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第六十七話 ハナ…希望の光

 ああ、とうとうトクサンを部屋に上げてしまった。何やってんのよ。

 髭剃りに歯磨きセットにパンツも買って……思いっきりお泊りパターン。お酒に男女二人の部屋。


 目の前にいるトクさんは今まで会ってたときとは違って猫背で髪の毛ボサボサ、無精髭、ヨレヨレの服……。

 机の上にお酒とおつまみを置いて髭剃りと歯磨きセットとパンツをトクさんに渡した。

「さ、先に髭剃ってきていい?」

「うん。もしよかったら化粧水使っていいよ」

「うん、借りる」

 ……と言って洗面所にトクさんは行った。今のうちに部屋をきれいにしなきゃ。ほんと幻滅よね、これが元アイドルの部屋だなんて。あ、そうだ。ちょうど良い。こないだ大掃除してたら出てきたあれをトクさんに見せないと。


 ちょっとしてから戻ってきたトクさん。もっとゆっくりだとよかったのに。

「ありがとう」

 と、トクさんのツルッとした肌。そうそう、そうじゃなきゃ。


「それなんだ?」 

 あ、ばれたかな。私は彼の前に持ってるものを出した。少し片付ける時にトクさんに見せたかったもの。 

「ふふふ。見てみる?」  

 私が開けると……たくさんの手紙が出てきた。


「あっ、これって俺が書いたファンレター……」

 そう、通称トクさんボックス。ライブのたびに手紙くれる彼。私は大雑把だからぐちゃぐちゃなんだけど。

 あと数冊のノート。その中には手紙の返信が書いてある。私たちは手紙で返信はできないからかわりに私は手紙の感想をこのノートに書いていたのだ。

「これ、俺の手紙見て書いたん?」 

「遅くなりましたが、お手紙の返信です」 

「今更読むのもアレだけどな。でもありがとう。ちゃんと読んでくれていたんやな」

「そうよ。特別にトクさんだけ、残しておいての」

 と言うと、彼はすごく嬉しそうな顔をした。真面目にじーっと読んでいる。

「まぁまた今度読ませて」

「じゃあ持って帰って」

「おう……」

 なんか照れてる? 

「それよりも飲もう」

 と私はお酒を渡した。私はさくらんぼのカクテルチューハイ。トクさんはビール。

「あんまし飲まないけど、ね」

「私もあまり飲まない」 

「じゃあなんで飲むんや」

「わかんない、気分?」

 乾杯をして、グラスに注いで飲んだ。甘酸っぱいさくらんぼのフレーバーが口に広がる。

「それ美味いの?」

「飲む?」


 私はグラスを持ってこようと立ち上がったら

「このままでいいよ」

 と私のグラスで飲んだ。ちょっとあまり好みでなかったのか、顔を歪めた。初めてみる顔。可愛い。すぐビールで流し込んでるし。


「あんまり普段は飲まんけどな」

 チラチラノートを見ながらお互い何を話そうか、でもおつまみとお酒でなんとかその場をしのいでる気もする。


「俺は気にしんぞ、過去のことなんて」

 ……そこから攻めますか。

「未亡人アイドルか、それでもよかったんやない?」

「そうかなぁ。アイドルってみんな純潔ってイメージじゃないの? どうなの?」

「年頃の女の子が純潔ってさ、そりゃそうだったら夢も希望もあるけど、やることはやってるやろ」

 あら、意外と冷めてる。

「私の前に好きだった美玲ちゃんなんてとっくに純潔じゃなかったしね」

「前の女のこというなよ」

「その言い方」

「へへっ。そりゃ美玲ちゃんは可愛い、本当に可愛い。可愛かったさ。彼女いなかったら清流ガールズ好きにならなかったし」

 ……ああ言いたい、私の留守中にリビングでカークンとラブラブしてたこと。


「ハナは……どんどんいいところ見えてきた」

「可愛いとか思わなかったの?」

「胸はでかいって思ってた」

「変態」

「男はみんな変態だ」

「最低」

 握手会みたく時間に縛られない、まったりとした会話。

 私はアイスとスプーンを持ってきた。

「ハナの旦那さんはどんな人だったの」

 それ聞いてくるの……。トクさんはピスタチオアイスをすくって食べる。

「少し年上で、多分トクさんくらい。生きてたら。常に笑ってた。怒っているところは見たことがないし。空気を明るくしてくれる……光り輝いていた。彼は私の希望の光だった」

「ほぉ」

 そんだけかい。……あまり興味ないのかな。

「俺もさ、実は結婚してた」

「えっ?!」

「びっくりしたやら。新卒で入った会社ですぐ年上の先輩にそそのかされて結婚したわけですわ」

 あらまぁ……でも、結婚してた……って。


「んで、子供がなかなか出来なくてね。不妊治療して、なんかお互いの間に溝ができたと思ったら不倫されて離婚。社内結婚だったからいづらくなって退社してお先真っ暗だった」

 ……正直いうとトクさんは童貞かと思った。けどもそうじゃなかったんだ……これは本人に言えないや。


「で、そこに現れたのが清流ガールズ」

「美玲ちゃん」

「そ、そうだけどな! でも彼女たちの存在が俺の人生を照らしてくれた。彼女たちが頑張ってれば俺も頑張れる。彼女たちのために俺は仕事をしよう、生きがいにして行こう……清流ガールズも俺にとっての希望の光だった」

「そうなんだ」

「いなかったら俺はずっと引きこもっていた。って、仕事も在宅でさ……ウォーキングとかライブ会場行く以外は家に引きこもっていたけどな」

 ……私たちが活動してることでトクさんは生活、変わっていたのね。トクさんだけでない。他のファンの人たちも私たちの活動に元気をもらった、てよく言ってくれた。ライブのために仕事や学校や家事を頑張ってる人もたくさんいた。


 その声は私にとって力にもなった。でも私たちは裏切ってしまった……。

「アイス、溶けとる」

 トクさんは私のバニラアイスをすくう。バニラアイスにピスタチオアイスの緑が付く。またそこにトクさんはスプーンを入れる。

「ハナ、食べて」

 グッと口にスプーンを入れられた。つめたっ、ピスタチオの味と少しほんのりバニラ。


「……ハナ」

 トクさんがそう言って私にキスをした。


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