「……あれ」
火星の宇宙港に降り立った時、彼はなかなか自分の目を疑った。パスポートを見せるのももどかしく、朱明は足早に、その珍しいものの方に近づいていく。
よ、と珍しくも明るい色の帽子をちょん、とかぶった相棒は手を上げた。
「遅いじゃん。予定じゃも少し早い筈じゃなかったか?」
「……いやちょっと天候が……いやそれより何でお前ここに居るの?」
まさかニセモノじゃ、などと不吉な予想が頭のすみをかすめる。だが。
「居ちゃまずいのか?」
ぴしゃ、と自分の額が大きな音を立てて鳴るのを聞いて、こりゃ本物だ、と妙な納得をする。実に当たり具合のいい平手だ、と朱明はやや感心までしてしまう。苦笑しながら、彼は額をさすった。
「いや……」
「全く。藍地の奥さんも、こんな奴のためにいちいち帰還祝いなんかしなくてもいいのにさ」
「ああ、奥さん来たのか」
「お前が行ってからすぐにな。藍ちゃんは奥さんをちゃんと俺達に紹介したくてたまんないようだからさ、しょーもなく俺は今日は来てやったんだよ」
「それはそれは」
そして珍しい帽子に手をかける。フェルト製の、短い筒型のそれは、やや小さめの相棒の頭にちょん、と乗ったら確かに可愛い。朱明はそれを取ると、ふむ、とうなづいてみせる。
「何やってんの」
「いや、珍しいなあと思って」
「お土産だよ。その奥さんの。なかなか可愛いだろ」
ハルは帽子を取り返すと、早く行こう、と背を向けた。と、その時。
手が掴まれる。
身体を返される。
そして。
……ぴしゃ、という額の衝撃で、彼は我に返った。
「いい加減にしーや」
冷静な顔が間近にある。ああ、と朱明は力を緩めた。自由になった片方の手で、ハルは彼の頬に触れる。
「……別にな、俺は何処へ行く訳でもないんだよ?」
「うん」
「だから早く行こうや。あんまり待たせると悪いだろ?」
しょうもないな、とハルは朱明の手を引っ張った。それは引っ張るというよりは引きずる、という調子の方が正しいかもしれなかったが。
いつまで続くだろう、と朱明は思う。永遠ではない。それは知っている。
だがとりあえず、今は。