初手でいきなりはぐれたという事実。
辺りは既に人でごった返している。
この中から真凛たちを探し当てるというのも至難の業だ。
たとえ、呼んだところで周りの雑多な声にかき消されてしまう。
「おじさん、どうする?」
栞奈がジッと俺の方を見てくる。
栞奈と禰豆美を確保しておいたのは幸いだ。
この2人は黒武者や真凛と一緒であるなら心配はないが……。
いや、黒武者と栞奈の2人は違う意味で危険だな。
とはいえ、もし栞奈と禰豆美が単体ではぐれたとなると、色々と面倒だった気がする。
最悪、栞奈はスマホを持っているが、禰豆美なんかは一旦はぐれると、家に帰ってきてもらうくらいしてもらわないと、合流はできないだろう。
幸い、はぐれたのは黒武者と真凛、茶子の3人だ。
この3人なら、迷子という点だけを見るなら問題はないと思う。
違う意味で見ると危険な気がするが、まあ、さすがに祭りでは問題を起こさないだろう。
「はぐれちまったならしかたない。何かあったら連絡してくるだろ。俺たちは俺たちで祭りを回るか」
「うん!」
栞奈が握っていた手をギュッと握り返してくる。
当たり前だが、小さく華奢な手だ。
俺は顔を上げて屋台の列を見渡す。
「まずは何か食べるか」
「納豆じゃ! 納豆が入ったものが食べたいぞ」
肩車している禰豆美の声が頭上から聞こえてくる。
「いや、さすがにここだと納豆系はないと思うぞ」
「なぬ! そ、そうなのか?」
がっくりと項垂れる禰豆美。
「大丈夫だよ、ねずっち! 他にもいっぱい、美味しいものあるからさ」
「ふむ。そうじゃな。たまには違うものも食べてみるのも一興じゃな」
俺たちは鉄板である、やきそば、たこ焼き、わたあめを食べた。
やきそばとたこ焼きはまあ、いいんだけどさ。
わたあめはなぁ。
なんていうか、一口でいい。
甘いものが嫌いってわけじゃないんだけど、なんていうか1個丸々食べるのはキツイ。
「禰豆美、食うか?」
「お? 良いのか?」
受け取ってもしゃもしゃ食べ始める禰豆美。
頭の上にわたあめが落ちている感覚がする。
そういえば、やきそばやたこ焼きのときも、ソースをこぼしていた気がする。
さぞかし、俺の頭からは美味しそうな匂いがするに違いない。
……受け皿じゃないんだけどな。
俺の頭。
そんなやり取りをしていると、いつの間にかチョコバナナを買っていた栞奈が、クイクイと俺の袖を引っ張る。
「これ、おじさんの」
そう言ってチョコバナナを咥えて、チュバチュバと頭を動かし始めた。
「止めんか!」
スパンと栞奈の後頭部を叩く。
まったく!
俺はそんな下品な子に育てた覚えはありません!
……いや、考えてみれば最初からこんなキャラだったな。
「うう……。じゃあ」
「本物で、って言うのは無しな」
「ボケ殺し!」
大体、栞奈が次に言うこともわかってきた。
なんだろうな。
付き合いが長いわけじゃないのに、まるで10年来の友達のような感覚だ。
「む? あれはなんじゃ、正博!」
禰豆美が指差したのは金魚すくいだった。
丸い輪っかを持って、子供たちが金魚をすくっている。
「ああ、金魚すくいだよ。すくった金魚が貰えるんだ」
「ほう、美味そうじゃのう」
「……スタートから目的が違うぞ」
「ねえ、おじさん、知ってる? 金魚すくいの輪っかの紙って種類があるんだって」
「種類? 色とかそんなのか?」
「ううん。なんかね、破れやすい紙なのと、破れにくい紙があるんだってさ。何回も頑張ってる子供には破れにくいのを渡して、いっぱい、お金を持ってそうな大人には破れやすいのを渡すんだってさ」
「……世知辛い話だな」
商売上、仕方がないのかもしれないが、そういうのは何となく嫌だな。
まあ、クジで当たりが入ってないのよりは数段マシだけど。
クジで当たりを抜くのは悪意100パーセントだからな。
許すまじだ。
「あ、あれは? あれなら細工とかされないんじゃないかな」
栞奈が射的の屋台を指差す。
「うーん。ああいうのは銃に細工されてそうだけどな」
「あー、勢いがでないとか、狙った方向と違うところに飛ぶとか?」
「そうそう。そういう感じ」
「そっか。確かにねー」
「疑ってても仕方ないし、せっかくだからやってみるか」
「そうだね!」
俺たち3人は射的の屋台へと入る。
階段状の台に人形やらお菓子やら、オモチャやらが置かれている。
それをスポンジの弾が出る銃で撃って落とすというものだ。
「じゃあ、私から―!」
弾を詰めて撃つ。
しかし、弾はあらぬ方向へと飛んでいく。
「あれー?」
「照準が狂ってる感じか?」
「んー。どうだろ? 私、こういう系はあんまりやんないから」
確かに栞奈は格闘系のゲームは上手かったがシューティングをやっているのはあまり見てない。
こういうのは苦手なのだろう。
「じゃあ、次は俺だな」
俺もスポンジを銃に込める。
店の親父には悪いが、俺は射的には自信がある。
昔はゲーセンで、その手のゲームのハイスコアを塗り替えて遊んでいたほどだ。
俺は段の一番上で、一番小さいぬいぐるみを狙う。
狙いは完璧。
弾の勢いや弾道は栞奈のを見て掴んでいる。
俺が引き金を引くと、一直線に狙ったぬいぐるみの方へ弾が飛ぶ。
だが。
ポンと音を立てて、手前で弾が弾んでポトッと落ちた。
……完璧だったはずだぞ?
弾はぬいぐるみに当たらず、手前でバリアに当たったかのように弾かれた。
よーく目を凝らしてみると……。
下敷きだろうか。
透明な板のようなものが、まるでぬいぐるみを守っているかのように、上から釣り下がっていた。
あからさまな細工だ。
卑怯この上ない。
これはなんていうか、当たりクジが入っていないより、悪意がある。
俺はムッとして店の親父に文句を言おうとしたときだった。
「どうすればいいんじゃ?」
禰豆美が弾を込めながら聞いてくる。
「撃った弾で狙ったものを倒せばいいだけど、ちょっと待っててくれ。今、親父に文句を……」
俺が言い終わる前に、禰豆美は銃を撃った。
俺がさっき狙ったぬいぐるみへと弾が飛んでいく。
だが、俺と同じように禰豆美の弾も弾かれ――。
なかった。
なんと、透明の板をスポンジの弾が貫通する。
そして、その弾はぬいぐるみの頭部さえも貫通させ、破裂させた。
「……」
店の親父はもちろん、俺や栞奈も絶句する。
おそらくは弾に魔力でも込めたのだろう。
そうでなければ、スポンジの弾があんな威力を持つわけがない。
「どうじゃ? 倒したぞ」
「いや、その倒すじゃねーよ……」
禰豆美のいう倒すはやっつける、モンスターを倒すといったニュアンスだろう。
俺が言ったのは純粋に、転ばせるという方の倒すだ。
俺はチラリと頭部が破壊されたぬいぐるみを見る。
……グロいな。