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第二十七話 トクさん……ん?

 俺はファンミーティングまでなんとかモチベーションをあげようとした。


 同じ宿の中に美玲ちゃんも寝泊まりしてると思えば気分も高まる。

 部屋はキンちゃんと同じ部屋。なのにグループを分けられるなんて不公平だ。いかん、ネガティブな感情は捨てたはずだ。


 ファンミーティングまでに、まずはハナを知ろうと。少し意識してみようと気にかけてみた。

 いつも眠そうなトロンとした目。プロフィール見ると148センチ。結構小さいんだな。胸ばっかり見てた……からな。って今日もすごく胸を強調している。ここのところ最近そんな感じなのは事務所がハナをそうやって売り出すと決めたのか。


 彼女の親は地元に住んでいるが別で一人暮らしをしているらしい。もちろんどこかは詮索しない。母親は早くに亡くしている。

 父親は健在。地元でジャズ喫茶『モリス』をやっていて先日足を運んできたのだが、とても堅物な人で無口であった。

 美味しそうなケーキといい香りのする珈琲、ちらほら中年男性の姿を見かけたが、店の中で流れるジャズミュージックを聴いて酔いしれている。

 俺はジャズもコーヒーの良さも実のところわからないのだ。


 握手会に今来ているのだが、ハナがふとこっちを見て笑う。ん? と思ったら俺の方を見てる。俺? と思ったら握手の順番来て、あっちもファンが来てわからなかった。

「ハナのグループになっちゃったんだね。さびしい」

 と美玲ちゃんに言われた。なんだか悲しい顔をしている。

「そうなんだよ……運営に言ってくれよ」

「うん、言っとくー。でもさぁ、たまにはわたしのグループにもきていいからね」

 と、美玲ちゃんはニコッと微笑んでくれた。たまにじゃなくてずっといたい。美玲のそばに!!! と叫んだが

「思いっきり楽しもうね」

 と美玲ちゃんに言われたからには楽しまなくてはいけない。あああ、可愛いいっ! ああ、こないだハナで想像して……なんて言えない!


 その日は握手券余ってるが、美玲ちゃんの列はそろそろストップがかかりそうだった。余らせるのもなぁ、とふとハナと目が再び合った。

 そして彼女は手招きしてきた。猫か? 相変わらず暇そうにしてるな。俺は仕方なくハナのところに行った。

「来てくれてありがとう!」

「お前が手招きしたからだろ」

 ガシッと思った以上に強い力で両手を握られる。つ、強い。

「トクさん、でしょー?」

 相変わらず語尾が伸びる。てか名前、覚えててくれたのか? 美玲ちゃんの横にいるから知ってるのか、美玲ちゃんが話してくれてるのか? はたまた、全体握手会の時に覚えてくれたのか?


 それにこないだのラジオ収録の時、たまたまハナの担当の日にも足を運んだが、やたらと俺のことを見ていた。まぁファンも少なかったし、俺が行くのは初めてだったから美玲ちゃんファンの俺がきたのにびっくりしたのだろう。下調べだ、ファンミーティングを楽しむための……。


「……今日は握手券余ったから来た。それに今度のファンミーティング、お前の班になったから挨拶がてらに」

「ファンミ、私の班なの? うれしいなぁー」

「俺は美玲ちゃんのファンだけどな。てか、前からいいたかったんやけど、ここ最近語尾が伸びとるぞ」

「そぉ?」

「それだよ。それ」

「そぉなのー?」

 と、ハナが俺の手を握って首を傾げる。……とぼけたふりしやがって。可愛いじゃねえか!


 ん?


 と思った瞬間にスタッフから剥がされる。

「トクさぁーん、また来てねぇ!!!」

 って、大声で言わなくても聞こえるわい!俺は慌ててポケットから握手券を出す。

 スタッフに叩きつけると俺はハナの元に再び行き、手を差し出す。ハナはニコッと今度は優しく両手で包んでくれた。

「またきてくれてありがとう」

 俺は左手から握手券をまた取り出してスタッフに渡した。ハナはびっくりした顔をしている。



「……トクさぁん……」

「違う、美玲ちゃんのところに並べないから来た。それにあとお前にいろいろ言いたいことがある」

「言いたいこと?」

「パジャマ写真をブログにあげてるだろ? あれはあざとすぎるぞ。それにな、写真は加工しすぎだぞ。そのままでいいのにそんなことせんでええ! あと語尾伸ばすやつ、男には受けるかも知れんがな、女受け悪いからな。わかったか? やめろ」


 はっ、一気に話しすぎた。ハナは目を丸くして俺を見てる。聞いてたか? その眠そうな目! 聞いてないだろ?

 と思ったらハナがニコッと笑って

「はい、ありがとうございます。トクさぁん」

「だからその語尾!!!」

「うふふ」

 ううふ。じゃねぇよっ。可愛いだろうがぁ!!!



 ん?

「はい、次の方来ましたので」

 スタッフにはがされた。え、次の人来た?え? 後ろを振り向くとあの背の高い医者。

「アガサさぁん!」

 ハナは俺を忘れてその医者に笑顔を振りまく。俺の時よりも目がトロンとしてやがる。どういうことだっ!!! ハナっ!

 しまった、握手券はもうない。なにか買う予定もないしな……。


「あ、トクさん。ここにいたんすか? もう美玲ちゃん並べなくて今から他のメンバーのところに行こうかなぁって。由美香さんとか……」

 キンちゃん!!! 手には数枚の握手券。

「それ、俺にくれないか?」

「え?」

「いいから一枚! 一枚でいいからっ!!!」

「あ、う、うん……一枚なら……どこに並ぶの?」

 俺はキンちゃんから握手券をもらってすぐさまハナのところに向かった。


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