝いどころか足を引っ張ってしまったな。

 それでも野崎のお爺さんは笑ってくれて。


「助かったよ、感謝感謝」

「いえとんでもない。むしろご迷惑をお掛けしてしまいました」

「そんなことありゃせんよ。さて、家に戻って飯にするか。今日は婆さんが腕を振るってくれとるはずじゃ」


 という感じで、俺たちは野崎家にお邪魔することになったのだ。


「いらっしゃい……です。レムネアお姉ちゃん、ケースケおじさん」


 玄関では美津音ちゃんが出迎えてくれた。

 今日の彼女は赤いジャージ姿、さっきまでお爺さんの畑を手伝っていたらしい。

 どうやら俺たちと入れ違いになっていたようだ。


「あら美津音さん。色こそ違いますがお揃いですね」

「うん……お揃い。私が赤で、お姉ちゃんが青」


 ほんのり嬉しそうな表情を浮かべ、美津音ちゃんは頷いた。


「美津音さんは農作業スーツの先輩ですね、貫禄があります。私などより頼りになりそうです!」

「のうさぎょ……すーつ?」

「ああ気にしないで。つい最近までレムネアはジャージのことを知らなかったんだ。だからその服を、農作業するとき専用の服だと思い込んでる」


 もちろんそんなことはないんだけどな。

 なんなら部屋着として使っても、気楽にゆったりできる癒し装束だ。


「ははは、面白いなレムネアちゃんは。これが文化差というものかの」

「レムネアは日本に来て間もないですから。ご容赦くださいな野崎さん」

「いやいや楽しいよ。わしも午後は、ナウく農作業スーツを着て仕事するとしよう」


 笑いながらの野崎のお爺さんに先導され、俺たちはどうやら居間へと通された。

 八畳程度の広さはあるだろうか。

 畳敷きの風通しが良い部屋だ。開いた障子の先には庭が見えて、そこには小さな畑があった。


「いらっしゃい、ケースケさん。ウチの爺さんと孫娘がお世話になりまして」


 庭でなにやら葉を摘んでいたお婆さんが、頭を下げてきた。

 この人は確か野崎富士子さん。

 野崎のお爺さん共々、ウチのじいちゃんの葬式では世話になった方だった。


「いえいえ、とんでもない。富士子さんには、じいちゃんの葬式のときにご迷惑をお掛けしてしまって」


 俺がそういうと、富士子さんはニコッと笑い。


「ホントだねぇ、爺さんや」

「じゃろう? 婆さん」


 野崎のお爺さんと顔を合わせて笑いあった。

 なんだ? なにがどうしたっていうんだ? 俺は戸惑いを隠せずに困った顔を見せてしまう。


「え? え? え?」

「ああいや、そんな困った顔しぃな。いやね、ウチの爺さんが『絶対に婆さんの名前も憶えちょるぞ』って言ってたもんだから」


 笑いながら富士子さんは部屋の中に入ってきた。


「この歳になっても、人に名前を憶えていて貰えるのは嬉しいものだねぇ」

「そうそう。嬉しいもんじゃて」


 二人は並んで腕を組んだ。

 その顔は心底嬉しそうに、ニッカリ笑い。


 割と似た者夫婦なのかもしれない。

 名前を憶えていたくらいでこんなに喜ばれるなんてな。よくわからないけど、なんだかこっちも悪い気はしない。


「そう言って貰えると、なんだか俺も嬉しくなってきますね」


 名前を憶えるのは、前の仕事での癖だった。

 イヤなことばかりの仕事だったけど、おかげでこうして喜んで貰えるキッカケを作れたんだから良いこともあるもんだ。


「おばあちゃーん、お湯、吹きこぼれそうー」

「はーい。ありがとねー美津音ちゃーん」


 富士子さんは「ごめんなさいね、出来立てがいいと思って」と台所に消えていった。

 代わりに戻ってきたのは美津音ちゃんだ。

 お皿に大量の天ぷらを乗せて運んできた。


「今日は……素麺と揚げたてテンプラ」


 天ぷら! しかも揚げたてだって!?

 一人暮らしだと、なかなか面倒くさくてそんなもの作れなかった。

 店でなくご家庭で食べるのなんて、何年ぶりだろう。


 香ばしく漂ってくる揚げたて油の匂いに、お腹がグゥ、と鳴った。

 えっと、――レムネアのお腹が。


「いやこれは、違います! 違いますので!」


 レムネアは顔を真っ赤にして手を振る。

 笑おうとして、俺の腹も――グゥゥ、と鳴る。


「わはは。大丈夫大丈夫、腹が鳴るのは元気な証拠じゃて! 二人とも、今日はたんと食べてゆくんじゃ!」

「知ってる……、こういうの……似た者夫婦って、言うの」


 俺が野崎夫婦に思ったのと同じような感想すぎる。

 美津音ちゃんの言葉に、レムネア顔がさらに真っ赤になった。


「わわわ、私たちは、その! いわゆる夫婦というものではなく……!」

「やめてくれレムネア。その反応は野崎さんを楽しませるだけだ」

「えっ!?」


 ギョっとした顔で野崎のお爺さんを見やるレムネアだ。

 野崎のお爺さんはニマニマと楽しそう。


 俺は諦めて、美津音ちゃんの手伝いをしたのだった。

 さあ、食事の時間だ。



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