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第90話 屋台を楽しもう

 初手でいきなりはぐれたという事実。


 辺りは既に人でごった返している。

 この中から真凛たちを探し当てるというのも至難の業だ。

 たとえ、呼んだところで周りの雑多な声にかき消されてしまう。


「おじさん、どうする?」


 栞奈がジッと俺の方を見てくる。


 栞奈と禰豆美を確保しておいたのは幸いだ。

 この2人は黒武者や真凛と一緒であるなら心配はないが……。

 いや、黒武者と栞奈の2人は違う意味で危険だな。

 とはいえ、もし栞奈と禰豆美が単体ではぐれたとなると、色々と面倒だった気がする。


 最悪、栞奈はスマホを持っているが、禰豆美なんかは一旦はぐれると、家に帰ってきてもらうくらいしてもらわないと、合流はできないだろう。


 幸い、はぐれたのは黒武者と真凛、茶子の3人だ。

 この3人なら、迷子という点だけを見るなら問題はないと思う。

 違う意味で見ると危険な気がするが、まあ、さすがに祭りでは問題を起こさないだろう。


「はぐれちまったならしかたない。何かあったら連絡してくるだろ。俺たちは俺たちで祭りを回るか」

「うん!」


 栞奈が握っていた手をギュッと握り返してくる。

 当たり前だが、小さく華奢な手だ。


 俺は顔を上げて屋台の列を見渡す。


「まずは何か食べるか」

「納豆じゃ! 納豆が入ったものが食べたいぞ」


 肩車している禰豆美の声が頭上から聞こえてくる。


「いや、さすがにここだと納豆系はないと思うぞ」

「なぬ! そ、そうなのか?」


 がっくりと項垂れる禰豆美。


「大丈夫だよ、ねずっち! 他にもいっぱい、美味しいものあるからさ」

「ふむ。そうじゃな。たまには違うものも食べてみるのも一興じゃな」


 俺たちは鉄板である、やきそば、たこ焼き、わたあめを食べた。


 やきそばとたこ焼きはまあ、いいんだけどさ。

 わたあめはなぁ。

 なんていうか、一口でいい。

 甘いものが嫌いってわけじゃないんだけど、なんていうか1個丸々食べるのはキツイ。


「禰豆美、食うか?」

「お? 良いのか?」


 受け取ってもしゃもしゃ食べ始める禰豆美。

 頭の上にわたあめが落ちている感覚がする。


 そういえば、やきそばやたこ焼きのときも、ソースをこぼしていた気がする。

 さぞかし、俺の頭からは美味しそうな匂いがするに違いない。


 ……受け皿じゃないんだけどな。

 俺の頭。


 そんなやり取りをしていると、いつの間にかチョコバナナを買っていた栞奈が、クイクイと俺の袖を引っ張る。


「これ、おじさんの」


 そう言ってチョコバナナを咥えて、チュバチュバと頭を動かし始めた。


「止めんか!」


 スパンと栞奈の後頭部を叩く。


 まったく!

 俺はそんな下品な子に育てた覚えはありません!


 ……いや、考えてみれば最初からこんなキャラだったな。


「うう……。じゃあ」

「本物で、って言うのは無しな」

「ボケ殺し!」


 大体、栞奈が次に言うこともわかってきた。

 なんだろうな。

 付き合いが長いわけじゃないのに、まるで10年来の友達のような感覚だ。


「む? あれはなんじゃ、正博!」


 禰豆美が指差したのは金魚すくいだった。

 丸い輪っかを持って、子供たちが金魚をすくっている。


「ああ、金魚すくいだよ。すくった金魚が貰えるんだ」

「ほう、美味そうじゃのう」

「……スタートから目的が違うぞ」

「ねえ、おじさん、知ってる? 金魚すくいの輪っかの紙って種類があるんだって」

「種類? 色とかそんなのか?」

「ううん。なんかね、破れやすい紙なのと、破れにくい紙があるんだってさ。何回も頑張ってる子供には破れにくいのを渡して、いっぱい、お金を持ってそうな大人には破れやすいのを渡すんだってさ」

「……世知辛い話だな」


 商売上、仕方がないのかもしれないが、そういうのは何となく嫌だな。

 まあ、クジで当たりが入ってないのよりは数段マシだけど。

 クジで当たりを抜くのは悪意100パーセントだからな。

 許すまじだ。


「あ、あれは? あれなら細工とかされないんじゃないかな」


 栞奈が射的の屋台を指差す。


「うーん。ああいうのは銃に細工されてそうだけどな」

「あー、勢いがでないとか、狙った方向と違うところに飛ぶとか?」

「そうそう。そういう感じ」

「そっか。確かにねー」

「疑ってても仕方ないし、せっかくだからやってみるか」

「そうだね!」


 俺たち3人は射的の屋台へと入る。

 階段状の台に人形やらお菓子やら、オモチャやらが置かれている。

 それをスポンジの弾が出る銃で撃って落とすというものだ。


「じゃあ、私から―!」


 弾を詰めて撃つ。

 しかし、弾はあらぬ方向へと飛んでいく。


「あれー?」

「照準が狂ってる感じか?」

「んー。どうだろ? 私、こういう系はあんまりやんないから」


 確かに栞奈は格闘系のゲームは上手かったがシューティングをやっているのはあまり見てない。

 こういうのは苦手なのだろう。


「じゃあ、次は俺だな」


 俺もスポンジを銃に込める。

 店の親父には悪いが、俺は射的には自信がある。

 昔はゲーセンで、その手のゲームのハイスコアを塗り替えて遊んでいたほどだ。


 俺は段の一番上で、一番小さいぬいぐるみを狙う。

 狙いは完璧。

 弾の勢いや弾道は栞奈のを見て掴んでいる。


 俺が引き金を引くと、一直線に狙ったぬいぐるみの方へ弾が飛ぶ。


 だが。


 ポンと音を立てて、手前で弾が弾んでポトッと落ちた。


 ……完璧だったはずだぞ?


 弾はぬいぐるみに当たらず、手前でバリアに当たったかのように弾かれた。

 よーく目を凝らしてみると……。


 下敷きだろうか。

 透明な板のようなものが、まるでぬいぐるみを守っているかのように、上から釣り下がっていた。


 あからさまな細工だ。

 卑怯この上ない。

 これはなんていうか、当たりクジが入っていないより、悪意がある。


 俺はムッとして店の親父に文句を言おうとしたときだった。


「どうすればいいんじゃ?」


 禰豆美が弾を込めながら聞いてくる。


「撃った弾で狙ったものを倒せばいいだけど、ちょっと待っててくれ。今、親父に文句を……」


 俺が言い終わる前に、禰豆美は銃を撃った。

 俺がさっき狙ったぬいぐるみへと弾が飛んでいく。


 だが、俺と同じように禰豆美の弾も弾かれ――。


 なかった。


 なんと、透明の板をスポンジの弾が貫通する。

 そして、その弾はぬいぐるみの頭部さえも貫通させ、破裂させた。


「……」


 店の親父はもちろん、俺や栞奈も絶句する。

 おそらくは弾に魔力でも込めたのだろう。

 そうでなければ、スポンジの弾があんな威力を持つわけがない。


「どうじゃ? 倒したぞ」

「いや、その倒すじゃねーよ……」


 禰豆美のいう倒すはやっつける、モンスターを倒すといったニュアンスだろう。

 俺が言ったのは純粋に、転ばせるという方の倒すだ。


 俺はチラリと頭部が破壊されたぬいぐるみを見る。


 ……グロいな。

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