「よいか、皆の者。いきなりじゃが、最終手段じゃ」
禰豆美の緊迫した声。
いつもは余裕があり、子供のように無邪気にしゃべる禰豆美だからこそ、余計に緊張が伝わってくる。
「一点突破をかける。分身を蹴散らせつつ、ルシファーをあの場所から移動させるから、お主らはとりあえず、この結界から出ることに専念するんじゃ」
俺たち全員が無言で頷く。
この結界内から出れさえすれば、なんとか自分たちの身の守る方法は見えてくる。
家に帰りさえすれば、ガーゴイルだっているのだ。
役に立つかはわからんが。
とはいえ、現状では俺たちはお荷物だ。
俺たちさえいなければ禰豆美は自由に戦える。
そうすれば、勝ちは見えてくる。
相変わらず、禰豆美に頼りっぱなしなのが歯痒い。
無策でここまで来た自分に腹が立つ。
とはいえ、今は反省よりもこの場を切り抜けることが重要だ。
禰豆美には後で死ぬほど納豆を食わせてやろう。
「いくぞ!」
禰豆美が叫ぶと同時に走り出す。
俺たちもその後ろについて行く。
「はあああああああ!」
一瞬で分身3体の頭部を破壊し、そのままの勢いでルシファーに迫る。
そして、力を込めたパンチをルシファーに向けて放つ禰豆美。
これで倒せれば万歳。
仮に倒せなくても、動きを止められれる、もしくは回避すればその隙を突いて俺たちは結界外へ出ることができる。
が、しかし。
「ぬがっ!」
突如、俺の目の前から禰豆美が消えた。
「いっ!?」
慌てて急ブレーキをかけ、俺は手を広げて後ろにいるみんなを静止させる。
何が起こった?
視線を横に向けると、3メールほど離れたところで禰豆美が倒れていた。
「残念でしたね。実は私、結構強いんですよ」
さわやかに笑うルシファー。
そのさわやかさに背筋が寒くなる。
「そやつから離れるんじゃ!」
禰豆美の声に反応して、俺たちはものすごい勢いで後ろに下がる。
禰豆美は立ち上がり、口元の血を右腕で拭う。
おそらくはカウンターをくらったのだろう。
力を込めた分、スピードが殺されてしまったのだろうか。
とはいえ、最終手段が失敗したことを意味する。
禰豆美はルシファーから間合いを取りつつ、俺たちのところへ戻ってきた。
「すまぬ。油断した」
「……大丈夫なのか?」
「ダメージは見た目ほどない。じゃが……」
チラリとルシファーの方を見ると、相変わらず余裕の笑みを浮かべたままだ。
これで手の内はバレてしまった。
いや、もしかしたら最初から想定されていたのかもしれない。
それでも、俺たちはこの最終手段を繰り返すしか手はないのだ。
作戦がバレていたとしても。
「……お主らに一つ、頼みがある」
「なんだ?」
「儂に何があっても、結界から出ることだけに集中してほしい」
つまりは特攻をしかけるというわけだ。
自分の身を犠牲にして。
もう、それしか手段が残っていないのだろう。
「……わかった」
俺はポンと禰豆美の肩に手を置く。
まずは栞奈たちを外に逃がすことを優先する。
それだけできれば、あとは黒武者と真凛がなんとかするだろう。
というより、ターゲットは俺と禰豆美のはず。
戦力として皆無な4人のことは放っておく可能性がある。
禰豆美が倒れれば、あとは俺が消えればいい。
それでルシファーの目的は達成される。
……悪い、禰豆美。
付き合ってやることしか、今の俺にはできねえ。
「……今度は俺がお前の世界に転生するよ」
「カカカ。それは楽しそうじゃのう。世界中を案内し、美味いものを食わせてやろう」
禰豆美の美味いものというのはちょっと心に引っかかりがあるな。
とんだゲテモノ料理を食わされそうだ。
「行くぞ、ラストチャンスじゃ」
禰豆美が深呼吸をして、覚悟と力を体に込める。
そして、もう一度、ルシファーに向かって走り出す――はずだった。
「申し訳ありません。どうやら、絶望が足りなかったようですね」
ルシファーがそう言うと、マントを広げる。
そして、そのマントの中から10体の分身が現れた。
「なっ!」
これには俺たち全員が息を飲んだ。
もちろん、あの3体が最後とは思わなかった。
だが、数的に一度に出せる数が3体だと思い込んでいた。
おそらく禰豆美も同じだろう。
10体の分身を一瞬で倒してルシファーをあの場から遠ざかる。
その作戦はほぼ不可能に近くなった。
いくら禰豆美でも、そんな芸当は難しいだろう。
「……すまぬ。何とか儂が時間を稼ぐから、お主らはどうにかして隙を見て逃げ出してくれ」
そんなことは言った禰豆美自身も無理だということはわかっているだろう。
それでも諦めるわけにはいかない。
「では、そろそろ、始めましょうか」
ルシファーが手を上げると、10体の分身がこちらに向かってくる。
「はああああああ!」
禰豆美も分身に向かっていき、3体、4体と撃破していく。
その数に合わせて、ルシファーも分身を生み出す。
くそ、嫌みな奴だ。
おそらくはもっとたくさん出せるはずなのに、嬲るつもりだ。
今はまだ禰豆美は難なく分身を撃破しているが、いつかは体力が切れる。
そうなったらもう終わりだろう。
とにかく、禰豆美が時間を稼いでいる間に、突破口を見つけないとならない。
だが、むやみやたらに動くわけにはいかない。
ルシファーがこっちに向かって分身を放てば、禰豆美の足を引っ張ってしまう。
動くにしても一回限り。
それがもう、本当にラストチャンスだ。
「ねえ、パパ。私たちが足手まといにならなければ、禰豆美ちゃんはあのさわやかクソイケメンを倒してくれるのよね?」
横にいる茶子が耳打ちしてくる。
「……ああ。けど、禰豆美の性格上、俺たちを気にするな、は通じないと思うぞ」
本当はそれができれば一番いい。
少なくとも、禰豆美だけは生き残ることができる。
ただ、禰豆美はそうはしないだろう。
俺たちを犠牲にするくらいなら、自らを犠牲するはずだ。
現に今、そうしてくれている。
……まったく。
元は魔王なのに、人間の俺たちを庇うなよ。
「ねえ、パパ。許可をちょうだい」
「……なんのだ?」
「いいから!」
「よくわからんが、わかった。許可する」
「よし! 行くわよ! ここからは私のターン!」
茶子が浴衣の懐から紙を出す。
その紙には何やら記号のようなものが描かれていた。
――あ、それって。
紙が光り輝く。
同時に、分身たちが叩き潰される。
召喚。
俺たちの目の前に現れたのは、巨大なゴーレムだった。