ヘルプマークが一般化した。
初期の赤いヘルプマークは「外見からは分からなくても援助や配慮を必要としている方々」のものだった。
例えば、義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、妊娠初期の方……。
そういった方たちが「助けが必要です」と知らせるために携帯するモノであったが「それじゃあ不公平だろう」という声が上がってきたのだ。「ヘルプマークの意義が薄れる」などの反対の声があったが、結局「外見でわからない疾患、指向、性癖、気分」など、ありとあらゆる団体がこぞってヘルプマークを作り、世の人々に助け合いを求めるようになっていった。
「LGBTQ+です、助けてください。の意味で、虹色のヘルプマークを策定しよう」
「フェミニストです、助けて。の意思を表示するピンクのヘルプマークが必要だ」
とまぁ、ヘルプマークをつける必要がわかるようなわからないようなマークもあったが、お互いに助け合うのはいいことである。
ただ、その流れがどんどんエスカレートするのは世の常であり。
「花粉症だから、朱鷺色のヘルプマークをつけよう」
「風邪気味だし、鉄錆色のヘルプマークがいるわね」
などと、もはやつけなくてもいいようなモノにまでマークが制定されていき、さらには。
「アンニュイなので、群青色のヘルプマークを……」
と、その日の気分にまでヘルプマークが制定されていった。
アンニュイが群青色で、ローテンションが紺色、ハイテンションは瑠璃色など。日常のちょっとした疾患や感情系を意味するマークは残りの色数が少なくなる中、めちゃめちゃに制定されていった。そのため区別が難しく、アンニュイな人にハイテンションで話しかけて、トラブルになるなども日常茶飯事だった。
私が会社に行くため電車に乗っていると、痴漢をされている女性を見つけた。女性は浅葱色のヘルプマークをつけていたが、痴漢も同じく浅葱色のヘルプマークをつけていた。
「浅葱色はなんだっけ……」
と、手元にあるポケットヘルプマーク一覧図鑑を見る。今の時代、これがないと相手をどう助けていいかもわからないのだ。
浅葱色のヘルプマークは「痴漢願望があります。助けてください」とあった。
こういう場合はお互いに助け合っているのだから、通報などという邪魔をしたら逆にこっちが怒られるのだ。
もちろん、私も世の中の流れに沿って、お気に入りのヘルプマークを鞄につけている。
ただ、私のヘルプマークを見て「お手伝いしましょうか」と問うてくる人はほとんどいなかった。珍しいヘルプマークになると「意味が分からないから近寄らないでおこう」となるので、逆に煩わしいことに巻き込まれなくても済むのだった。
私は会社を退社して、駅のホームで帰りの電車を待っていた。混んでいるのが嫌だったので、一本見送って次の電車に乗るつもりであった。
そのとき、後ろから、
「お手伝いしましょうか」
と、若い男性が声をかけてきた。私のヘルプマークの色がわかるなんて詳しいな……と思いつつ、私は微笑んで返事をした。
「ええ、お願いします」
「では、行きますね」
快速電車が通過を知らせるアナウンスが流れる中、男性もにっこりと微笑んだ。そして男性は、私をホームから突き落とした。
私のつけていたヘルプマークは漆黒に近い濡羽色。
意味は「自殺願望があります、助けてください」である。