フードコーナーに響き渡る女の声。
振り向くと、そこにいたのはダークエルフだった。
ダークエルフは眉間に皺を寄せながら、ツカツカと歩み寄ってくる。
そして、俺の前に立ち、胸に指を指してきた。
「ホント、いい加減にしてくれないかしら?」
「な、なにがだ?」
「とぼけないで!」
ギロリと睨まれて、俺は思わずたじろいでしまう。
「召喚した私の手下の件に決まってるでしょ!」
「あ、ああ……。ケルベロスのことか?」
「それだけじゃないわ! サハギン、コカトリス、スライム、ガーゴイル、マンドラゴラ、ミミックもよ!」
あ、やっぱり、あれ、スライムだったんだ。
ゼリーで服が溶けるっておかしいもんな。
「あんたたち、まともに戦ってないじゃない! 切り札のケルベロスも手懐けちゃうし!」
「いや、まあ……」
「大体、ちゃんと戦ったのなんて、サハギンくらいじゃないの!? 戦ったの、見てないけど」
ああ、すまない……。
サハギンは勝手に干からびて昇天しちゃってたんだよ。
俺たちが発見したときには既に。
だから、実際は戦ってないんだよね。
「ホント、いい加減にしてほしいわ! 今度からはちゃんと戦うこと! いい!?」
「え?」
「返事は!?」
「わ、わかった……」
ていうかさー。
それ、俺のせいか?
ケルベロスは置いておいて、大体は召喚モンスターの選択ミスじゃね?
「ったく! 呼び出すネタを考えるこっちの身にもなってよね!」
そこにスススーっと茶子が忍び寄る。
「ねえねえ、ゴブリンとかいいんじゃない?」
……いや、それ、お前が希望してるだけだろ。
「魔方陣1枚に対して、呼び出せるモンスターは1体って縛りがあるのよ。ゴブリン1体だけだと弱いし、かといってたくさん魔方陣を作るのは大変でしょ。費用対効果が悪いじゃない」
まさか、ダークエルフから費用対効果なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
意外と俗っぽい言葉を知ってるんだな。
「じゃあ、クラーケンとかイカロスとかは?」
「それ、海の中のモンスターじゃない。地上に召喚したらすぐ死んじゃうわよ」
……わかってるなら、なんでサハギンを呼んだ?
「あ、なら、植物系のモンスターはどう? ツタがあるやつ」
茶子。
お前、さっきから触手があるモンスターを挙げてるだろ。
「植物系ね……。最近育ててないのよ。植物系はこの前のマンドラゴラが最後だったの」
「んー。とにかく、性欲が強いモンスターがいいんだけど」
「性欲が強い?」
ダークエルフが首を傾げて俺を見てくる。
「……そっち系?」
「違うわ!」
だから、なんで俺を襲わせようとするんだよ!
誰得だよ!
「まあ、いいわ。とにかく、どんなモンスターがいいか、じっくり考えておくから、楽しみにしておきなさい。今度はすっごいの呼んで、あ、げ、る」
ダークエルフが、ふふっと笑い、右手を振って立ち去ろうとした時だった。
これまたいつの間にか接近していた禰豆美がガシッとダークエルフの左手を掴む。
「な、なによ? 今日は帰ってお風呂入るんだから、放しなさい」
「敵地にむざむざ将が乗り込むのはどうかと思うがのう」
「え? ……あっ!」
こうしてダークエルフは俺たちにクレームを付けにやって来て、あっさりとお縄になったのだった。
三階の浴衣コーナー。
「あ、これ可愛い―!」
「栞奈さんはこういう花柄の大人っぽいのも、ギャップが出ていいと思いますよ」
「栞奈ちゃんはこっちの生地が薄いやつのもいいと思うけど」
「……相手が脱がしやすいってなると、こっちかこっち……かなぁ」
各々が浴衣を見ながらワイワイと盛り上がっているようだ。
ダークエルフは後ろ手にロープで縛られ、俺の横に立っている。
そして、逆サイドにはダークエルフが逃げないように禰豆美が立つ。
「……ふん。これで勝ったと思わないで欲しいわね」
口を尖らせてハーフエルフが言う。
捕まっている時点で、どう見てもハーフエルフの負けだと思うんだが。
そういうのは負け惜しみって言うんだぞ。
「正博は浴衣を選ばんのか?」
「無視されたっ!?」
「ああ、俺は適当なのでいいよ。お前こそ、選んで来たらどうだ?」
「……もういいわ」
がっくりと項垂れるダークエルフ。
「正直、どういうのがいいのか、わからん」
「なら、栞奈たちに選んでもらえよ。可愛いやつがいいんじゃないか?」
「ふむ。そうかのう」
なんて話をしていたら、栞奈たちがこっちにやってきた。
「ねえねえ、ねずっちとダッチも一緒に選ぼうよ」
「うむ。今、正博とその話をしてたんじゃよ」
「ちょっと待ちなさい! なによ、ダッチって!」
ダークエルフの抗議に首を傾げる栞奈。
「え? ダッチエルフのダッチだけど」
「ダークエルフよっ!」
……ダッチエルフって。
なんか大人のエロいグッズみたいな響きだな。
「まあまあ、細かいことは置いておいてさ。私がいいやつ選んであげるよ」
「こ、細かいことって……大事なところよ! って、ちょ、ちょっと放しなさい!」
ダークエルフの腕と、禰豆美の手を引いて更衣室の方へ向かっていく栞奈。
「ダークエルフさんはプロポーションがいいですからね。こういうのがいいと思います」
「よし、じゃあ、試着してみよー」
ダークエルフと一緒に栞奈と真凛が更衣室に入っていく。
「ちょ、待って! 脱がさないで! あんっ!」
更衣室の中からダークエルフの声がする。
「変なところ触らないで! ちょ、んっ! ダメ……ああっ!」
…………。
「さてと。俺も自分のを選ぶか」
その場から逃げるように、俺は男性用の浴衣のコーナーへ向かったのだった。