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第7話 ショッピングモールで下着とか

「どこに乗ってるんだレムネア」

「え、『ケイトラ』とはこれではないのですか? 確か、四つの車輪がついた白くて大きな乗り物と……」

「確かにこれが軽トラだけど」


 軽トラの荷台に、ちょこんと体操座りしていた彼女を、俺は無の顔で見つめていた。

 ああ。それじゃまるで、これから彼女をドナドナしにいくみたいだよ。


「そこは人が乗るところじゃないんだ、こっちに乗ろう」

「わっ。鉄の扉が開きましたよ!?」


 ドアの開け方も乗り方も、だいぶ丁寧に説明したつもりだったのだけどな。異世界人にはちょっと難しかったか。

 荷台から下りたレムネアが助手席に乗り込む。俺も運転席へと回った。


「お話では、これがこちらの世界での馬車みたいなものだということですが……」

「そうだな。レムネアにわかりやすく説明するには、それが適切だったと思う」

「のわりに馬も牛も居ませんね」

「そう。こいつは何にも引かれない」

「うふふ、またまたケースケさまは。それでは普通、車は動きませんよ」


 パン、と軽く手を叩いて笑うレムネアだ。

 その上、珍しくドヤ顔を作って俺の顔を覗き込んできた。


「その点、私の世界の乗り物は凄いんですよ? 王都では小竜に車を引かせる竜車すらあるのです。そういえばこちらには竜も居ないのですよね?」

「いないけど」

「竜種の力強い動力は、私のいた世界を大きく発展させました。ですがそうですね、竜がいない世界ですと、竜車の恩恵は伝わりにくいかもしれませんね。ほんと凄いんですから」


 こいつ、……じ、自慢げだ!

