現実に戻った私は、いつものオフィスでパソコンの前に座り、今日の仕事に取り掛かっていた。
しかし、どうにも気持ちが上の空だ。
昨日のゲームの世界での出来事が、頭の片隅から離れない。
特にモッヒーやマーサとの出会い、そして彼らとのやり取りが妙にリアルで、まるで本当に別の人生を歩んでいるかのような感覚に囚われていた。
そんな時、電話が鳴った。
ディスプレイに表示されたのは、ゲームを勧めてくれた取引先の担当者だ。彼とはここ数年の付き合いだが、何度かプライベートでも話すようになってから、彼がゲーム配信を副業にしていてそれを話題にして紹介してくれた。
「もしもし、佐倉です」
「お疲れ様です、佐倉さん。先日は取引の件でお世話になりました」
「お疲れ様です。こちらこそいつもありがとうございます」
「そうそう、例のゲーム、どうですか?【クラフテッドワールズ】、結構ハマったんじゃないですか?」
彼の言葉に、私は自然と苦笑してしまう。確かにハマっている、ただプレイしたのはまだ一回だけなので、彼が望むようなことが言えるのかは不安だ。
「ええ、予想以上に面白いですね。実際にプレイしてみると、やはり想像以上に没入感がありますよ。特にNPCの反応が本当に生きているようで、リアルな人間関係を築いている感覚です」
「おお、いいですね。あのゲームはやっぱりNPCとのやり取りが醍醐味ですからね。特に、鍛治師としてアイテムを作ってあげるのが正解でしたね。私はアイテムを作ってスローライフをしているって感覚が楽しいです」
彼は仕事ができる男ではあるが、ゲームのことになると仕事をそっちのけにしてしまう。だが、気分よく仕事をしてくれれば、能率は確実に上がるので無碍にするわけにもいかない。
「私は交渉人にして、NPCを仲間にしたんです」
「交渉人? そんなジョブありました? はは、でも佐倉さんらしい選択ですよ」
彼の言葉に、私は内心少し得意げになりつつも、冷静に答えた。
「まあ、営業をしている身としては、物作りよりも交渉の方が馴染みやすいですからね。でも、あのゲームのNPCがここまで個性豊かで、プレイヤーとの関係が深まるとは思っていませんでした。現実とゲームの境目が曖昧に感じることもありますよ」
「分かりますよ。その辺りが【クラフテッドワールズ】の魅力なんです。ゲームの中でNPCがただのプログラムじゃなくて、あたかも本当に自分の行動次第で変わっていく。佐倉さんも何か面白いエピソードありましたか?」
「そうですね……」
私は少し考えてから、モッヒーとマーサのことを思い出した。私からしたら彼らはゲームのキャラではあるが、彼らの人生を私が握っているんだと実感を持ってしまっていた。
「実は、盗賊を仲間にしたんですよ。少し強引に交渉して、彼に痺れ薬を飲ませて、最終的には手下にしました」
電話の向こうから笑い声が聞こえてきた。
「また凄い遊び方をしてますね。まぁそれも交渉人らしいやり方なんでしょうね。でも、それこそがこのゲームの醍醐味ですよ。どんな手を使ってでも、相手を自分の思い通りに動かす。現実ではできないことを、ゲームの中では思い切りやれるってのが、またスリリングですよね」
彼は鍛治師として、彼の作ったアイテムで冒険者を雇って材料取りなどを頼んでいるそうだ。
「そうですね。現実ではこんなことはできませんからね。でも不思議なもので、ゲームの中での交渉が現実にフィードバックされている感覚もあるんです。例えば、人の動きや反応の読み方とか、交渉の駆け引きの感覚とか。逆に、現実の経験がゲームに活きる部分もあって、ますますハマりそうです」
まだ、話した人数は少ないが、若者の気持ちを反映した部分もあるだろうと考えてしまう。どこまで踏み込めばいいのか、現代に生きる私は足踏みしてしまうところがある。
「お、いいですね。実際、あのゲームの中で得たスキルが、現実の営業に活かされることも多いですからね。佐倉さん、もしかしたらゲームで新しい営業のアイデアとかも生まれるかもしれませんよ? 私はプラモデルも趣味なんですが、そっちの集中力が増したように感じますよ」
彼の趣味の多さにこちらは苦笑いを浮かべてしまう。
「そうかもしれません。実際、NPCたちの反応や対応の仕方が現実と似ている部分もありますし、交渉の練習にはなっているかもしれないですね」
「それは素晴らしい! これからもどんどんNPCを巻き込んで、面白い展開を作ってくださいよ。何か良いストーリーができたら、また教えてください」
「ええ、そうしますよ。また進展があったら報告します」
電話を切った後、私は再び仕事に戻ろうとしたが、頭の中ではやはりゲームの世界がちらついていた。
現実では冷静で紳士的な営業マンとして振る舞っているが、ゲームの中ではもっと大胆に動ける。そんな自分を少し楽しんでいるのかもしれない。
「さて、今日も現実での交渉をこなして、またあの世界に戻るとしようか」
夢現ながらも、楽しみがあると仕事にも張り合いが持てるような気がした。