《side勇者》
「先に言っておく。私に戦う力はない。そっちに期待してくれるなよ」
青白い顔色、窪んで隈がある瞳、戦闘をしたことのない貧相な体つき、身長は高いが背中が丸まっていて、お世辞にも見た目がいいとは言えないオッサン。
男に抱いた第一印象は、こんな感じだった。
女神様に祝福を受けし勇者ユーリ、それがボクだ。
人類を救う最後の希望として、王様に信託を受けたことを告げる。すると、一人のお供を連れて行くように言われた。
それが、目の前でやる気なさげに大あくびをしているくたびれたオッサンだった。
世界の八割が魔王によって支配された世界で、人類は生きることもままならない状況に追い込まれている。
ボクとオッサンの二人旅って、もっと可愛い聖女とかいないのかよ!
それでも仕方ない。勇者ユーリであるボクは、生まれながらに内蔵する魔力が多く。光魔法を中心に現存する五属性を使うことができる。
攻撃魔法の才。物心がつく頃には、剣術を習った騎士を圧倒した剣の才もある。
「ああ、スゲースゲー。魔物を倒すのは任せたぞ!」
自己紹介を鼻をほじりながら聞くのはやめてほしい。
ボクは勇者なのに全然尊敬されていない。オッサンを守りながら旅をするって、何にやりがいを求めればいいんだよ。
ただ、オッサンは見た目に反して有能だった。野営をすれば、美味い飯が出てくる。ボクが寝てる間に、洗濯を終えて繕いをしてくれる。
もう、ボクは思う! オカンか!? とりあえず快適な旅をする先々で交渉はオッサンがする。オッサンが街の者たちと話をすれば、嘘のように事がうまくいく。
ある街では、宿屋に泊まろうとするとすると満室だと断られた。
「なに! 満室だって! それなら、馬小屋でも倉庫でも構わない。雨風が凌げればいいんだ」
「馬小屋なら~」
ボクが同意しようとすると、オッサンが前に出る。
「そうかそうか、おっ、そういえば馬小屋でも金は弾むぞ。王様からいっぱいもらっているからな。そうそう、こちらのお方は魔王を倒す旅をする勇者様なんだ。この宿は勇者を泊めた宿として有名になるだろうな。勇者を馬小屋に泊めた宿としてな。それでたんまりと金貨をふんだっくったとな。それは素晴らしい箔が付くだろうな」
「そっそれは!」
「うん? いやいや、気にするな! 俺は話を広めるのが上手いんだ。行く先々でこの宿のことを宣伝しておいてやろう」
最初は下手に出ていたはずなのに、相手の弱みを握ったと思えば、どんどん内容がエスカレートされていく。
満室の宿屋だったはずなのに、スイートルームにタダで泊まれた時は驚いた。
「どうだ? 今日は気持ちいいベッドで悠々と寝れるぞ」
「ああ、助かった。ありがとう」
「いやいや、お前さんが魔物を倒して、いつか魔王を倒してくれると信じているからだ。信じていいんだろ?」
「ああ、信じてくれ。ボクはそのための力を、女神様から授かった」
オッサンは、たまにボクを励ますように信じていいかと問いかけてくる。ボクはその言葉を聞く度に信じてくれと言ってしまう。
そうすると、オッサンの言った言葉が否定できなくて、次の日もオッサンが受けてきた魔物討伐依頼をしなくてはいけなくなる。
「どうだ街の者よ! 勇者ユーリ様が皆を苦しめていたオークキングを倒してくださったぞ!」
依頼を終えた後は決まって、魔物の首と魔石を掲げて街で大々的に宣伝をする。
「「「おー!! あの強いオークキングを!! すげー」」」
街のあちこちで歓声が上がり、ボクは嬉しくなる。そんな旅路が三ヶ月も続けば、狭い人類の土地でボクの名を知らない者がいないほどに有名になっていた。
「勇者ユーリ様、頑張って!」
「勇者ユーリ様、あんただけが我々の希望だ!」
「勇者ユーリ様、私と結婚して!」
こうして街の人たちに応援されるのは嬉しいことだ。最初は誰もボクのことなど知らなかったのに、オッサンが宣伝する度にボクの名を呼ぶ人が増えていく。
みんながボクの名を知ってくれている。
ただ、それは魔族側も同じことで………。
「勇者ユーリとは、貴様のことか?」
