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第七十一話 ハナ…終わりははじまりでもある。

 生放送も終わりに近づいていた。久しぶりに清流ガールズ時代にラジオをしていたラジオ局に何度か声をかけてもらってて……あの夜、トクさんと出会った次の日の朝に決意した。


 また彼の希望の光になれたらって。


 それから数ヶ月私はまた表舞台に出るためにジムに通ったり、美容院に行ったり、ボイストレーニングも受けた。そして暖かく迎え入れてくれたラジオ局の人たちとミーティングしてラジオ番組の打ち合わせをしてようやく番組スタート。


 久しぶりでいきなり2時間の生放送は大変だ。リスナーさんからのメール頼みじゃないかってくらい……。

 あとスタジオで放送するから数人くらいチラチラと見にきてくれる人がいる。


 いきなり予告もなしに始めたラジオ。日に日に私が復帰したことを知ってファンだった人たちも見にきてくれた。


 その中にはトクさんはいない。彼のアドレス聞いておけばよかった。

 一応阿笠先生やおとうさん伝いに知らせようと思ったけど辞めたんだけどすぐ2人に気づかれてトクさんに連絡したって。


 ……でも返事がない。仕事が忙しいのかな。聞いてるかわからないけど毎週この夕方……。


 てかあの夜、追い出されたことがショックだったとか無いかなぁ。


 初めてまだ一週間もしない、やはりトークに詰まってしまう。メールも正直少ない。

 色々訳ありでやめてしまった元アイドルの私に需要なんてもう無い。昔のよしみで2時間の帯番組もらったんだ。


 でも実はこの帯番組をやってたパーソナリティの産休ってことで開いてしまった穴を埋めるためだったんだよね。……でもテーマソングもバンドメンバーに作ってもらうし、ライブも調子にやるとか決めちゃったし……。後に引けない。本当に崖っぷちなんだよな、今の状態は。


 その時スタッフからメールがきたよって紙を持ってきた。


『えーとぉ、メール来てます……えっ、ラジオネーム トク……さん…… ハナ! 今から行くからなっ! 相変わらず語尾が伸びてる! シャキシャキ喋ろよな!!!! ……トクさん?!』


 ……!!! 私はびっくりして声が出なくなった。



 ふと横を見ると顔が真っ赤で息を切らして髪の毛ボサボサで鼻水垂らしてるトクさんが外にいた……。髭を慌てて剃ったのか少し赤くなってるし。


 彼の声は聞こえないけど喋れ! 喋れ! ってジェスチャーもしてる。


 あ、いけない。放送事故になっちゃう。

『トクさんっ、トクさん……今メールくれたトクさんがスタジオに……私の目の前に来てくれているぅうううっ!!!』


 つい叫んでしまった。……来てくれた、来てくれた。


 トクさんは笑った。


 私はその笑顔が見たかった。その笑顔を見て、手紙をもらって、話しかけてもらって、あのごつごつとした手を握って……元気をもらっていたの。


 あ、まだメールの続きがある。


『PSお前のことをこれからも推し続ける!お互い頑張ろうなっ!!! って……頑張ろ、頑張ろ。トクさん。みんなも』


 そしてスタジオにはたくさんの人たちが来てくれた。……あの頃の親衛隊のみんな……阿笠先生、キンちゃん、トオルさんもおとうさんもいる。


『みんな……ありがとう……ありがとう……私、みんなの希望の光になれるよう頑張るから……』


 私は涙が止まらなかった。何か話さなきゃいけないのに。すすり声で放送事故になっちゃったけど……。


 みんな、そしてトクさん。ありがとう、大好きだよっ。






 ※※※

 それから2年ほどパーソナリティと歌手活動を地元、岐阜の地で活動を地道に続けてきた。しかも夕方の帯番組でなくて朝の帯番組を担当している。眠いけど1番聞いてもらえる時間帯なのだ。大出世だ! と言われたけどもね、なんとかやってこれた。


 トクさんは見事? 社会復帰もして本社勤務からの退職して(やはり体質に合わずすぐ辞めたらしい……)アプリ会社を何と自分で立ち上げたのだ。彼と同じように人間関係が苦手で在宅で働きたい人たちを中心に優秀な人材を見つけて彼は社長になったのだ。すごい。やればできるんじゃん。


 私も負けてられないって思ってソロアコースティックライブもアイドル時代よりかはペース落ちるけど定期的に開いたり、地元の魅力を伝える活動もしたり、名古屋のテレビ局の番組に呼ばれてロケ番組もしたり。

 アイドルだった過去を知ってる人よりも知らない人が多いみたいだけど……たまにアイドルのとき好きでしたーって言われるとテンション上がる。


 あと……過去のプライベートのことも話す機会があって、事故のこと。書籍化も決まって地元のエメラルド書房岐阜店でサイン会もした。書籍を出したきっかけで、事故で大切な人を失った人の会や交通安全啓発講演会で語って気持ちの整理もついたと思う。

