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第六十四話 トクさん…それぞれの進路

 ラストライブ終了後、握手会は無かった。結局ツーショット会もなかったからハナとの写真はぐーちーぱーくのイベントの時に文也くんもいたがあの時だけだったか。


 一時期待ち受けにしていたが、変えた。とりあえず最後を見届けるためにと俺は足を運んだが、もう涙が出過ぎて目が痛い。こんなことは今までにあったろうか。あ、晶子さんに不倫されて離婚した時? いやそれよりも悲しかったと言うか寂しいと言うか何も言い表せない。

 親衛隊のみんなと踊り狂い、叫び、俺はハナたち、清流ガールズたちを見送った。

 みんなで横断幕に寄せ書きして、スタッフに渡し終わった後に、

「総長! お疲れ様したっ!!」

 と親衛隊たちに担がれて俺は胴上げされた。思えばただ興味本位で見に行ったイベントでキンちゃんに声をかけられて親衛隊に誘われたところから始まったもんな。

 もうこいつらと会うこともないのか? 彼らはそれぞれ職業違うし、こういう時でしか集まらないからな。どうやらどこかで飲むそうだが、俺は行くところがあると言って去ると、

「総長! また会いましょう!!!」

 と、なんか俺も引退した気分だが……。



 そのあとキンちゃんたちと駅まで向かう。

「多分握手会もツーショット会もなかったのは後を引きたくなかったからだろうね……悠里ちゃんと由美香さん以外は芸能界引退だし」

 とキンちゃん。横にはぐーちーぱーくのイベントで少しハマった文也くんもいた。好きになったばかりでの騒動でがっかりしているようだ。

「美玲ちゃんは結婚かぁ……トクさんの会社の社長さんとだもんなー社長令嬢なら安泰だ。心配ない……」

 キンちゃんは震える声で自分に言い聞かせてるように言う。本当は寂しいんだろ。一時期ハナに揺らいだがやはり美玲ちゃん一推しだったんだな。

「あのさ、実は3人目が女の子なんだ」

「まじか!」

「これからは娘一推しで行くぞ! 文也も妹一推しだっ!」

 すると文也くんが

「妹もいいけど母さんを推してあげなよ。ようやくアイドルオタクから卒業するって喜んでたのに」 

「そうだったか……それは、そのーうん……」

 そうだぞ、キンちゃん! キンちゃんたちとは駅でお別れだ。


「また米と野菜送るし、文也たちと遊んでやってくれ」

「おう……」

 キンちゃんも精一杯の笑顔だったが崩れて、涙を流しながら俺に抱きついた。俺も一緒に泣いた。

「美玲ちゃあああああん!!!」



 ◆◆◆

 泣き疲れた後、喫茶モリスに向かった。マスターは最後を見届けると言っていたがこのお店で会いたいとのことだ。俺は呼び鈴を押すとマスターが出てくれた。

「いらっしゃい。阿笠くんも来てるよ」

 ……俺は頷いた。


 二人はハナのことを知ってた。全てを。でも二人はハナを応援したいがためにそれを隠していた。

 マスターには何度も謝られた。俺はマスターも黙ってるの辛かっただろうな。


 ハナも複雑な家庭事情があって彼女のことを娘のように、亡くなった息子さんが残した愛した人を大切に、そして応援していた……なんていい人なんだ。ハナ、君のことを一番推してくれたのはマスターじゃないか?


 会見後、マスターがハナの父親でないこともわかった時はびっくりした人が多かったが、批判はほとんどなかった。ハナのファンもそうでないファンにも気さくに優しく接してくれた……と。


 アガサも店内にいた。相変わらずスーツだが、その下にはハナのTシャツを着ていた。そして俺に近づいて右手を差し出され、俺は掴むと握手をぐっとされて、そのまま抱きつかれた。

「トクさん!」

「アガサっ!!」


 アガサの目は赤くなっていた。泣いていたのか? 俺らはカウンターに座る。アガサはワインを頼んで半分ぐらい飲んでいたのだが一人で飲んだのか?


「とてもいいライブだった……」

 お酒飲む姿もサマになるな、ギザ男。でも彼は事故で家族を失っていた。ハナをはじめ何人かを治療したり救い出していたが、事故による火事の煙のせいで、助かっていたはずの彼の妻と子供は亡くなった。


 聞いた話だが、ハナとデートしたもののフラれたらしい。家族を失い医者として仕事に精を出し、同じく事故にあったハナをずっと気にかけていたそうだ。


 ここ数年で俺らは仲良くなった。最初はとっつきにくいし10以上も離れてるけど意外と面白いやつだ。

「二人とも本当に仲良くなりましたね」

 マスターは笑う。その後ろには何枚か男の人、ハナの旦那の写真が増えていた。もう隠す必要ないもんな。ああ、めっちゃイケメンやないか。この人に愛されていたのか、ハナは。俺も負けないくらい……好きではいたつもりだろうが敵わないだろう。

 ……また来るよ、このお店には。


 俺はお酒は飲めないからフラフラっと歩いて家まで帰る。一人になると色々考えてしまったり思い出が蘇る。


 ああ、俺はこれから何のために頑張ればいいんだろう。ああ、俺は何を糧に生きていけばいいのだろう。


 それから俺はいつも続けていた筋トレは辞めた。ランニングやウォーキングも。

 SNSも消した。その前に晶子さんのSNSもあったから除いたら旧姓に戻っていた。離婚届の投稿もあった。大胆やな……。


 俺自身は仕事も本社勤務の打診は断り、有休をしばらく取りたいと言って仕事はしばらくしていない。

 普通にマスターのお店にも行きたかったが行く気分にもならなかった。

 キンちゃんや、ファン仲間の女の子と再婚したトオルが何度か家に来てくれた。アガサやマスターもメールくれた。だが家からは出るのは滅多になかった。


 仕事もいつからしっかり再開しなきゃダメなんだろう。家賃とか生活のためにも働かなきゃ……と思ってもいい仕事ができない。

 とりあえず最低限の金のためのライスワーク、はしていたが、ライフワークではなくなっていた。


 常に清流ガールズ、ハナのために仕事をしていたのに……もう何も目標もない。


 マスターに、ハナと会いたいとかいえばいいことだろうがマスターに聞くとライブ後に亡き夫に手を合わせてから帰ってこず、連絡先も変わり、エステ店もやめてしまったと。

 アガサの病院には通院していたはずだが、患者のプライバシーに関わると教えてくれないだろう。


 一室に追いやられたハナのグッズ、雑誌、写真。妄想ですら彼女が出てこなくなった。




 ◆◆◆


 とある日、俺はふと外に出ようと夜に家を出た。夜たまにコンビニに行く時がある。フラッと。夜なら何とか出られるまでになったが、ガラス越しに映る俺の姿が情けなくて醜くて酷い。老け込んだ気もする。


 とりあえず雑誌を手にとり立ち読みをしていた時だった。



「あの……」



 聞き覚えのある声に俺は振り向いた。

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