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 俺は夢と云う少女の体で目覚めたあと、またすぐ眠ってしまった。十三時間程経って目を覚ましたが、両親はまた意識不明に陥ったのではないかと気が気でなかっただろう。

 その十三時間、俺は少女の十年間の記憶を見ていた。意識を失って、眠っている時に見る夢として、彼女のこれまでを見た。

 若い両親の元に望まれて生まれ、愛され、育ってきた記憶。自宅の仏壇には毎月決まった日に花が供えられ、五歳の時、それは生まれて来られなかった兄の為の物だと教えられた。

 同じ産院で一日違いで生まれた幼馴染みが居る事も知った。若葉と云う名の女の子で、夢ちゃんと同じ予定日だったが母親が産気付いたのは夢ちゃんの母親より少しあとで、更に難産だった。夢ちゃんはたった一日だが自分の方がお姉さんだからと、気が弱くて人見知りの激しい若葉の前に立ち、守り、庇ってやった。

 夢ちゃんは男勝りと云う程ではないがちょっとお転婆で、優しく、明るく、誰にでも分け隔て無く接する子供だった。大人相手でも物怖じせず、コンビニ前でたむろするやんちゃな中学生に「通行の邪魔だよ!」と一喝する程だった。母親と電車に乗っていて妊婦や高齢者が立っているのを見付ければ率先して席を譲る様な子だった。

 こんな子が、何故、昏睡状態だったのか。怪我であるのは医師と両親のやり取りから分かったが……不思議に思いながら記憶を見続ける。

 交通事故だった。十字路。押しボタン式の歩行者用信号。ボタンを押して変わるのを待つ。隣には若葉ちゃんが居て、信号が変わり、二人は左右を確認してから歩き出した。夢ちゃんは早く帰ってランドセルを置いて遊びに行きたかった。だから駆け足になって、数歩後ろを歩く若葉を振り返り、

「若葉ちゃん、はやくー!」

 と足を止めたところに、乗用車が突っ込んで来た。進行方向の道路からスピードを落とさずに曲がって来た軽自動車だった。その角は公園で植え込みがあり、少し視界が悪かった。

 急ブレーキの音、若葉ちゃんの悲鳴。騒ぐ通行人。

 車は急いでバックし、夢ちゃん達が歩いて来た方の道路へと猛スピードで逃げて行った。

 そこで少女の記憶は終わり、俺は目を覚ました。何て奴だ、こんな小さな子を轢き逃げするなんて。若葉ちゃんも可哀想に。目の前で幼馴染みが車に轢かれるなんて、トラウマものだろう。

 そして今に至る。俺は一ヶ月程昏睡状態だったそうで、再び目を覚ましたあとは検査検査の日々だった。検査し、結果が出ては、また別の検査をする。体中の管やコードが外れたのは、六日も経ってからだった。

 七日目には警察の人間が来て、「夢ちゃんを怪我させた人は、もう捕まってるから安心してね」と云い、確認だけさせて欲しいと云って事故当時の状況を訊いてきた。

 その頃には俺は大分「夢」と「俺」の折り合いを付けられていたので、なるべく年相応に見える様に気を付けながら警察の質問に答えていった。

 それから更に何日かして、漸く退院の運びとなった。頭に巻いた包帯も、顔や体のあちこちに貼られたガーゼも外れ、見たところ大事故にあった様には見えない程に回復している。若いから回復力が良いんだろう。

 ただ、頭の傷を縫った時に剃った髪はまだ生えそろっておらず、後頭部が刈り上げ状になっていたし、おでこにも目立つ縫い傷があった。どちらの傷も直に痕も残らず消えるだろうと云われており、髪もきちんと生えて来ると聞いて、両親は心底安堵した様だった。ま、女の子だもんな。

 家に帰った俺は、しおらしく「少し疲れたからお部屋で休むね」と云って、小学校に上がった際に宛がわれた夢ちゃんの部屋へ入った。ピンク色のカーテン、白を基調とした控えめな家具、壁はウッドタイルと云うやつだろうか。床もフローリングで、ピンク色の小さなラグが敷かれていた。部屋の隅には姿見がある。

「……美少女だなあ」

 姿見の前に立つ。背は平均より少し低いだろうか。髪は肩より少し長いピンク色。子供特有のふわふわとした髪質をしていて、ちょっと癖っ毛の様だ。目は赤っぽい色をしていてぱっちり二重。手や足は細いがぷにっと柔らかく、輪郭も子供特有の柔く丸い印象だ。

「……ファンタジー、なんだよな」

 俺の居た世界にはピンク色の髪の子供なんて居なかった。赤い目の人間も……まあ全く居なかった訳ではないが、まず見かける様な事は無かった。だが病院も、帰宅する車の中から見る街並みも、眠っている間に見た夢の記憶も、人々の髪や瞳の色がやたらカラフルな事以外は、俺が生きていた世界とそう変わらない様に見えた。

「まあ、漫画とかだと現代日本が舞台でもやたら髪や目の色がカラフルだったりするし」

 そう云う世界観なんだと思う事にしておこう。

 と結論付けたところで、窓の方からとんとんとん、と音がした。

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