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第六話 ハナ……大野ちゃんと私

 あれから大野ちゃんは週に一回私を必ず指名して、二人きりで話をしながら施術をするようになった。不慣れなフェイシャルの練習台にもなってくれた。なかなか泡を泡立てれなくても待っててくれたし温タオルが熱すぎても、マッサージの手技を忘れて同じ動作を何度もしても失敗してもいいよ、と笑ってくれた。神、女神さまだ。


 そしていろんな話をした。エステティシャンは自分の話は控えめで、お客様の話を聞くのが普通だけどお互いいろんな話をした。私の方が少し年上だけどそんなことを気にしないような距離感。恋バナも聞いたけどもちろん誰にも言わない、言っちゃダメだ。

 アイドル……子役だった彼女も恋をして彼氏もいたって……あ、今はいないらしい。ほんとかな。こんな美しい人なんてほっとけない。

「今はアイドルとして頑張らなきゃいけないから恋はお預け。禁止令はないけどさ……でもある程度恋を経験してこそ恋愛の歌は歌えると思うからね。少しは寛容にしてる」

 そうなんだ……恋、か……。


 清流ガールズの定期ライブ公演のチケットも毎回くれた。だから毎週見に行く。そしてエステの時にライブの感想を求められる。何度か行くと歌を覚えてしまった。鼻歌でも歌える。意外と曲数も多くてびっくりした。意外と、というのはご当地アイドルなのにってことね。

「プロデューサーや制作チームが力入っているのよ、無駄に……ってそんな言い方あれだけど。私たちもいろんな歌や踊りをできるのが楽しいわ」


 時に愚痴も聞いた。ご当地アイドルも色々と大変なようで。でも楽しいのが半数占めているって。あ、あと大野ちゃんは清流ガールズの所属だけども実際は大手事務所に入ってて給料制、エステ代は事務所持ち。さすが。でも他のメンバーは無所属だから他の仕事をしながら活動してるとか、レッスンも週に何回かあってきつい、一部ファンがストーカーまがいの人がいる……大変ね、ご当地アイドルでも。

 いいことばかりじゃないけどライブ見ている分では楽しませてもらっている。


 受付でルイボスホットティーを飲んでほっと一息の大野ちゃん。

 わたしは彼女の前に座る。予約台帳とカルテを出して次の予約を入れる。

「今度のフリーライブ、久しぶりの野外だからライブの次の日に鎮静パックしてほしいなぁ。あといつものふくらはぎのマッサージも念入りに。予約入れといて」

「はい。おまちしております」

 すっかり私は大野ちゃんのファン、そして仲良しになった。友達のいない私にはすごく嬉しかった。職場でも肩身狭かったのに大野ちゃんのおかげで少しずつ店長に褒められるようになって同量の人とも打ち解けれて、他のお客様にも今度指名したいって言われた。

「このままここのお店に勤めない?」

 って店長にも言われた。少し遠いけど、大野ちゃんも来てくれるし、お店の勝手に慣れたし……私は頷いた。なんだか自分の居場所が見えてきた。少し前まで何もできなくて草抜きばかりしていたあの頃とは違う。



 そして……清流ガールズの出演するイベントの日。天気も良く、家族連れの多い会場だがちらほらライブ会場で見かけるファンの人や親衛隊もいる。

 男の人のファンが多いから女のファンである私はライブ会場では浮くけど、今日は普通の一般客いるから大丈夫、ね。


 でも思った以上に人が多すぎる。男の人のファンたちが私の目の前を壁のように塞いでステージが見えない……いつものことだけど。爪先立ちしても見えないよ。ジャンプもしてみる。ほんと、こんな時140センチ台である身長を恨む。パパは190近くもあるのに。ママも150台だし。なんなのー! 遺伝子に恨むわ!


「おい、あっちの方行ったほうがいいぞ。女子供多いから」

 といきなり声が後ろからした。振り返ると、メガネの男の人だった。ファンの人かな?

 私は彼の言う通りあっちの方へ行くと確かにここなら見れそう!

「ありがとうございました」

 と言おうとしたらそのメガネの人はいなかった。……こんな優しい人、いるんだ。こんなに優しい人って……思い出しちゃうな、あの人のことを。なんでこんな時に。……。今はライブ楽しまなきゃ。


 移動した先は正面ではないけどゆったり見られそう。でもファンでなくて戦隊ショー見終わって残っているちびっ子たちがたくさん。親たちが見たいのかな。地元の人た本当に愛されている! さすが清流ガールズ。でもいつものライブの時みたいにノリノリだと恥ずかしいかも。


 ステージ前面には親衛隊……最近ライブ会場でも激しいのよね。でも盛り上げてくれるからいいけどマナーの悪いところもあるからなんとかしてほしいわ。むさ苦しいし。ステージの下の方からスカートの中を覗き込む人もいるって。嫌だわ。大野ちゃんはそれで喜んでくれるならいいけどね! とか言ってたけど本心ではないよね。んー、それ目当てで来てライブで金落としてくれるのならなんでもありなのかな。


 ふとスマホを見ると大野ちゃんからメールが来た。

『ライブ頑張るね! ちゃんと見てて!』

 ……そんなこと言われなくても見るよ。大野ちゃん。こないだ勇気持ってメアド交換してよかった。アイドルとメールだなんて、しかも往年の人気子役だった大野ちゃんと!! ふふふ。


『次は清流ガールズのライブです!!!』


 ステージは始まった! でも私はいつものライブ以上にドキドキしていたのだ。この会場の中で誰よりも。

 なぜなら……。

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