ダヒと契約して十日が過ぎた。俺は夢ちゃんとして学校に通う様になっていた。
夢ちゃんは朝、公園の前で幼馴染みの若葉ちゃんと待ち合わせて登校していたが、その公園の側で夢ちゃんが車に轢かれた為、若葉ちゃんは完全にトラウマになってしまいその公園には近付けなくなってしまったと云う。
俺も「あの公園、あんまり行きたくないな……」としおらしくして見せて、曲がる場所を変えて一本通りをずらして登校する事にした。その為若葉ちゃんと合流するのは小学校の手前の横断歩道になった。
若葉ちゃんは横断歩道その物も少し怖がっていたが、俺in夢ちゃんが平気そうに渡るのを見て、おっかなびっくり渡ってくれた。若葉ちゃんは車も怖がって、なんと夢ちゃんが登校するまで殆ど引きこもってしまっていたらしい。
「お見舞いに行けなくてごめんね」
と開口一番に云われた。泣きそうな顔を伏せる彼女に、俺は夢ちゃんらしく笑って、
「大丈夫だよ。吃驚させてごめんね。ありがとう」
と応えた。
若葉ちゃんは少し驚いた様な顔をしたあと安心した様に笑って、ちょっと泣きながら
「良かったあ……」
と胸を撫で下ろした。
登校初日はクラス中が夢ちゃんを歓迎した。口々に大丈夫かとか、良かったとか、もう痛くないのとか云ってくれて、その度に俺は夢ちゃんスマイルで応じる。姿を消したダヒの感心した様な気配を背中に感じながら、俺は新しく買い与えらえたラベンダー色のランドセルを自分の椅子の背に引っかけた。ちなみに席の位置はダヒに魔法で教えてもらった。
数日通うとクラス中の落ち着かない雰囲気や夢を気遣う気配は大分減り、徐々にいつもの教室に戻りつつある様だった。遊びに誘ってくれる子も出始めたが、医師にも親にも暫くはあんまり運動をしない様にと云われていて、体育も休んでいたので、休み時間はお喋りをして過ごし、放課後は真っ直ぐに帰宅していた。
週末。朝、普段と同じ様に朝の七時頃に起きると母親に吃驚されてしまった。
「どうしたの、夢。いつも土曜日はお寝坊さんなのに」
俺が俺だった頃は休みの日も仕事がある日と同様に起きる癖が付いていたので、ついうっかり大抵の子供が土曜日は寝坊するものだと云う認識が抜けていた。
「日曜日だってニチアサの始まるぎりぎりまで寝てるのに。そう云えば平日も寝坊がちだったのに、最近はしっかり起きてたね」
「そ、それはそうだよ。だって病院は六時に起きなきゃいけなかったんだもん。何日もそうしていたから早起きする癖が付いたんだよ。七時起きなんて、それと比べたらすっごくお寝坊さんだよ」
内心冷や汗をかきながら答える。母親は、そう云えばそうねえ、と納得してくれた様だった。
夢ちゃんの父親は銀行員で、母親は専業主婦だった。夢ちゃんは今四年生だが、五年生になったらクラブ活動もあるし、パートに出る予定でいるらしい。元々学生時代からアルバイトが趣味みたいなところのある人だったそうで、結婚する時に子供が小さい時以外は働いて良い事を条件にしたと聞いた事がある(夢ちゃんが)。
銀行員の仕事は基本的に平日だけだが、今日はイベントがあるとかで朝から出かけている。だから家には俺と母親、そして透明化しているダヒだけだ。俺は母親が点けっ放しにして音だけ聞いているニュース番組を横目に、ダイニングの椅子に腰かけた。
「次のニュースです。北海道の××市で十歳から十三歳の女児が次々と行方不明に――」
ことり。目の前にトーストとカリカリベーコンとオムレツが置かれる。コーンポタージュとコールスローサラダもある。それで俺の意識は完全にニュースから食事へと移行した。
「いただきまーす」
「はいどうぞ」
子供らしくもたもたと食べる俺の前に母親が腰かけ、微笑まし気に夢ちゃんの姿を見詰めていた。