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穏便探偵〜エレベーターの臭人たち〜
川田ワカ
ミステリー警察・探偵
2024年10月04日
公開日
3,494文字
完結
エレベーターに四人の乗客、そして一つの爆音とともに乗客は臭人となり閉じこめられてしまう。
果たして彼らは無事に脱出できるのか…。

穏便探偵〜エレベーターの臭人たち〜

ぶぼぉおっ!!!

勢いのある爆音が密室のエレベーターに鳴りひびく。その聞き慣れた音の正体は誰もが知っている、オナラ、である。そして次に、ニオイが一瞬いっしゅんでせまい空間に満たされる。もちろん良い香り、ではない。悪臭あくしゅう異臭いしゅう、簡単に言えばめちゃくちゃくさい。いやめちゃくそ臭い。このニオイを例えるなら………、

ウンコだ!

四人の乗客達の考えは一致いっちし、それぞれ手やひじなど使って鼻をふさぎ、とにかく早くエレベーターが一階に到着とうちゃくするのを待ちわびた。が、ガゴンと不穏ふおんな音がして止まってしまう。操作ボタンの前に立っていたTシャツにランニングタイツのおじさんが、あれこれ押したが何も反応しない。

「閉じ込められた…」

おじさんはかすれた声でつぶやき、肩をがっくりと落とす。その言葉に他の乗客が騒ぎ始める、一人をのぞいて。

「あの、助けを呼びましょう」

男子小学生は冷静に言うと、自分のスマホで消防に連絡、住所もかまずにスラスラと伝えている。ただ、鼻をつまんだまましゃべっているので、声はお間抜けである。ちなみに言うと、彼は探偵たんていではない。

「救助に一時間もかかるみたいです」暗い表情で、通話は終わった。

一時間、普通ふつうなら我慢がまんできる時間もこのニオイの中となると、話は別だ。全員に絶望とウンコの空気が流れる。そんな中、おじさんは声を上げて言い切った。

「俺はやってないからな」

何を?と、聞かなくてもさっきのオナラの件だと言う事が分かる。腕を組みむすっとした顔で、おじさんは周りに圧をかけた。

「別にうたがってないですけど」

乗客の一人、女子高生が応えるとおじさんはすぐさま言い返す。

「そう言ったって、君みたいな若い子は何でもおじさんのせいにするじゃないか!後ろを歩いてるだけで、キモい。すれ違うだけで、臭い。どうせオナラだって俺がやったと思ってんだろっ!」

この異常事態のせいか、おじさんはイライラして八つ当たりし始めた。しかし言われた相手も黙っちゃいない。

「はぁ?被害妄想やめてくれますか!ていうか、そうやってめちゃ汗かいてっから臭いって言われんじゃないの?」

確かにおじさんは背中と脇に大汗をかいていて、べっとりとTシャツが肌に張り付いている。

「いやいや、もしかして君がしたんじゃないか?ほら、そんなのも付けてるし」

汗かきおじさんが指差したのは、彼女の学生カバンについているサツマイモのストラップだった。確かにサツマイモと言えば昔からオナラのイメージがあるが、これはさすがに言いがかりだ。

「朝はパンだけですぅー、いもなんて食ってませんー」

彼女はアゴを突き出して、挑発ちょうはつするような口調で反論する。おじさんも続けて反論するので、まるでラップバトルだ。ちなみに、もちろんこの二人も探偵ではない。

「全く…いい大人がみっともない」先ほどの男の子が間抜け声でつぶやいた。

ラッパーと化していた二人がその子を見ると、おどっていた。そう、踊っていた。足をクロスし鼻をつまんだ状態で左右に揺れている。それを見ていたおじさんは、ハッと気づいた様子で口に出す。

「もしかして、出そうなのか…?」

この状況で出ると言えば、一つしかない。

「…お前が犯人だったんだな」手をワナワナとふるわせながら、男の子を指差した。

「違う、ぼくはやっていない!」踊りながら否定する。

「じゃあ、その動きは何だっ?どう見ても我慢してるだろ!」

「えっマジ?」女子高生もパニックになり始まる。

三人が激しい言い合いになった時、またも事件は起こってしまう。

ぼぶぅうっ!!!!

二回目のオナラが投下された。ウンコのニオイが密室に満たされていく。あまりの臭さに皆泣き叫び、開かないドアにすがりついて神に助けを求めた。これぞ阿鼻叫喚あびきょうかんである、この四文字熟語を知らない人は調べてみよう、まさにこの状況にピッタリだ。

「誰がやったか白状しろぉ!じゃないと…」おじさんはこぶしを胸の前で身構えた。このままでは殴り合い、いや殺し合いになってしまう、その時だった………!

