「阿笠先生、あの時は
「いえ……でも……」
阿笠先生は馨の写真を見る。馨が死んだのは悲しかったけど、阿笠先生の判断は正しかったと。
大型のトラックの運転手が居眠り運転でハンドル操作を誤り、目の前の車、私たちの車、後続の車数台が巻き込まれた。トラックの運転手、目の前の車が全員死亡、最後尾の車に乗っていた阿笠先生が私たちを車から出してくれたが、馨は即死であったことをいち早く判断し、まだ息をしていた私の治療をしてくれたのだ。
阿笠先生は他の車に乗っていた人たちを下ろしたり、声をかけて救助もしていたそうだ。自分も負傷をしていたのに。
あれから私は病院に運ばれたけど……子供は助からなかった。お腹の傷はその時にお腹から子供を取り出した時の傷、お義父さんから聞いた。
だからグラビアではお腹出しはNG、もちろんそのことでできた傷のことは大野ちゃんたちは知っていて伏せてくれた。
阿笠先生とは事故で退院後に再会、今後の妊娠のことも考えた経過観察、生理痛を和らげるために薬も定期的に飲むために通院していた。
私は事故後、塞ぎ込んでいたが阿笠先生に良いカウンセラーさんも紹介してもらった。
彼は本当に私の命の恩人。今でも私をこうやって応援してくれる。
「そういえば新名くんと路美くんから今年もお花が届いていたよ、仏壇に飾ってある」
一緒にグループを組んでいたニーナとロミはその後も連絡を取っていたが、私は馨のいないこのグループは解散するしか無い、2人には才能があるから別の道を歩いて欲しいと伝えた。
2人は拒否をしたがそれぞれ別のところに引き抜かれ今は2人とも活躍している。……馨が言ったようにニーナはタレント兼プロデューサとしても人気を博してる。
解散時に私からお願いしてSNSを消してもらった。何度もいいのか? と言われたが私は馨のいない状態では考えたく無いと強く押した。
でもまだSNSではまた私たちの音楽が残っている。馨が死んだこと、ボーカル・エドの引退を惜しんでいる人たちがいること、それはありがたいが……。
まーさーかーそんな私がブリブリな服を着て歌って、グラビアで露出してるなんて知ったら……。
ちなみに当時の私のメイクと今のメイクは違いすぎて。そもそも髪の毛はショートの金髪、ゴスロリファッション……プライベートでは黒のウイッグをつけていたんだけど……。
「歌い方は違うがすごく伸びる声は当時の歌い方のおかげじゃ無いかな。おとうさんはあの時もかっこよかったなぁとたまに聞くよ」
「ありがとう……馨が声の出し方とか教えてくれて」
阿笠先生は当時の私の写真をまじまじと見る。あ、後ろに置いてある馨と写っているこの写真はウイッグつけてナチュラルメイクのときね。
「僕もその歌聞きたいって言ってるのにマスターがダメだっていうんだよ。ハナちゃんが聴かせちゃダメだって」
「ダメですっ! ぜーったいだめですうううう!」
本当に阿笠先生の花嫁になれないくらい無理。聞かれたら寝込む。
……苗字も森巣のままなのは……恵土の家族に執着は無いし、お義父さんは奥さんいないし、もともと彼は婿さんだし、馨に兄弟もいないから森巣家のままなのよね。
でも一緒に住むことはお義父さんからはダメだと。私はまだ当時20前半、まだ新しい人生を歩んで欲しい、違う人と結婚して家族を作って欲しいと。でも森巣家を実家として思ってくれることは構わない、私のことを娘のように愛していると言ってくれた。
そのこともあってか、もちろん馨のことは忘れはしないけど少しずつ元気を取り戻して……仕事をしてみようっていう気持ちになった。でもひょんなことでアイドルになって……馨と私の夢、メジャーデビューが違う形で叶うのだ。私の歌声がメインでCDになるのだ。
でもよく考えたら、馨に誘われてビジュアル系バンドのボーカルになった時も、大野ちゃんにアイドルに誘われた時も思えばそれぞれ2人の夢を叶えるために寄り添っていた。
本来の自分は何なんだろう……馨や大野ちゃんいなかったら今の私、いないじゃん。
「そういうこともあるさ。そこから自分を見つけることもある」
とはいうけどお義父さん……。阿笠先生も頷く。人生の先輩がそういうのであればそうなのかな。
私たちは今プロデュースされて歌って踊って活動している。自分たちの本来の姿でなくて型にハマって動いている。本当の自分では無い自分。
これがいつまでも続くとは限らない。エステの仕事も仕事がなくてたまたま入ったお店。手に職をと言っても私は生涯続けられるものでは無い、とは思っている。
今25を超えて本当の自分を見つけなくては。って見つからない……。
「そんなに焦らなくていいよ、僕は今の君が好きだ」
好きだ!? 阿笠先生から好きって……ドキドキしてしまう。
「ほら、君たちくっつきなさい。お似合いだよぉ~」
ってお義父さん! 馨に怒られるよ……て、馨……私は他の人と結婚していいのかな。
あ、そうそう。思い出した。入院してる時にね。お義父さんが教えてくれた。
◆◆◆
「今こんなことを伝えるのは酷だが
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絶対彼は気付いていた。私の妊娠を。
ちゃんと馨に伝えていたら、私が惚れたあの笑顔で……ものすごく喜んでいたんだろうな……。