 心なしか、身体もふんぞり返ってる気がする。


 ふーん、こっちの世界を侮ってくれるじゃないか。

 俺は苦笑した。

 竜は居ないがこの世界にはエンジンさんが居る。

 くどくど説明するよりも、と俺はエンジンを回してみせた。車が動き出す。


「きゃっ!?」

「忘れてた。シートベルトをしてくれ、これだ……そうそれ。それをそこに……そう。軽トラは結構揺れるからな」


 注意をしてから俺はギアを入れ直した。


「なんでしょう、勝手に動きだしてませんか!?」

「言ったろ、こいつは何にも引かれないって。そういう乗り物なんだ」

「はわわ、これはなかなかお速い……!」


 まだ全然速度出してないんだけどな。

 そういや、なにかの本で読んだことあったっけ。牛車や馬車の通常時速度って、人間の早歩き程度とそこまで変わらなかったとかなんとか。


 もちろん速度を重視したときは別なのだろうけど、旅や街中で普通に乗る分にはそんなもんだとか。

 となるとレムネアが車の速度に驚いてるのも頷ける。


「こんなもんじゃないぞ?」


 見晴らしの良い場所を通る際に、ちょっと加速してみた。


「ふ、ふわわぁっ!?」


 全開の窓から入ってくる風が、頬に心地好い。

 そよ揺れていたレムネアの金髪が、だんだん激しく風に舞い始める。


「どうかな? 竜車と比べて」

「……悪くありません。いえ、というかこれは」


 窓の外に広がる緑の山と畑の風景。

 彼女はそれらに目を向けながら。


「――凄いです。馬よりも早いのに、乗り心地が抜群です! 気持ちがいい!」

「そっか、それはなにより」


 軽トラだから、車としちゃ乗り心地はそうでもないんだけどね。

 でもまあ、速度を上げた馬とかに比べたら良いというのはわかる。


「申し訳ありません。どうも私はこちらの世界の『車』をいうものを侮っていたようです。これは魔法移動に匹敵する超上級の移動手段なのですね」

「魔法って……」

「このような物を所持しているケースケさまは、貴族でこそないらしいですがさぞ良い生まれなのでしょう!」


 俺は苦笑してしまった。

 さすがにそんな大層なものじゃあないが、こちらの世界の車の良さは伝わったみたいでよかった。


 とまあ、ちょっとした異世界vs現代の車両勝負みたいなこともあったわけだけど、改めて今日のお題に戻ろう。


 本日は、レムネアの服を買うためお出かけだ。

 普段着に作業着、あとは、ぇぇと……下着。彼女の下着。


 レムネアの形良さそうな胸がシャツの下で揺れてるのを見るのは、独身の俺に目の毒すぎたというわけ。

 彼女を雇うに当たり、衣服を用意しないとならないってのもあったけど、一番の理由はそこである。


 山間のトンネルを抜けてしばらく進むと、郊外とはいえ国道に出る。

 その頃から、レムネアの反応が少し変わってきた。


『な、なんですかこの大きな道路は!』

『ま、周りを走っているのも全部車なのでしょうか!? この世界は貴族だらけだとでも言うのですか!』

『た、建物も大きいです!』


 きゃあきゃあ、と騒ぎながらビックリし通している。

 その驚きは、郊外型の大型ショッピングモールに入ったときに最高潮に達した。


「なんしょうこの人の多さは!」


 夏休みなこともあって、田舎では学生や家族連れがショッピングモールに集まりやすい時期だった。

 だから確かに、普段よりも人が多めではあったのだけれども。


「縁日ですか!? 今日はなにかの祭りでも行われているのでしょうか!?」


 彼女がフラフラーと引き寄せられるように近づいていったのは、二階フロアにあるフードコートだ。

 揚げ物の香ばしい匂いやハンバーガーのジャンクな匂い、クレープの甘い匂いが混在する魅惑のエリア。


「まずそこに目を付けるあたり解ってると言いたいところだけど、まずは服を買ってからだな」

「あふぅー」


 後ろ髪引かれてそうなレムネアを引っ張って、俺は同じフロアにある『しまむらさん』という大衆ブランドの服屋に来た。


 正直、女性にどんな服を買えばいいのかなんて、俺にはわからない。

 だから店員さんを見つけて、普段着作業着、下着、全部丸投げするつもりだった。

 ――のだけれども。


「作業着はともかく、普段着や下着は、やはり旦那さまのご意見も聞きませんと」

「だだだ、旦那さまって。別に俺たちは雇用主と被雇用者の関係でしかないから!」

「あら。仲がおよろしいようでしたので、私てっきり……。これは失礼しました」


 しかしそう言いながらも、話を通した女性店員は俺の同席を求めてくる。


『これは如何でしょうか』

『こちらは私服でありながら、機能性もあり作業にも使えると思います』

『奥様……じゃなかった、レムネアさんはスタイルが良いですから、こういうラフな格好も似あうのではないかと』


 大き目の試着室の中で、女性店員がキャッキャしながら着替えを手伝っている。


「これなんかもカワイらしさと清楚感が同居しててお似合いかと思いますが」

「ちょっとヒラヒラしすぎていませんか?」

「ふふふ。先ほどからの旦那さまの反応的に、たぶんこういうのがアタリです」


 はい、見る分には確かに好みです。

 なんだろう、俺が値定めされているような気分。

 ジャッと試着室のカーテンが開かれて、女性店員さんがレムネアを前に出す。


「これは如何ですか? フリフリに仕上げてみたのですが」

「ど、どうでしょうかケースケさま」

「い、いいんじゃないかな……? 普段着は五着くらいは一気に欲しいから、その一つとしてなら、まあ」


 女性店員さん、満面の笑顔。

 ニマーって笑ってる。

 絶対あの人、仕事中なのにこの状況を楽しんでるよ! 別にサボりとかじゃないけど、じゃないけど!


 そうこうあって、普段着と作業着を選んだあとに、下着の吟味となった。


「旦那さまは、こちらの赤と淡いブルー、どちらがお好みでしょう?」

「わ、わざわざ俺に見せてこないでいいですから!」

「あら残念」


 楽しんでる!!!