「お待ちくださいっ」

声を上げたのは、エレベーターのすみに立っていた四人目の乗客。幅の広い帽子ぼうしにトレンチコートで全身茶色の女性は、今の今まで一ミリも動かず一言もしゃべらなかったため、存在が消えかけていた。

「この事件、わたくし穏便おんびん探偵、恩便子おんびんこが穏便に解決してみせます!」

探偵・便子は自信たっぷりに手をかざし高らかに宣言する。

「なんだ、その、穏便、探偵っていうのは…」突然の怪しい人物に、おじさんはさっきの勢いをすっかり失ってしまったようだ。

「穏便探偵とは、おだやかに平和的に事件を解決する探偵の事です。この密室エレベーター連続屁こき事件は、私にお任せくださいっ」

言い終わると自信満々に胸を叩く。普通ならこんな人を頼りにしないが、残念ながら今は普通ではない、異常であった。

「さっさとやってくれっ」おじさんは投げやりに。

「ホ、ホントに犯人が分かるの?」女子高生は不安気に。

「どうでもいい!」男の子はクネクネ踊りながら叫ぶ。

探偵は静か全員を見回した。 

まず、ウンコのニオイの中に枯れた草のニオイがかすかに混じっている。

これは乗客の一人、おじさんの加齢臭かれいしゅう。加齢臭とは年取ると出てくる、独特の臭いニオイである。しかしこれは大量の汗のせいなので、この件はオナラとは無関係。問題は彼の服装の、Tシャツにランニングタイツ。毎朝走っている事がうかがえ尻はかなり引き締まっている、と言う事は肛門括約筋こうもんかつやくきん、つまり尻の穴の筋肉はきたえられているに違いない。そんな人が二回も、オナラをもらす可能性は低いと考えられる。

次に二人目、女子高生に特に目立った変な様子はない。サツマイモではなく朝食にパンを食べたと言うのも本当だろう。彼女の口周りにパンのカスが付いているのが、その事実を物語っている。

最後は三人目、踊る男子小学生。さっき言われていた通り、この不思議な踊りはトイレを我慢している時に出てしまう、ソワソワした動きなのは明白だ。そう考えると、ウンコが出そうになりオナラが出てしまった、と思われる…が、

便子は知っていた。

ウンコを我慢している時は、大量の冷や汗と共に動けなくなり言葉を発することさえも難しくなる。つまり彼はウンコでもオナラでもない似て非なる、オシッコ、尿を我慢しているのだろう。大人になると少なくなるが、子供はトイレに行くのをよく忘れてしまう。だとすると、彼がオナラをした可能性は低い、なぜならオシッコを我慢していると自然に肛門の閉める力が入るからだ。

これらの事から誰がオナラをした犯人か、そしてこの状況をどう穏便に解決できるのか。

…分かっている、方法は一つしかない。

「すみませんでしたぁ!私がオナラの犯人です、許してください!」

探偵は壁を背に、上半身を九十度曲げて一息に謝った。しん、と静まったのはたったの一瞬。

「何が穏便探偵だ、このオナラ探偵!」

「えっ何で?意味わかんない」

「だから大人は信用出来ないんだ!嘘つき屁こき!」

頭を下げたまま、みんなにののしられ続ける事、一時間後。

修理されたエレベーターの扉が開き、乗客たちが急ぎ足で出て行く中、探偵ととある一人の乗客は中に残っていた。

「どうして、あんな事を」

「いいんです、私がオナラをした。それが一番穏便、丸く収まるんです」

「あ、でも一つ忠告が」

探偵は顔を上げ、その人に笑顔を向ける。

「小麦には気をつけた方が良いですよ」

知らない人も多いが、小麦はガスが溜まりやすい成分グルテンが入っている…特に、パンには。

「ありがとうございます…穏便、探偵さん」

女子高生はお礼をいい、エレベーターから出て行く。

その言葉はむしろ、彼女に言いたいくらいであった。何故なら便子はあのオナラに救われたのだから。乗客達はパニックになり気づいてはなかったが、オナラの臭いは一時間も続くものではない。

では何故、ずーっとウンコ臭かったのか?答えは簡単だ、そこにウンコがあったからだ。便子の尻に。

エレベーターで便子の尻が決壊した瞬間、奇跡的なタイミングで同乗者のオナラがひびき渡ったのだ。

この世はオナラより、ウンコをもらした罪は重い。だから便子は思いついた、自身が生んでしまった罪を隠すため自ら屁こき犯になることを。これぞまさに災い転じて福となす、いやウンコ転じてオナラとなす、である。


…ただ一つ、便子は世に異議を唱える。オナラもウンコもオシッコも汗だって決して悪ではない!出る、と言うのは立派な人間の証であり生きていれば、つい出てしまう時もあるものだ。

どこでも誰でも自由に、もらせる。そんな平和な世界に私はしたい!


穏便探偵・便子は熱い思いと尻を抱え、トイレに向かうのであった。

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