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第8話 野焼きで草を焼く

 あれから数日。

 俺は町の役所に行ったり、前の仕事の用事で東京に呼び出されたりと忙しかった。


 なので、レムネアと一緒に仕事をするのが遅くなってしまった。

 今日は初めての畑作業だ。

 買ったばかりの青ジャージに身を包んだレムネアはやる気満々で、俺が玄関から出てくるのを仁王立ちして待っていたものだ。


「どうそれ、着心地の方は?」

「最高です、肌触りがとてもよくて!」


 挨拶代わりに聞いてみると、ご機嫌な様子で彼女は答えた。

 気に入って貰えてるようでなによりだ。畑への道すがら、楽しそうに前を歩く彼女を眺める。


 野暮ったそうなジャージでも、金髪碧眼の小顔モデル体型が着るとオシャレに見えるから不思議だよな。


「ん? どうしましたケースケさま。そんなにこちらばかり見て」

「あ、いや。似合うと思ってな」

「そうですか!?」


 パァッと明るい顔を見せてくるレムネア。

 女の子は着た物を褒められると喜ぶよな、――とか思っていると。


「ふふふ。農作業スーツがそこまで似合うという私は、今日から農業の化身」


 どうも仕事への情熱が溢れているだけだった。

 なんだよ農作業スーツって。と俺がツッコむと、彼女は笑顔で答える。


「衣服屋の店員さまが言っておられました。機能的な作業服といえばコレ、だそうな。安心してオススメできる農作業スーツだと」

「間違いじゃないけど」

「私、頑張りますよー!」


 農作業スーツじゃなくて、ジャージというんだ。

 あの店員さん、ノリノリだったからな。レムネアを事情知らずの外国人だと思って、好き放題吹き込んでいる可能性がある。


 だがまあ、いいか。

 農作業スーツを着て、彼女には農業の化身となって貰おう。

 やることはいっぱいあるからね。頑張る気分を作っていくのは良いことだ。


 というかここ数日、彼女は仕事をしたくてウズウズしていたらしい。

 毎朝食事の席で、「今日から仕事ですか?」と聞いてきた。

 他の用事があってまだだ、というとシュンとする。


 その間は家で待機して貰っていたり近場なら車で付き合わせたり、レムネアも少しだけこちらの世界に慣れてくれた気がする。


 それは、俺との生活に少し慣れてきたことも示すのだ。

 昨日などは、夕飯の支度を手伝いましょうか、などと言ってきた。

 良い傾向だよな。


 さて。そうこうあって、今日は二人になって初の畑仕事だ。

 この日は抜いた草を焼く。いわゆる野焼きをする予定。

 役所と消防署に届け出をした上で、広い休耕地の真ん中に草を集めた。


「魔法すごいな、草がきっちり根から抜けてる」

「草は根が本体ですからね。上だけ千切る魔法じゃダメかと思いまして」

「まさしくだよ。根が残るとそこからまた草が生えてきちゃうから、本来草抜きはとても大変なんだ」


 俺は草をひとつ手に取った。


「ほら見て、このスギナ。根だけで1メートル以上ある。こんな長いのが土の中深くまで伸びてるんだから、たまったもんじゃないよなぁ」


 それがしっかり根ごと抜けているんだからなー。レムネアには感謝しかない。

 俺はレムネアと手分けして、ドラム缶の中に草を入れていった。


 焼却用のドラム缶は祖父の家に置いてあったものを使っている。

 野焼きは最近の法律で基本的に禁止になったのだが、農家は例外的に許されているのだ。

 それでも近隣への配慮で、なるべく煙を出さないようにと指導される。

 そのためのドラム缶だった。


 ドラム缶は二つ。

 草が多いから時間が掛かりそうだな。


「じゃあ、火をつけるぞー」


 って、あれれ?

