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第89話 夏祭り

 18時。

 いつもなら、そろそろ家でまったりし始める時間だ。


 だが、今日は違う。

 家の中の、特に女性陣は慌ただしく準備を始めている。


 遠くからはわずかではあるが太鼓の音と音楽が聞こえてくる。

 時々、家族連れやカップル、友達同士であろう人たちが家の前を通っていく。


「みんな楽しそうやな。祭りでもあるんか?」


 道路と家との間の敷地内に、腕枕した状態で横になっているガーゴイル。

 お前、家を守る気ないだろ、と突っ込みたくなるが今は椅子にさせてもらっているので勘弁してやる。


「ああ。夏祭りだよ」


 俺は速攻、浴衣に着替え終わり、いつの間にか用意されていた団扇を扇ぎながら道行く人たちを見ている。


「あー、メンドイやつやな」

「お? 気が合うな。お前もそう思うのか?」

「そりゃそうや。人は多いし、出店は高いし、そのくせ味が美味いかっていうと、単なる雰囲気補正やし、リア充多くて、爆破したくなるし、気づいたら変なの買ってしまうし、もういいことなしやで」

「祭りあるあるだな」


 というか、随分、祭りに詳しいな。

 前の世界ではガーゴイルでも祭りに参加できたんだろうか。


「ま、今日は、ワイが家で留守番したるわ。安心して楽しんできてやで」

「あ、ああ……」


 まあ、ガーゴイルはそもそも家を守るものだからな。

 今日だけじゃなくいつも留守番してもらうものなんだが。

 とはいえ、さすがにずっと家の前にいるのはストレスがたまるか?


「なあ、今度、どっか出かけるか?」

「あー、パスやで。こうやって家でゴロゴロしてるのが一番や。ワイは一生こうしていたい」


 ビックリするほど気が合うな。

 少し前までは俺もそう思ってたよ。

 今じゃすっかり、出かけることに抵抗がなくなっちまったけど。


 ニートだった頃が懐かしい。

 ……今もニートだけど。


 そんなことを考えていると家のドアが開き、女性陣が出てくる。

 みんな、浴衣をビシッと着て、髪も普段とは違うセットしている。


「おじさん、お待たせ―!」

「ああ」


 よっこらしょっと立ち上がると、ガーゴイルが大きなため息をついた。


「あかんで、旦那。ここは似合う―とか、可愛い―とかいう場面やで」

「……」


 面倒くさいな。

 けど、変にへそを曲げられても、その後が面倒だ。

 せっかく、ガーゴイルが注意してくれたんだから、それに乗っかるか。


「栞奈。浴衣、似合ってる。可愛いぞ」

「……ふえ?」


 栞奈の顔が一瞬で真っ赤になる。


「お兄さん、僕は? 僕はどうですか!?」


 真凛が詰め寄ってくる。


「お、おう。もちろん、真凛も可愛いぞ。いつもと雰囲気が違っていていい感じだ」

「じゃあ、結婚してください」

「あー、それとこれとは話が違う」

「……」


 すると今度は茶子がグイグイと俺の浴衣の袖を引っ張ってくる。


「私は? 襲いたくなる!?」

「……襲いたくはならない」

「……」


 真凛と茶子がムスーっと頬を膨らませる。


 あれ?

 機嫌を取ろうとしたのに、逆に機嫌が悪くなったぞ?


「よっ!」


 禰豆美がジャンプして、当たり前のように俺の肩の上に乗っかってくる。

 もう外を歩くときは禰豆美を肩車するのがデフォルトになってきた。


「ふふふ。今日は出店で出ている納豆が入った食べ物をコンプリートするんじゃ」


 ウキウキした声で言っているが、祭りの出店で納豆が入った食べ物なんて出てないだろ。


「本当に、留守番でいいのかしら?」


 ドアのとこでは黒武者とレティが話している。

 黒武者は浴衣を着て、きっちりおしゃれをキメているが、レティの方は普段の格好をしたままだ。


「いいのよ。私、人ごみが嫌いだしね。人間を見たら殺したくなるわ」

「気が合うわね。私も、男を見たら殺したくなるわ」


 ……黒武者、変なところで同調しないでくれ。


「あーあ。ダッチとも一緒に祭りを回りたかったなぁ」

「ふふ。私に構わず、楽しんできて」

「……お土産買ってくるから」

「ええ。楽しみにしてるわ」


 レティはそう言って、縛られたままの手で栞奈の頭を撫でる。


「さてと。じゃあ、行くか」


 こうして俺たちは祭り会場へと向かったのだった。



 祭り会場は思ったより本格的というか、気合が入っていた。

 会場である神社の境内はすっかり祭り用に装飾され、参拝道の脇にはずらーっと屋台が並んでいる。

 奥の広場では、盆踊り会場があるらしい。

 太鼓の音と音楽はそこから聞こえてくるんだろう。


 毎回、ここまでやってるんだろうか?

 いつもは夏祭りなんて参加してないからわからんが。


 にしても、祭りなんて下手をしたら小学校以来じゃないだろうか。


「わー、すごーい!」


 栞奈のテンションが一気にマックスになる。


「おじさん! あれ! 金魚すくいだって!」

「ちょ、待て!」


 いきなり走り出そうとする栞奈の手を掴む。


「ふえ? なに?」

「お前なぁ。こんな人ごみの中で、一人で突っ走ったら迷子になるだろ」

「あ、そっか。ごめん」

「ったく。初手で迷子を出すところだったぞ」

「……もう遅いかもしれんぞ」


 肩車している禰豆美がポツリと言う。


「へ?」


 慌てて周りを見渡す。

 真凛、黒武者、茶子の姿が見えない。


「マジか……」


 こうして、俺たちはいきなり散り散りになったのだった。

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