これは、運命なのだろうか。
民の望みをできるだけ叶えようと思った。
飢えないよう、死の恐怖、生活の不安を取り除くため、黄金を出し続ける魔法術式と不老不死の体を民に与え、法と秩序で管理する国を作り上げた。
神々に「人としての範疇を超えた国だ」と怒り狂った時すら、魔法術式と言葉でそれらを跳ね除けたし、無理難題も難なく応えたことで、我が国民は『不死族』という種族名を得た。
これで「私と同じ神と人に近しい存在となった」と喜んだのだが──私を理解してくれる者は現れなかった。
いや、もしかしたらいたのかもしれない。でも私にはわからなかったのだ。
王として最善を尽くしたものの、私を滅ぼしたのは愛情という理解できない不確かなものだった。心動かされた者を傍に置き、言葉をかけてみたが、上手くいかず傍から離れていく。
「貴方には誰かを愛する心なんて、ないのかもね」と、かつて妻だった女性は皮肉めいたことを言った後、命を絶った。
心が動いたから傍に置いた恋人は「貴方様の心は極寒の中で、溶けることなんて、ないんだわ!」と言って去った。
「あなたは嫉妬すらしてくれないのね」と絶世の美女は、告白する前に攫われていった。
一抹の寂しさはあるけれど、それだけ。
満たされない。
どうすれば、この穴は埋まるのだろう。
愛するとは、どういうことなのだろう?
一人ではなく、いくつもの女性を囲めば、この穴は埋まるだろうか?
一年の暦を決める魔女のお茶会で、十二の魔女たちそれぞれに愛を囁いた結果──呪いをかけられ、王国も封じられた。
何がいけなかったのだろう?
美しい者を美しいと言って、何が悪かったのか。
傍に置きたいと望むのは、いけないことなのか?
数百年、美しかった黄金の王国は死の砂漠となって、今も封じられている。私もただ歩き続けていた。
昼も夜も。昼間は二本足で立つこともままならないし、両手も上手く動かせない。匍匐前進であてもなく進み続けた。死の砂漠は魔力を常に奪っていく。
この命が尽きるまで誰にも会わず、恋が分からないまま朽ちていくのだろうか?
そもそも恋とは、心が揺れ動くだけで選んでは駄目なのだろうか?
愛とは、どういう気持ちなのだろう?
考えても、やっぱりわからない。
私は神としても、人としてもどちらにも染まれないのかもしれない。
黄金の美しい髪と、翡翠色の瞳を持つ少女。まるで禁断の果実と出会ったような──運命を感じた。
***
彼女と出会って、一カ月があっという間に経った。
毎日が驚きの連続で、楽しくて──満たされるという感覚は、このようなものなのか。
あの子の傍にいると、胸が温かくなる。
あの子が他の妖精や精霊と仲が良いと気分が悪い。モヤモヤもする。
ああ、一カ月長かった。
世界樹の加護のおかげで、魔力を奪われずに蓄積することができたのだから。
「はあ」
満月は魔力を増幅させる効果がある。それにより一時的に、呪いを緩和させることに成功した。これでようやく人間らしい立ち振る舞いができるし、魔法も使える。
手の痺れも薄れて、自由に動くのを確認してから体を起こした。
「むにゃ……」
「この時代の子は、意外と積極的なのですね」
初対面でありながら寝床で同衾を望むとは些か面食らったが、添い寝だけなのだから、まだまだ子供なのだろう。寝顔はより幼く見える。しかしモフモフと、私の藻のようなもさもさの髪を好いているとは変わっている。
魔術で編んでいるので、清浄魔法とふわふわな感じはあるだろうが、少し──いや大分変わっているのかもしれない。なにせあの魔物種を食そうというのだから。
それともここ千年の間に、生態系が崩れて食糧難なのだろうか。死の砂漠で他の人間に会うことなど一度もなかったので、情報が少ない。
ひとまず藻のような髪はもう少し編み込みを入れて、ボリュームを落とそう。
それとズタボロな外套や衣服を、新品同然に魔法で編み直した。
王族らしい金のアクセサリーは変わらず月の下で煌めき、白を基調とした絹の服は着心地も良い。腰の帯も緋色と金をあてがう。金と銀をふんだんに使った刺繍も悪くない。これで少しはマシな姿になったと満足する。
それにしても、こんな風に隣で眠るだけというのはいつぶり?
いや初めてだろうか。
この子は、私の何に惹かれたのだろう。
藻のような白髪の髪? ふわふわぐあい?
今までは私の容姿や地位などで、好意を寄せる者が多かったから新鮮だな。
もしや滲み出る私の美しさと、気品が隠しきれなかった?
寝る時も恥じらいもなく同衾を許すのだから、相当惚れ込んでいるのは間違いない。体を洗われた時は驚いたけれど、これが愛ゆえの献身というやつなのか?
あのブラッシングは心地よかった……。
どうしてだろう。
誰かに触れられるのは嫌いではなかったけれど、この子に抱きしめられると胸がぎゅうぎゅうに締め付けられるし、他の者と話しているとなんだか面白くない。その気持ちが消えると思ったのに、胸の中で燻ったままだ。
あの子の笑顔を見ると、叫びたくなるのも可笑しい。
久し振りに人に会ったから?
私の寵愛を望むのなら、19人目の妻にしてもいい。顔は中の中だが、笑顔は悪くなかったし、気が利く上に料理が美味い。
隣で眠っている彼女の頬に触れると、温かくて肌に吸い付く。
温かい。
なんだろう、安心する。
こういう時、女はキスをすると喜んでいた。そう思い距離を詰めようとした瞬間、テントの外の威圧が膨れ上がった。
なんとも、無粋ではないだろうか。