 アイドルを辞めて地元パーソナリティになってもいろんな経験をさせてもらった。とても充実していた日々。



 で……またトクさんとのことなんだけど。もちろん彼は私の仕事のほとんどチェックは欠かさないし、手紙やラジオへのメールもまめに送ってくれるし(電子化になっても手書きは辞めたくないって)、ライブにも来てくれた。


 とあるライブの打ち上げでスタッフの1人が私の昔の親衛隊の人で、トクさんを連れてきたのだ。

「こうやって呑むのってあの時以来だね」

「そうやな……」

 真っ赤になってるトクさんが可愛い。お互い30も超えて、もう長い付き合いのつもりだけども、お酒の力もあってか次第に打ち解けあってたくさん話をした。

 で、流れでメアドを渡したところから早かったのよ……展開が。


 すぐメールしてデートして、キスも……それ以上のことも。トクさんなんてずーっとシュミレーションしてたからスムーズにいったとか……変態……。でも好き。そんなところも。

 普段はお節介で熱い人だけど2人きりでいちゃついてる時はすごく甘えてくる。年上なのにね。そのギャップが可愛い。


 あんなにお互い積極的になれるんだったらもっと早く……とか思いつつも。


 って駆け足で振り返ってみた……。


「花、緊張するー」

 とさっきから部屋でウロウロしながら同じ言葉を繰り返すトクさん。


「もぉ、そこまで緊張しなくていいんだから……身内しかいないわけだし」

 彼は袴姿、私は白無垢を着ている。


 そう、私たちは今日は挙式なのである。メアド交換して交際2年。少し隠してたんだけど……周りにすぐバレちゃって番組で交際宣言をして、トクさんとなら納得! と祝福されアレよアレよとあっという間に今日に至る。


 残念なことに世界的に広まっているウイルスのせいで参列者は家族と数人……おとうさん、キンちゃん、阿笠先生……そして大野ちゃん、美玲ちゃん夫婦のみ。

 他の職場の人や友達、東京で活躍している由美香さんと悠里ちゃんはオンラインで私たちの挙式を見てくれるのだ。他にも私のファンの人たちも。あ、ファンクラブの人だけね。

 なんか芸能人の結婚式の中継とかあるじゃん、まさかそんなことするとは思いもしなかったわ。

 挙式する場所は地元の有名なお寺で。よく行ってた場所だけどとても厳かな場所だから緊張しちゃう……他の人の挙式も参考にと見に行ったけど、いざ自分たちとなるとさらに……。


「人がいなくてもオンラインで見られてると思うと……ああああっ!!!」

 と、が言いつつも自分でオンライン挙式を多くの人に見てもらえるサービスを作ったくせに。


「だけどぉ、花ぁ……」

 じたばたしてる姿さっきから見てるけど可愛い。


「それに由美香さんと悠里ちゃんはオンラインだけど久しぶりに清流ガールズ揃うからテンション上がってんでしょ? きんちゃんも阿笠先生も楽しみにして今頃テンション上がってるだろうし、見てくれてる人たちも……」

「ああ……他の親衛隊のやつらも見てるんだ……あああああっ」

 しまった余計なこと言っちゃったかな。私はトクさんの手を握ってあげた。両手で包んでしっかり彼の目を見る。手汗すごい、彼の。でもギュッと握る。こんなに手汗かいてるのって……初めて?


「トクさんなら大丈夫。しっかりできます」

「花ぁっ……元気もらいますっ!」

 握手してあげると彼は落ち着くのよね。でもいくらラジオやテレビの番組出てるからって私も平気じゃないんなからねっ。私も手汗がじわっと。


「あと、キス……くださいっ」

 顔を真っ赤にして言うトクさん。……可愛い。唇を尖らせて目を瞑ってる。


 ……キス……私たちはもともとアイドルとファンの間柄だったのにね。ふふ。トクさんはもっと唇を尖らす。この顔面白いからもっと焦らしてみよう。


「じゃあ一生、私を推してくださいね」

「は、はいっ!!!!! 俺はっ、花をずーっと、一生推し続けますうううううっ!!」

「推し続けて……赤ちゃんできちゃったもんね」

 と私はお腹を撫でる。もう7ヶ月。白無垢も何とか着ることができた。阿笠先生も大丈夫って言ってくれたけど、もしものためにという理由でも来てくれてる。

「いやー、そのーねー……なんと言うかーねぇー……じゃなくてキスぅうう!」


 ほら、キス以上の関係になっちゃったから欲しがりさんになっちゃったじゃない。もぉ。本当しょうがないなぁっ。


 私のことをすごく1番推してくれるトクさんっ、大サービスですよ。


 チュっ!


「ヒャッホーイ! これからも花と、子供達のためにがんばるぞぉ」

「私も赤ちゃん産んでもお仕事頑張るぅー!」

 私たちは手を取り合ったのだが……

「その前に挙式ぃー」

 とまた現実に戻ったトクさんはうなだれる。もぉ、しっかりしなさい!


「わぉ……」

 もう一回、私はトクさんのほっぺにキスをした。


 私もあなたに出会えてよかった。


 終

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