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第12話 落ち着くために夜和みミルクココアを作りましょう・前編

 モフモフの手触りと抱き心地がなくて、目を覚ます。

 リア様?

 重たげな瞼を開くと、腕の中にいた砂海豹のリア様の姿がない。

 寝相が悪くて外に出た? 

 それとも砂海豹、あるいは神獣種の習性?

 ここ最近はベッドで一緒に寝るのが当たり前で、一緒にいると安心するのだ。良い匂いもするし。

 んー、喉が渇いたとかかな?

 それなら夜和みココアをいれてあげようかな? 

 夜和みココアは普通のココアと違って、飲み終えるまで、オルゴールのような音がするのよね。

 マンドラゴラの亜種カカオロメという実は、メロディを聴かせて幸福感を与える植物魔種だ。処理をすれば、カカオよりも濃厚で甘いのよね。

 あ、ミルクココアもいいわね。


 そんなことを考えつつ、テントの外に出た。

 ん? 話し声?

 一人はシシンの声だけれど、もう一人は誰かしら? 幕を開けて外に出ると、そこには見知らぬ偉丈夫が佇んでいた。


「え」


 褐色の肌、白銀と金が混じった長い髪。え、藻みたいにもモフモフなのだけれど。森人妖精エルフのような尖った耳、異国の王侯貴族のような白基調とした服装。なによりも目鼻立ちが整っていて、瞳は金色で白目の部分が黒く染まっている。

 童話で読んだことのある『夜の王様』を彷彿とさせる気品さと美しさに、思わず見惚れてしまう。

 夢に出てきた人がどうして?


「ユティア」

「──っ!」


 ふにゃりと微笑む偉丈夫の笑顔に、固まってしまう。ふと脳裏に砂海豹のリア様の姿を思い出す。笑った雰囲気がなんとなく似ている? 

 いやまさか。


「私の言葉が聞き取れる? ……いや理解できるかい?」

「え、あ。はい……貴方様は」


 そう聞き返す前に、彼は私を抱き上げてしまう。

 ひゃ!? え、えええええ!?

 意思疎通ができたことが嬉しかったのか、私を抱き上げたまま、くるくると回転する。

 ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、リア様と同じシトラスの良い匂いがするんですけれど!


「ようやく君と会話ができる。私を助けてくれてありがとう。あの祝福の塩檸檬水はとても美味しかった。特に蜂蜜の甘さと若干の塩っ気がいいし、あれで気力体力魔力ともに回復の兆しをみせたからね。そのあとの砂食い鯨を調理するなんて言い出した時は心底驚いたよ。魔物種を食べようなんて人間がいるとは思わなかったからね。だって毒をもつ凶悪な魔物だよ? それを君は平然と料理に仕上げてしまったのだから、驚いたし、何より私を守ろうとしてくれたとことが嬉しかった。これでも私は強いし、誰かに守られるなんて初めての体験だったんだ。君の料理のしている姿は凜として素敵だし、こっちも楽しくなる。血抜きも毒袋の摘出も素晴らしかったし、あの砂食い鯨のソテーは見事だった! でも一番気に入ったのは、様々な野菜が調和して塩気と香辛料の深みある味わいのスープ! 今まで食べたことがない。流星果実ジェラートだってそうだ! ピザ、ベーコン、ハンバーグ、からあげ……今日のふわふわの幻想パンケーキも、ああ、言いたいことがいっぱいあるのに、上手く言葉がでてこない……! なんてもどかしいんだ。君にとっては普通かもしれないけれど、その料理方法や発想、精霊に愛されて、共に食事を作る姿をずっと見ていたい! こんな気持ちになったのは初めてなんだ。どうか私と結婚して欲しい」

「ふぇ、え、えええ!?」


 とんでもない早口で捲し立てていたけれど、話を整理すると……。

 もしかしなくてもリア様!?

 神獣種って、人型にもなれるってこと!? 

 し、しかも結婚?

 情報量が多すぎて困惑してしまう。なによりも唐突なプロポーズだ。困惑するのも無理はないと思う。思わずシシンに目で助けを求める。


「シシン、どうなっているの!?」

『んー、あ、それはね……』

「シシンではなく、私の名前を先に呼んでほしい。……駄目だろうか」

「──っ」


 しゅんとする姿は、砂海豹の落ち込んだ姿が脳裏に浮かんだ。男の人なのになんだか可愛い。私よりもずっと大人なのに。


「リア様」

「はい。……ユティア、ユティア、ユティア」


 なんて甘い声で囁くの!?

 こんな情熱的に口説かれたことなんてなかったから、対処がわからない!


「ユティア。……ああ、名前を呼ぶだけで、どうしてこんなに胸が温かくなるのだろう。どうして君が相手だと、こんなにも心が揺れ動くのかな? 君は私にとって黄金の林檎そのものなのかい?」

「え、ええっと!? 林檎? 『黄金の林檎』って、神々の楽園にしか実らないという? あの伝説の食材?」

「そう。地上のあらゆる食材の頂点に立つ伝説の果実で、その味はえも言われぬ素晴らしいものとされている──」

『あー、二人とも食材の話に脱線しているけれど、いいのかい?』

「ハッ、そうでした。つい」

「私もつい……」

『ユティア、その色ボケ男は、悪いやつではないけれど……手が早いから気をつけるように』

「え」


 色ボケ。色恋が多いってことかしら?

 でもこんなに素敵な容姿なのだから、さぞモテるでしょうね。もしかして私への求愛もポーズ?

 異性なら誰にでもしちゃう?

 お世辞を真に受けて──ああ、なんて恥ずかしい!


 ちくり。

 胸の奥がなんだか痛む。王太子のアドルフ様と婚約破棄したばかりなのに、胸が痛むなんておかしいわ。きっと気のせい。

 私を抱きしめて離さないリア様の顔を覗き見る。


「シシン! 友としてその発言はどうなのだ!? ……確かに今までは……恋や恋愛に関して、よくわかっていなかったが……ユティアは今までと違う」

『そのセリフ、もう聞き飽きたよ。言っておくけれど、ユティアはボクたちと契約しているんだ。……他の妻と違って、酷いことをしたらいくら君でも許さない』


 シシンの声音は穏やかだったけれど、いつもと違う声のトーンに真剣さが伝わってきた。私を案じてくれていることは素直に嬉しい。

 ……ん? 妻って言葉が聞こえたような?


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