異形の者。
見た瞬間に、人間ではないとわかる。
金色の短髪に白い肌で、スラリとした身長は、おそらく190センチくらいだろうか。
年の頃は10代にも見えるし、30代にも見える。
というのも、顔の作りはイケメンのアイドルのような感じだが、醸し出す雰囲気が10代のものとはかけ離れていた。
ワイシャツにスラックス、肩にはマントというヴァンパイアのような出で立ち。
ここまではまだ人間に見えなくもない箇所だろう。
だが、この男が異形の者だとわかるのは、まずこめかみ付近から角が生えている。
そして、何よりゾワッとするのは目だ。
白めの部分が真っ黒で、中心の黒目の部分が赤く光っている。
「ここはある種、結界のような場所でしてね。いくら暴れても外の人間たちに気づかれることは絶対にありません」
そう、男が言い放った。
「ほう? 儂に感づかせないとはなかなかのもんじゃ」
禰豆美が俺の肩からジャンプし、回転しながら地面に降りる。
その禰豆美からはピリピリとした、緊張のような殺気のようなものを感じた。
おそらく臨戦態勢というやつだろう。
「正博よ。悪いが、今回は手加減なしじゃ。チャンスがあれば、やつを消滅させる」
つまり、捕獲だとか殺さないようにやっつけるだのということはできないということだろう。
暗に禰豆美はバトルではなく命のやり取りになると示しているのだ。
こんな余裕のない禰豆美は初めてだった。
「お、おう。サクッとやっちゃえ」
「ふむ」
禰豆美は振り向くことなく、男を見たまま頷いた。
「待ってください。せっかくなので自己紹介をさせてください」
男は余裕の笑みを浮かべ、手のひらを胸に当て、ぺこりとお辞儀をする。
「私の名はルシファー。一応、仲間からは四天王の一人と言われています」
ルシファーか。
これまたかなりの大物が出てきたものだ。
ファンタジー世界というより、聖書に出てくるような存在が現れるなんて思いもよらなかった。
そして、四天王の最後の一人だと言っているが、明らかに他の3人とは格自体が違う。
どう考えても魔王ポジションだ。
「あなたたちのことはずっと観察させてもらっていました。再び、世界を手中に治めるチャンスですからね。今回は慎重にことを運ばせてもらいました」
その口ぶりだと海に行った時くらいからずっと見ていたのだろうか。
完全にこっちの手札は把握されているということだ。
「そのわりには簡単に儂の前に現れるなんてな。慎重とは程遠いと思うがのう?」
禰豆美が前傾の姿勢になる。
完全にバトルモードに入ったということだろうか。
「いえいえ。これでいいんですよ。いや、こうでなくてはなりませんでした」
ルシファーは依然、余裕の笑みを崩さない。
「まず、一番の脅威であるあなた」
いきなり指を指されて、ドキッとする。
え? 俺?
「あなたの力はかなりの脅威ですが、他の人間と一緒にいない限り発揮できないのでしょう?」
バレている。
変身する発動条件までは完全に把握されていないようだけど、外の人と隔離されれば『困る』人間がいないということになる。
つまりは変身ができない。
この結界内に連れ込まれた時点で、俺の力は封じられたと言っていいだろう。
「そして、次に、あなた」
今度は禰豆美を指差すルシファー。
「私と同等か、それ以上の力を持っていますね。……ですが弱点があります」
「弱点じゃと?」
「足手まといを見捨てられないことです」
ルシファーがマントを広げると、そのマントの中から成人の人間くらいの大きさの影が現れる。
それは黒い全身タイツ、というよりは影や闇と表現する方がピッタリだろう。
全てが真っ黒の角の生えた人型だった。
「私の分身です。足手まといを守りながら、私と戦えますか?」
ルシファーがそう言うと同時に、分身がいきなりこっちへダッシュしてくる。
「ひっ!」
隣にいる栞奈が小さく悲鳴を上げ、俺の腕に寄り添ってくる。
俺にできることはみんなの盾になるくらいだろうか。
一歩前に踏み出す。
だが。
「ふん!」
禰豆美が飛び蹴りすると、分身の頭が吹っ飛んだ。
それはまるで、射的でのぬいぐるみを彷彿とさせた。
つまりはグロいということだ。
頭を粉砕された分身はその場に崩れ落ち、砂の城が崩れるかのようにサラサラと溶けて消えていった。
「余裕じゃな」
禰豆美がルシファーを睨みつける。
だが、分身を一瞬で倒されたルシファーは顔色一つ変えずに笑みを浮かべたままだ。
「これはこれは。少々、あなたを見くびっていました」
再び、ルシファーがマントを広げると、中からまた分身が現れた。
今度は3体だ。
「これでどうです?」
「……なるほどのう」
さっきの攻防を見る限り、1体が3体になったところで禰豆美にとってはさほど脅威にはならないだろう。
だが、問題はそこじゃない。
おそらくルシファーは分身を何体も出せるということだ。
次々と出現してくる分身から、俺たち4人を守りつつ、ルシファーと戦う。
これがどれだけ難易度が高いことかは、容易に想像がつく。
というか、ほぼ、これは詰んでいると言ってもいいだろう。
禰豆美は大きく下がるようにして、俺たちのところへ戻ってくる。
「あやつ……。かなり頭が良さそうじゃ」
禰豆美が辺りを見渡す。
ここは広い平原。
壁となるようなものも一切ない。
つまり、禰豆美は360度全方位に気を配らないとならない。
「かなり……ヤバイのう」
そう、禰豆美が呟いたのだった。