現れた魔物がどんどん強くなっていく。それでも女神の祝福により、ボクに勝利が与えられる。その度にボクの名声は上がっていく。
「くくく、これでチョロいな本当にこの世界の人々は」
「えっ? チョロい? なんだか物騒な呼び名だな」
「ああ、気にすんなって、こっちの話だ。それよりも、そろそろ魔王と交渉できるかもな」
「魔王と交渉? 何を言っているんだ。魔王は倒すべき敵だろ?」
「お前は本当に戦うことしかできない奴だな。いいですか? 今、世界を支配しているのは魔王だ。なら、倒したらまた世界は混沌とするだろう?」
何を言っているんだ、このオッサン! すでに我々は混沌の渦の中にいるじゃないか? 人類は虐げられているんだぞ。
「ハァ、マジで戦闘狂の脳筋野郎だな」
「なっ! ボクは勇者ユーリだぞ! バカにするな」
「へぇへぇ、勇者様。これだから脳筋クソガキはよ。いいか、良く聞け!」
「なっ、なんだ?!」
戦闘もできないオッサンなのに、妙に迫力があってボクは後ずさる。
「人なんてもんは、二人いればケンカをするんですよ」
「なっ! 人間はそんなに愚かではない」
「うるせぇよ! この脳筋クソガキが! 今、お前が反論したから口論になって、意見を争わせてるだろうが!」
「それは、しかし」
なんなんだこのオッサンは!
「すぐに否定すんな! お前には相手の意見を聞こうという気はないのか?」
「そっ、それは確かにボクが悪いかもしれない」
「悪い! 悪いねぇ〜お前の全部が悪い。いいか、戦いは何も生まない」
ボクの存在が完全否定されるような物言いに怒りが湧いてくる。だが、先ほど相手を否定して、意見を聞いていないと言われたことが頭に残って、反論ができない。
「いいか、どうせ人が争うなら統治者を一人に絞ればいい。今のこの世界で統一が近い者は魔王だ。魔王なら世界を統一するまであと一歩だ。魔王からすれば、お前が現われたことこそが厄介事なんだ。女神様は我々に更なる戦いを見せろと言っているようなもんだ」
なっ!さすがに女神様を否定する言葉には、反論してもいいのではないか? む~もうわけがわからん。
「だけどな、お前の存在があるから、我々人類を魔王に高く売れる」
「はっ? 人類を売る? お前は正気か?」
「正気も、正気! 大まじめな話だ! お前を盾にして、魔王にこう言うのさ! 世界の半分をボクに寄越せ。その代わりお前を殺さないでいてやるってな」
なっ! 何を言っているんだこいつは? そんなことをしたらボクと魔王が手を組むようなもんじゃないか? 魔王は恐ろしい魔族を従えて、大勢の人を殺したんだぞ。そんな相手と手が組めるはずがないだろ。
「とか思ってんだろ」
ボクの心を、そのまま言い当てて、ぐっと息を飲み込む。
「あのなぁ~魔族も生きてんだよ」
「えっ?」
「何に驚いてんだ? お前は生き物を殺す力を女神様にもらったんだろ? 自分でも魔法の才とか、剣の才とか自慢してただろ? それ、生き物を殺す力だからな」
違う! 違う! 違う! そんな言い方しなくてもいいじゃないか! ボクが強くなって魔王を倒せば、世界が平和になる…………。
「ならねぇよ! もうすぐ魔族にとっての平和な世がくるのを、破壊しようとしているのはお前だろ?」
ボクの存在がオッサンによって全否定された気分だ。女神様にもらった力で魔王を倒す。それが使命だって思ってきたんだ。
「わかるぜ。わかる! お前の苦しみや葛藤はわかるがよ。お前の力は使い方によって、本当に人類を救えるんだ」
「使い方?」
「そうだ。魔王を討伐するために使うんじゃない。魔王の侵略から食い止める抑止力として使うんだよ。そうすることで魔王は人類に手を出せないから、人類は平和。そんでもって人類側から魔物に手を出さないから、魔物たちも平和。これでみんなWin-Winだ」
みんなは平和? 本当にそうならボクはそれでいいと思う。
「よし! 納得したところで魔王に会いに行くぞ」
「えっ? 会いに行くってそんな簡単に」
「おいおい。俺を誰だと思ってんだよ。交渉人だぜ。交渉は済んでるに決まっているだろ?」
オッサンはやっぱり優秀だ。ボクが魔物と戦っている間に魔王とまで交渉を終えてしまっている。