ケルベロスは禰豆美と対峙するとニヤリと嬉しそうに笑った。
「じゃあ、いくぜ!」
2人が地面を蹴ったのはほぼ同時だった、と思う。
バチバチの肉弾戦。
というより、決められた殺陣を見ているような感じだった。
お互い攻撃が当たらない。
禰豆美が振り回すパンチも当たらないし、ケルベロスのパンチとキックも当たらない。
そして、俺たちはそれを呆然と見ることしかできない。
目で追うので精一杯というより、手や足なんかは速すぎて見えない。
拮抗したバトル。
これは正直、想定外だった。
まさか、禰豆美が苦戦するなんて。
なんだかんだ言って、元魔王である禰豆美はこちらのジョーカー、つまりは最強だと思っていた。
今回も秒殺してくれると期待していた。
そんなのは勝手な話なんだが。
などと考えていると。
「む?」
ついにケルベロスの蹴りが禰豆美の腹にヒットした。
そのことで、禰豆美は後方に吹っ飛ぶ。
禰豆美は空中で器用に回り、スタッと着地する。
そこを見逃すケルベロスではなく、一気に距離を詰めて再び連打を禰豆美に対して繰り広げる。
禰豆美も応戦するが、やはり攻撃が当たらない。
逆に、数発、ケルベロスの攻撃を被弾するほどだ。
ヤバい。
完全に押されている。
ケルベロスからの被弾が増えていく。
「むむ?」
その状態にイラついたのか、禰豆美の攻撃がドンドンと大振りになる。
もちろん、そんな雑な攻撃がケルベロスに当たることはなく、避けられ、カウンター気味にケルベロスの攻撃が禰豆美にヒットしていく。
「禰豆美、落ち着け!」
俺が叫ぶと、ケルベロスは突然、後ろに大きく飛び、禰豆美から距離を取った。
「ふむ……。やはり、この体は肉弾戦には合わん。というより力タイプの儂と合わんな」
ブンブンとその場で拳を振り回す禰豆美。
俺はケルベロスの様子を伺いながら、禰豆美のところへ駆け寄る。
「禰豆美、大丈夫なのか?」
「ん? ああ、ダメージはないぞ。あの程度の攻撃力ならな」
さすが元魔王と言ったところだろうか。
防御力はかなり高いようだ。
「じゃが、攻撃が当たらないのは若干、イラつくのう」
「頭に血が上ってると、当たるもんも当たらんぞ」
「ふむ。わかってはおるんじゃが」
「……で、どうする?」
この俺の「どうする?」は、「逃げるか?」という意味だった。
だが、禰豆美は違う意味で受け取ったようだ。
「相変わらず、お主は優しいのう」
「え?」
「一方的に喧嘩を売ってきた相手に、情けをかけるなんてな」
「ど、どういうことだ?」
俺の質問に答えず、禰豆美はケルベロスに声をかける。
「どうする? 今、退くなら、儂は追わんぞ?」
いやいや。
それはどうなんだ、禰豆美。
完璧、圧勝してる側のセリフだぞ。
そんなの受け入れるわけ……。
そう思ってケルベロスを見る。
すると、ケルベロスは汗がびっしょりで肩で息をしていた。
「ちっ!」
悔しそうに歯ぎしりしている。
「お、おい、禰豆美、どういうことだ? なんで、ケルベロスの方が疲弊してる?」
「ん? さっきのお主のどうする? は見逃してやるかって意味じゃなかったのか?」
「いや……違うけど」
「ふむ。お主ならわかってるかと思ったんじゃがな」
「どういうことだよ?」
「構図的には、儂は変身したお主と同じということじゃよ」
……何を言ってるんだ?
そう思いながら考えてみる。
するとすぐに正解へと行き着く。
俺が変身している状態と同じ。
つまり防御と攻撃がチート級というわけだ。
だが、スピードは遅い、というより変わらない。
そのせいで、チート級の攻撃力を持っていても当たらないこともある。
まあ、俺の場合のスピード面は体をうまく使えてないからだけど。
そう考えると、まさに今の禰豆美はそんな状態だということだ。
禰豆美には全くダメージはない。
だが、ケルベロスの方は一発でももらえば終わる。
傍から見れば、ケルベロスが有利に見えるが、実際は、ケルベロスは詰んでいる状態だ。
ケルベロスの状態を見れば、体力が尽きて、禰豆美の一撃をくらうのは時間の問題だということがわかる。
「……お前、凄いんだな」
「カッカッカ! まあ、元、魔王じゃからのう」
ケルベロスがこっちを睨んでいる。
だが、その表情はさっきと違って余裕がなさそうだ。
「まさか、あたしが、歯が立たないなんてな」
「勝負は見えておる。これ以上、続ける意味はなかろう?」
「……そうだな。けど、諦めるわけにはいかないんだ!」
「なぜじゃ?」
「お前らを倒して、ソップをもらうんだ!」
「……ソップ?」
俺が禰豆美を見ると、禰豆美は「えーとじゃな」と言いながら、顎に手を当てる。
「確か、甘いお菓子だったと思うぞ」
「食べ物だったのか。じゃあ、俺たちを倒した報酬が甘いお菓子ってことなんだな?」
「そうだ」
俺がケルベロスに聞くと、コクリと頷いた。
「じゃあさ、手を引いてくれたら、俺が甘いお菓子を奢ってやるぞ」
「……へ?」
デパートのお菓子コーナーでケーキやクッキー、和菓子を買う。
そして、フードコートのところでケルベロスと一緒に食べる。
「うめーーー!」
目を輝かせてケーキをガツガツと食べていくケルベロス。
「甘さ、控えめなのがいいですね」
「私はもう少し甘い方がいいかなー」
「栞奈ちゃんにクリーム塗って舐めたい」
「自分にクリーム塗って、舐められたい」
「納豆と一緒に食べたいのう」
テーブルを囲んで、女性陣もワイワイと盛り上がりながらケーキを食べている。
……3人ほど、変なことを言ってるけど、聞かなかったことにしよう。
「どうだ? 満足したか?」
「ああ! お前、良い奴だな」
ニッコリと人懐っこい顔で笑うケルベロス。
こう見ると、犬のような感じで普通の女の子に見えるんだがな。
「もし、困ったことがあったら言ってくれ。すぐに駆け付けるからよ」
そう言って、ケルベロスは行ってしまった。
いや、どうやって連絡取るんだよ。
なんて心で突っ込みを入れるが、別に呼ぶことはないだろう。
「さてと。ちょっと時間くっちまったが、三階の浴衣コーナーに行くか」
俺が女性陣に向かってそう言った瞬間だった。
「ちょっと! そんなの反則よ!」
そんな声がフードコーナー内に響いたのだった。