「ん、ん……っ」
布団に寝かせたエルフさんが寝返りをうつ。
女性を勝手に家に連れ込むのはどうかな、と思わなくもなかったのだけど、捨てておけるはずもなく。
かといって救急車を呼ぶほどではなさそうだし、相談できるほど親しい町民もまだ居なかった俺なので、エルフさんをお持ち帰りしてしまった。
いや、お持ち帰りとか言うとめっちゃイメージ悪いな。
あくまで親切心と、心配する気持ちの発露だと主張しておきたい。
やっぱり耳はホンモノだったんだよな。
そこはコスプレじゃなかった。
ついでに持ち帰った『杖』の方も、よく見ると異常でさ。
頭のとこについた大きな宝石、台座に固定されてたりしないの。
――宙に、浮いてやがんの。
触ると、ビヨン、と弾力を持った感じに宝石を動かせるけど、手を離せば最初にあった場所に戻る。杖の頭の空間に、目に見えないゴムで固定されてるような感じ。
不思議でしょ?
俺も不思議。だからと言って、彼女が本当にエルフだという証拠になどならない。
『当たり前じゃないですか、ただのコスプレですぅ』
とか。
目を覚ました彼女はきっとそう言うに違いないと思う。
え、なんでそこまで本物説を否定するのか、って?
だって困るからな、本物だったら。
俺はまだこの田舎町に来たばかり。
右も左もわからないところに『本物のエルフ』なんかと出会ってみろ、絶対にややこしいことになる。
異世界から来たにしても、この世界のどこかから来たにしても、そんなモノが倒れていたからには、なにか事情があるに違いないのだから。
だからこの子はコスプレ娘です。決定です。
横向きに眠っているエルフさんの、布団に潰された耳を見ながら、俺はそんなことを考えた。
あの耳って、硬そうだと思ってたんだけど案外柔らかいんだね。ぐにゃっと曲がってるよハハハ。くそぅ、高度なコスプレしやがって。絶対、絶対コスプレなんだからね!? 俺は信じないからな!
「んっ、んんん……」
どうやらエルフさんが目を覚ましたようだ。
俺は布団脇で胡坐をかいたまま、声を掛けた。
「やあこんにちは、起きたみたいだね。どうだ気分は、平気か?」
「え、あ……?」
とエルフさんは、寝ぼけ
呆けた顔で部屋の中をキョロキョロ見渡し。
「こ、ここは……?」
「ここは俺の家。キミが畑の中に倒れていたから申し訳ないけど運ばせてもらったんだ。覚えてない?」
「覚えて……、ません」
最低限の話は通じているようだ。
さっきは意味わからない話をされてしまい困ったけど、これなら会話も可能かな?
俺が心の中でそう胸を撫でおろしていると。
「え、あ……? ど、どなたですか!?」
寝ぼけ状態から覚醒したのだろう、彼女は突然俺の方を向いて声を荒げる。
「俺は
「わ、私はレムネアと申します。アルドの里出身の冒険者です」
んんん?
里とか言われても。というか、え、冒険者?
なにかのなりきりコスプレなのだろうか。
残念だけど俺には合わせられない。俺は頭を掻いた。
「見たことがない建築様式の室内ですけど、ここはエルディラント王国ではないのでしょうか?」
「日本に決まってるじゃないか。ただの田舎町だよ。その『エルなんとか』言う国は、残念ながら聞いたことがない」
「そ、そんな。大国エルディラントを知らないなんてありえません」
「凝ってるなぁ、なりきりコスプレなんだよね? でも今は、真面目に話してくれると嬉しいんだけど」
ほら、話が進まなくなるしさ。
「至って真面目にお話をしているつもりなのですが……」
「ああいや、ほら、なんというか。今のままだと、キミのことがよくわからなくて」
「言いましたよね、エルディラントの冒険者だと。これでもれっきとした
「あー、うん。元気になったならそれでいいんだ、よかったもう大丈夫そうだな」
俺は困って両手を胸の前で振った。
そこまで徹底されたら、俺としてはこれ以上なにも言えない。
しかしレムネアは、心外そうな顔で少し怒っている。
どうしたものかと心の中で肩を竦めていると、彼女は軽く溜め息をついて。
「……ですが、どうやら倒れていたのは確かなようです。介抱して頂いた、お礼を言わなくてはなりませんね」
そういって頭を下げてきた。
「ご迷惑をお掛けしました。大した礼はできませんが、これを受け取ってください」
「礼とか……、気にしないでいいぞ」
「そうはいきません。どうぞお受け取りを」
と彼女が渡してきたのは、見たこともない銀色のコインだ。
だいぶ造りが荒いけど、あれ? これ本物の銀貨じゃないか?