 火付けのバーナーが付かない。


「いかがなさいました?」

「ごめん、火の調子が悪いみたいだ。代わりの火種を持ってくるから少し見ててくれ」

「いま詰め込んだ草に火を付ければ良いのですね?」

「え、あ? うん」

「わかりました。それでは」


 レムネアはどこから呼び出したのか杖を構え、呪文を唱えた。


ちょっぴり火を熾す魔法ファ・イムナント


 杖の先にポッとともった火を、ドラム缶に近づける。――が。


「……なかなか燃え始めませんね」

「まだ草が乾燥しきっていないからな。ホントは灯油でもぶっかけて焼ければ楽なんだけど」


 灯油を掛けると煙が凄くなるから自重した。

 だけど、こんな燃えにくいとは。経験不足が出てしまった形だ。


「その魔法、火力は上げられないのかな?」

「申し訳ありません、あくまで生活魔法なので……。すごい火力は、攻撃魔法の範疇なんです。ドーン、とかドカーン、とかズドドーンとか」


 あ、レムネアの長い耳がシューン、と垂れ下がってしまった。

 悪いことを聞いてしまった。


 仕方ない、燃やすためにドラム缶に空気を入れ込もう。

 俺は、こんなこともあろうかと一応用意していた自転車タイヤの空気入れを、ドラム缶下の空気穴に添えた。


 シュッコシュッコ、とレバーを押して、酸素を供給する。


「レムネア、こっちの下から火を点けてみてくれないか」

「は、はい」


 空気入れから程よく供給される酸素の力で、杖の先の火勢が強くなった。

 よし。燃えかけの草も、良い感じにパチパチと言い出したぞ。


 しばらく二人で頑張っていると、草がメラメラと燃えだした。

 レムネアの顔が、パァァ、と明るくなる。


「燃えてます、燃えだしましたよケースケさま!」

「そうだな、いい感じ。どうにかなるもんだ」


 二つ目のドラム缶も、同じようにして火を点けた。

 まだまだ燃やさないといけない草は多いのに、俺たちは何事かを成し遂げた気になって二人ではしゃいでしまった。


「やりました、やりましたよケースケさま。良い焚火です!」

「アツ、アツ! 夏の焚火、めっちゃ熱いーっ! あはははは」


 調子に乗ってハイタッチまでしてしまう俺たちだ。

 そんな俺たち二人の元に、お爺さんが近づいてきていたことに気づきもせずに。


「おや、野焼きかい?」

「わわっ!?」


 声を掛けられてビックリしてしまった。


「おっとっと、驚かせてしまったようじゃ」

「す、すみません気づいていなかったものでして」


 頭を下げてから顔を見てみると、ご近所(といってもめっちゃ遠い)の野崎さんだった。確か祖父の葬式の折に色々よくしてくださった方だったな。


「こんにちは野崎さん。――はい、草を除去したので、今日はそれの処理を」

「やあ名前を憶えていてくれたか。嬉しいねケースケくん」

「もちろんです。祖父の葬式ではお世話になりました」


 もう一度頭を下げる。

 野崎のお爺さんは苦笑しつつ、


「いいって、いいって。むしろワシらも嬉しかったんじゃよ。源蔵さんのお孫さんが来るってね」


 ――ちらり。

 レムネアへと視線を向ける。


「嫁と一緒に移住してくるとは聞いてなかったから、少しビックリしてしまったものじゃんがな」

「「よ、嫁っ!?」」


 俺とレムネアは同時に声を上げてしまった。


「ち、違いますよ野崎さん! こちらの女性はレムネア、ウチで農業体験をすることになった外国人留学生で!」


 とっさに口から出た嘘がそれ。

 いきなりなにを言ってくれるんだ野崎のお爺さんは。


 せっかくレムネアとの関係が少しこなれてきたところだったのに、気まずくなるようなことを言い出さないで欲しい。

 いやホントに。困るから。


「おや、そうなのかい? レムネアさんは嫁じゃなかったか」

「そりゃそうです。こんな若い(エルフの本当の年齢とかわからないけど)嫁さんを貰える年齢じゃありませんよ俺!」


 なにせアラサーだ。

 レムネアの容姿は良いトコ10代後半、17、8と言った感じ。凄く若い。

 釣り合いが取れないこと甚だしい。


「うーむ。レムネアさんは満更でなさそうなんじゃけどなぁ」


 ――え?

 と横にいる彼女を見てみると、耳まで真っ赤になった若エルフがそこに居た。


「レムネア、そんな赤くなられると誤解されてしまうから」

「え? あ、はい……そうですね。はい。ええ。あの、その」


 真っ赤になってしどろもどろ。

 野崎のお爺さんはニンマリ笑った。


「嫁、で良くないかい? ケースケくん」

「良くありません!」

「それは残念じゃね。源蔵さんも喜んだじゃろうに」


 勘弁してくださいと両手を上げて降参すると、わはは、と笑い。


「スマンスマン、若者をからかってしまうのはジジイの悪い癖じゃな」


 空気を変えて、草を焼いているドラム缶の方を見た。


「草を処理しているということは、ここを畑に戻すのかな?」

「はい。せっかく祖父が残してくれた土地なので、活用しようかと」

「もう県の助成は受けたかの?」

「その辺は祖父が教えてくれたので」


 農業を継ぐということで、しっかり相談してきた。

 祖父が残してくれた遺産もあるし、当面はレムネアと二人でやっていく余裕がある。


「さすが源蔵さん。実はわしらも孫であるケースケくんのことを頼まれていてなぁ。畑のことでわからないことがあれば、いくらでも教えるよ」

「ありがとうございます。助かります」

「いいって、いいって」


 手を振って笑う野崎のお爺さんだった。


「にしても、美津音のやつ。こんなカワイイ娘さんをオバケ呼ばわりするとは。失礼な話じゃなぁ」

「……? なんの話ですか」

「なに、この間ウチの孫娘が言ってたんじゃよ。『源蔵じいちゃんの家にオバケが出た』って」


 俺とレムネアは顔を見合わせた。

 ……もしかしなくても、屋根を直していたときにレムネアの魔法が効かなかった女の子に違いない。

 そうか、野崎さんの孫娘だったのか。


「屋根の上から金髪の女の子が飛んできたなどと言っててな、わっはっは」

「ぁー」

「あまり変なこと言いふらすなと叱っとくわ」

「「いえ、叱らないであげてください」」


 俺とレムネアは同時に声を上げた。

 だってオバケじゃないにせよ、その子が変なモノ見たことは事実なので。


「優しいなぁ、おまえさんたち」


 優しいわけではないのです。事実なのが心苦しいだけなのです。

 そっかー、あの子やっぱり吹聴してたかー。そりゃするよなー。


 だけど予想通りというべきか、大人はそんな話をそうそう信じないのだ。

 気にしないでおくのが一番波風絶たないようにするコツだよね。

「それじゃ」と去っていく野崎のお爺さんにレムネアと二人で手を振りながら、俺は一人頷いた。


 ――そう。

 大人は信じない。だけど。


 ……子供たちはどうだろう?

 俺はまだこのとき、野崎さんの孫娘さんとその友達たち・・に、秘密を握られることになろうとは思ってもいなかったのだった。


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