夜。順番にお風呂で汚れを落として、二人で食事の準備。
さすが冒険者というべきなのか、レムネアは案外刃物の扱いに精通していて、包丁で野菜を切るくらいはすぐにお手の物となった。
今日はささっと豚肉の生姜焼きをメインにして味噌汁と副菜を付けた感じにまとめる。 まだまだこちらの世界の食事には驚いてくれる彼女なので、食べさせ甲斐があって楽しい。
食事を終えた俺たちは、居間でお茶を飲みながらくつろいでいた。
レムネアが天井を破って起きてきた、あの部屋だ。
リリリリリ。
庭で虫が鳴いている。一人の頃は、こうしたときスマホでネット掲示板や動画を見て遊んでいたのだけれども、レムネアがいる今、自然にその時間が減った。
二人でなにをしてるのかと言えば、主にお喋りとこの世界のことの勉強だ。
「なるほど。『流通』の発達がこの世界の礎なのですね」
「そうだね。簡単に言えば、買い物するときの世間話が知識と知恵を世界中に運んで、今の科学力と文化を生んだわけだ」
「そして流通力が上がったから、ケースケさまがやろうとしている『畑仕事』での商売も広くやれるようになった、と」
「まあ、そうなる」
俺自身はきっと、車で卸せる範囲での商売がメインになっていくと思うけれども、全国規模で見るならその通り。流通の力が今の世界を支えている。
「ケースケさまの話を聞けば聞くほど、この世界は凄いところだということがわかります」
ほんとにね。この世界、凄いわ。
実に有機的な連動を繰り返して、今に至ってたんだなー。彼女に説明して、今さら自分も認識したよ。
扇風機の風が食事で熱くなった身体に心地好い。
じいちゃんはエアコンが好きじゃなかったようで、この家にはクーラーの一つもないんだけど、若い俺が夏を過ごすにはちょっと不便だな。
今度業者に頼んでつけてもらおう。
そんなことをぼんやり考えていられるほどには、この時間はのどかに落ち着く。
「それにしても今日は良い日だったな」
美津音ちゃんのお陰で、少しだけこの町の人と親しくなれた。
まだまだ全然スタート地点でしかないとは思うのだけど、ほんのちょっぴり町に親しめた。
その話をすると、レムネアも頷き。
「そうですね。冒険者の世界でも『評判』というものは大事でしたよ。信用を得ていないと良い仕事も貰えないですし、結局危険が大きいことをやるハメになってしまいます」
「へえ」
冒険者の世界か。
ちょっと面白そうな話だな。少し胸の奥にワクワクが生まれたことを自覚しながら、俺は訊ねてみる。
「レムネアのパーティーはその辺どうだったんだ?」
「私の所属していたパーティー『は』中堅でしたが悪くない評価を周囲から得ていたと思います」
レムネアの奴、パーティー『は』の部分をさりげなく強調したな。
自分はそんなことないけど、と言っているのだろうなあれは。
「そっか。レムネアは評判良かったか」
俺も殊更に曲解してみて返事をする。
レムネアは「攻撃魔法を使えなかったから」と連呼するけど、きっと生活魔法だって便利に使えてたと思うんだよな。
――私なんて。
とまた言い出したレムネアを制して、俺は少し話を変えた。
「そういや今日、美津音ちゃんとゴーレムに乗って楽しそうだったね」
「え? あ、はい。どうやったら美津音さんと仲良くなれるかな? と思いまして。きっと楽しいことを一緒にするのが一番じゃないかな、と」
「あーね」
俺は思わず笑みを浮かべてしまう。
そうなんだよな、ゴーレムで美津音ちゃんを楽しませていたときに確信したよ。
レムネアは応用力もあるし、優しいんだって。
そんな子が、役に立たないわけないんだ。
「ゴーレムさんたちは本当に助かるよ。今も畑を耕し続けてくれているんだろう?」
「はい。あの子たちは頑張り屋さんなので」
「畑仕事も手伝って貰えて、美津音ちゃんと仲良くなる切欠も作ってくれて、ほんと頭が上がらない」
「そうですね。ゴーレムさんには感謝です」
レムネアはそう言って笑ったが、俺は立てた人差し指を『チッチッチ』と横に振った。 否定のジェスチャーだ。
「違う違う、今のはゴーレムさんのことを言ったんじゃない。キミのことだよレムネア」「え?」
「本当に感謝してるんだ。魔法で畑仕事を手伝ってくれてるし、美津音ちゃんの心を絆してくれたし。ありがとうな、レムネア」
一瞬ポカンとした顔をした彼女だったが、また前みたいに泣きそうな顔になった。
「おっと、泣くなよ!? 言ったよな、少なくともこの世界では魔法は貴重なものなんだ。あっちの世界ではどうだった知らないけど、こちらでは生活魔法の方が便利まであると思うぜ?」
だから。
「だから、レムネアはもっと胸を張っていい。少しづつでいいから、自信を持って欲しいよ」
「は、はい。頑張ります! 頑張って自信を持って、もっとケースケさまのお役に立とうと思います!」
よしよし。
良い感じに彼女を鼓舞できた気がする。
ほんと、レムネアはもっと自信を持つべきなんだ。たぶん、元の世界に居た頃から、ちゃんと自信を持っていてよかったのではないかと俺は思う。
だって冒険者だったんだから。
きっと自信は必要だったはずなんだ。
「わかって貰えたみたいで嬉しいよ、レムネ……」
――――!
と、そのとき。
俺の視界に黒いモノが過る。床を素早く移動しているその黒いモノ、通称、黒い悪魔。
「うわわわわっ!?」
ゴキブリだ。
俺は思わず立ち上がって逃げてしまった。
虫が苦手、というほどではないのだけれども、ゴキブリはどうしても好きになれない。 これは都会に住む者のサガとでもいうのだろうか。反射的に逃げてしまう。
動き早くてキモいんだよ、あいつら!
俺がそう心の中で叫んだ矢先、もっと素早い動きを見せたものがいる。
レムネアだ。
「よいしょっと」
黒い悪魔を素手で摘まむ彼女。素手で摘まむ彼女!
「きゃああああ!?」
これは俺の悲鳴。思わず乙女みたいな声を上げてしまった。
「この虫が苦手なのですか? ケースケさま」
「苦手! そう嫌い! ポイしてポイ! 外にポイしてレムネア!」
「ポイ」
彼女が庭に投げたらゴキブリはどこかに飛んでいった。
つ、強い……! レムネア強い。
そうだよな冒険者だもん。あんなのにビビるはずもなし。
俺はレムネアに手を洗ってきて貰った。ゴキブリは汚いからね。
戻ってきた彼女は、ニッコリ笑い。
「早速お役に立てたみたいでなによりです!」
思ってたのと違う方向で自信をつけられてしまった俺なのであった。