「お世話になりました。それではご機嫌よう」
レムネアは、部屋の隅に置いてあった杖を引き寄せて、パシッと掴んだ。
――ん?
あれ今、杖が勝手に動いて彼女の手に向かっていったような?
「……レムネア、いまなにかした?」
「え? ただの引き寄せの魔法ですが」
へ、魔法? なにを言ってるんだ彼女は。俺の耳がおかしくなったのか?
部屋を出たレムネアは軒先に置いておいた彼女の靴を履くと、杖を振った。
「
庭に出た彼女の身体が宙に浮いたと思うと、そのまま空に飛んでいく。
「……は?」
俺は目を丸くしたのだった。
◇◆◇◆
夜。夏は日が落ちるのが遅いので、もう午後20時を超えている。
俺は遅い夕食の準備をしながら、昼に出会ったエルフさん――レムネアのことを考えていた。
「飛んでいった……よな?」
味噌汁の出汁を取りながら、ぼんやりと反芻。
果たして彼女は本物の異世界転移者だったのだろうか。
いやいや馬鹿な。そんなことがあっていいものか?
良いわけない。良いわけない、……んだけど。
気のせいでなければあのとき彼女は、自分の杖を遠くから念力のような物で自分の手まで運んだ。
気の迷いでなければ、さらにそこから彼女は空を飛んでこの家から出ていった。
そしてこの銀貨。
ごそごそとポケットから取り出してみたその貨幣は、インターネットで調べてみてもどこにも存在しそうにないものだった。
ネット掲示板に写真を上げて有識者の意見を求めようとしたのだけれども、『捏造乙』と一笑にふされてしまう始末。いや捏造銀貨じゃないし!
いやだなぁ。状況証拠が集まりつつあるよ。
彼女が本物のエルフであってしまう、状況証拠が。
「……エルディラント王国、か」
本当に彼女が転移者だったとして、この世界でうまくやっていけるのだろうか。
なにせこの世界には魔物も居ないし魔法もないからな。
彼女の仕事である冒険者の居場所など、少なくともまっとうな場所にはなさそうだ。
今ごろどうしているのだろう。
困り果てていなければ良いのだけれども。
もしも、もしも彼女が本物だったのだとしたら……。
「もうちょっと、親身になって話を聞いてやればよかったかもな」
完全に偽物として接してしまっていたこともあり、申し訳なさを感じると同時に気になってしまう俺だった。
――ドドォォォン!
そのとき居間から、凄い音が響いてきた。
なんだ!? と俺が慌てて台所を後にすると。
「むぎゅうぅぅう……」
そこには畳の上に突っ伏して、長い金髪の女の子が落ちていた。
「な、なんだ!? なにがあった!?」
見れば天井に穴が開いている。ひえっ!?
「どういうことだ、おいキミ!?」
見ればその女の子はレムネアだった。落下した衝撃でなのか、目を回している。
「大丈夫か、おい、レムネア!?」
「キュウ」
と言ったか言わないか。
どこかから落ちてきた割には怪我がない。
手足も変な方向に曲がったりはしていなかった。
それにしてもやってくれるぜ、ウチの天井に大穴開けるなんて。
腹立たしい思いもあるが、無事だったのはなによりだ。
怪我なんかされていたら、もっと大変なことになったに違いない。
そのへん、彼女は
いや……だって仕方ないだろう。
空まで飛ばれた挙句に、今度は上から屋根を突き破って落ちてきたのだ。尋常ではない。
「わかった。わかったよ、今度はちゃんと話を聞いてやるよ!」
そう自分に言い聞かせながら、俺はまた、気を失っている彼女を布団に寝かせたのだった。