 カーテンを占めて、またキャッキャと女性店員さん。


「ブルーを見てましたよ! 淡い色合いで攻めていきましょう!」


 あうっ。

 ちょっと居づらい。席を外させて貰おう。

 俺は勝手にその場から離れた。


 時間潰しの為にフードコートでコーヒーを買い、椅子を借りる。

 周囲を見渡すと、学生らしき集団や家族連れが楽しそうに食事をしていた。


 嬉しそうにお喋りをして、美味しそうに物を食べる。

 なんとも幸せの溢れた空間だ。


 フードコートの隅で座ってると、なんとなく皆の幸福をお裾分けしてもらった気分になれる。

 楽しそうな人たちの姿を見るのは好きだ。

 なんなら、想像するのも好きだった。


 だから俺は、つい想像してしまう。

 俺が作った野菜などを、美味しい美味しいと言ってくれて食べる幸せそうな食卓の光景を。

 当然俺は、未だ出発点にすら立っていない状態の農業従事『希望者』なので、それがおこがましい想像だという自覚もある。

 だけど目指したいのは、やっぱり……食べることで皆に良い気持ちになって貰えるような野菜を育てることなのだ。


「頑張らないとな。レムネアっていう強力なお手伝いさんも得たことだし」


 しばらくして戻ってみるも、まだ二人は下着を選んでいるようだった。


「このブラというものは、付けるとちょっと窮屈ですね」

「でも胸の形が崩れないし、姿勢も良くする効果だってありますので」

「それに、しっかりした着方、というのもなかなか手間が掛かります」


 カーテンの向こうから会話がダダ漏れだ。

 俺がどこかに行ったと思って二人とも気が抜けてないか?


「ブラはちゃんと着けないと! 旦那さまにも言われておりますので、しっかり覚えて帰って頂きます!」

「きゃっ、そんなトコ触られたら!」

「逃がしませんから!」


 本当に逃げようとしたのか、ガラッと試着室のカーテンが開かれた。

 下着姿のレムネアが、俺の前に現れた。


「あ」「あ」


 と俺たちは目が合う。

 一瞬の静寂の後、彼女の顔が真っ赤になり。


「きゃあああああぁっ!?」


 カーテンが勢いよく閉められた。


「ど、どこかに行ったのではなかったのですかケースケさま!」

「そろそろ良いかなと思って戻ってきたんだ。店員さん、どうだろう決まった?」

「そうですね、だいたいは。うふふ、淡いパステル調の色で揃えましたよ?」


 なんで疑問調で言ってくる。

 嬉しいです、とでも反応すればいいのだろうか。いや、できるわけない。


 とりあえずさっきレムネアが着けていた下着は淡い水色だった。

 いやまあ、好みだけど。


 結局この日の服代は、そこそこの額が掛かった。

 女の子の服は高いね。俺なんか下着は三枚千円のトランクスだけど、女の子はそうもいかないんだろう。


「もう。なんかとっても恥ずかしい思いをしてしまった気がします」


 店員に着せられたフリフリの可愛い服で、レムネアが嘆く。

 美人タイプな彼女だけど、こういうのもしっかり似合うな。


 普段着というよりは、ちょっとした余所行き服といった感じかもしれないけど、チョイスは悪くないと思った。なんというか、つい見とれてしまう。


「……そんなジロジロ見ないでくださいケースケさま。似合っていないのはわかってますから」

「似合っていない? どこが?」

「私は冒険者ですから。こんな可愛らしい服、合うはずないんです」


 そんなことないけどな。


「大丈夫、似合ってるよ」

「また、そんなお世辞を……」

「世辞なんかじゃないって。レムネアは美人だから、だいたいどんな服着ても似合いそうだけど、その草色の服は特に似合ってると思うな」

「び、びじ……!」


 ポンと彼女の顔が赤くなる。

 はは、可愛いもんじゃないか。似合ってる似合ってる。


「そうだ腹減ったろ、さっきの場所で食事をして帰ろう!」

「び、びじ……」


 ポポポポポ、と赤くなってるレムネアを連れて、俺はフードコートにやってきた。

 昼食がてらにアレコレ食べる。


 クレープ、アイス、黒蜜のワラビ餅。

 どうもレムネアは甘い物に弱いらしく、最初こそ真っ赤になってポポポポポしてたんだけどすぐに食べる方に気が向き始めた。


 食べるときに身体全体が溶けるみたいな脱力状態になってるのカワイイわ。

 リラックスなんだろうな、あれ。


「幸せな味ですねケースケさま」

「うん」


 ちょっと食べすぎだけどね。

 今さら気づいたが、このエルフ案外大食いだ。


 俺は少し控えめに甘味を楽しみながら苦笑する。

 まあ、帰ったらさっそく畑仕事だし。多少カロリー摂りすぎても問題ないのかな。


 ちなみに女性店員さんが選んでくれたレムネアの作業着は青ジャージだった。

 なるほど畑仕事にはジャージが良く似合う。


 美味しい野菜が作れるように、頑張っていこう。

 両手にクレープを持ったレムネアを見ながら、俺もアイスをひと舐めしたのだった。



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