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第85話 強敵の登場

「ねえ、おじさん。浴衣欲しい」


 夏祭りを目前に控えた、ある日の午後。

 昼飯のオムレツを食べているときに、いきなり、栞奈がそう言い出したのだ。


 ちなみに、このオムレツは茶子が作った。

 茶子は掃除洗濯料理など、ほとんどの家事を完璧にこなすことができる。

 金銭面もしっかりしていて、意外と常識人。

 ド変態ということを除けば、いいお嫁さんになれるだろう。


 俺はオムレツを頬張りながら、チラリと栞奈を見る。


「水着回はやったしなぁ」


 そんな俺のセリフに黒武者がチッチッチと人差し指を横に振る。


「甘いわね。浴衣は水着とはまた違った良さがあるのよ」

「うーん。そんなもんか?」

「だって、浴衣の下は何も着てないのよ? 下着もなにも!」


 黒武者は栞奈を見ながら、自分のオムレツに鼻から出たケチャップを追加でかけている。


「……それは着物の話じゃなかったか?」

「そうね。別に下着は着ていてもいいわ。その方が脱がすときに興奮するし」


 ……なんで浴衣の良さが脱がす楽しみなんだよ。

 そこに良さを見出しているのなんて、黒武者くらいだ。


「ねえ、おじさん、いいでしょ?」

「……真凛、どうなんだ?」

「あまり高い物でなければ……」


 真凛が頭の中で色々とやりくりをしながら、答える。


「ねえ、ねずっちも着てみたいでしょ? 浴衣」

「うむ! やはり、卵と納豆の相性は抜群じゃの!」


 禰豆美は食べることに一生懸命で話を聞いていなかったようだ。


「……ねえ、チャッキーはどう思う?」

「そうね。浴衣、野外、暗がり。何も起こらないわけもなく……。いいんじゃないかな!」


 それは浴衣というより、シチュエーションだろ。

 つーか、何も起きねーよ。

 どんだけ治安が悪い想定なんだ。


 とはいえ、どうするかな。

 正直、買いに行くのはめんどいし、家でゴロゴロしていたい。


 だが、この2、3日は狙われているかもしれないということで、ほとんど外出をしていない。

 現に、家の前にマンドラゴラが植えられ、宅配でミミックを送り付けられるという嫌がらせをされている。

 ちなみに、マンドラゴラはガーゴイルに抜いてもらい、ミミックは開けずに倉庫に閉まってある。


 俺は数年家から出なくても大丈夫だが、栞奈あたりはそろそろ外に出たいところだろう。

 変に癇癪を起されても困るし、全員で行けばなんとかなると思う。

 また、禰豆美に頼ることになるが、ここはみんなのガス抜きをしておくか。


「……じゃあ、飯食ったら、みんなで買いに行くか」

「わーい! やったぁ!」


 栞奈は万歳して喜んだ後、オムレツを口にかっ込み始めたのだった。




 ということで、久しぶりに全員そろってのお出かけだ。

 茶子も含めるとなると、これが初になる。


 6人でゾロゾロと歩く。

 いや、ホントになんていうか大所帯になったものだ。


「ねえ、パパは襲うとき完全に脱がしてからする派? それとも、着崩した状態でする派?」

「……なんで襲う前提なんだよ。てか、外でパパはホント、止めて」

「おじさんは、やっぱりアレ、好きなの? いいではないかって言って、帯をクルクルさせるやつ」

「……今どき、それやる奴いるか? てか、さっきからお前ら、浴衣を斜め上方向に使おうとしてないか? 普通に着ればいいだろ」

「普通に着てた方が興奮する?」

「そうね」

「なんでいきなりお前が答えるんだ、黒武者」


 そんな下ネタにゲンナリしていると、肩車をしている禰豆美がポンと俺の頭を叩いてきた。


「ストップじゃ」


 その声に、全員が立ち止まる。


「いるんじゃろ? 出て来い」


 禰豆美がそう言うと、電柱柱の陰からスッと女の子が出てきた。

 デニムのショートパンツにヘソの上までしかないTシャツ。

 素足にスニーカーと、頭には帽子をかぶっている。


 格好的にはボーイッシュに分類されるのだろうか。

 だが、真凛のボーイッシュとは明らかに違う。


「わあー! エローい!」


 茶子のテンションが一気に上がる。


 そう。

 目の前に現れた女の子は出るところが出て、ウエストが引き締まった体をしている。

 サキュバスと違うところといえば、足と腕が引き締まっているのと、ねっとりした色気ではなく、サバサバとした殺気を発してるところだろうか。


 ……殺気?


「よくわかったな」


 女の子はそう言って帽子をスッと取る。

 すると、今度は栞奈の方がテンションを上げる。


「おおー! ケモミミだー!」


 女の子が帽子を取った頭は白髪の短髪に、犬のような耳が付いていた。

 ピクピクと動かしているところからして、あれは本物の耳だろう。

 ということはこの女の子も召喚されたか、もしくは、四天王の最後の一人か。


 とにかく、殺気をこっちに向けている時点で、敵ということがわかる。


 それを受けて、禰豆美が俺の肩からジャンプして、回転しながらスタッと着地する。


 ……それ、毎回やってるけど、いるか?


「尻尾が出ておったからな」


 禰豆美が指を指した先には、フルフルと動く、犬の尻尾があった。


「そっか。つい、強い奴と戦えると思って、興奮しすぎたか」


 女の子の尻尾がブンブンと大きく振られる。


「ケモノの耳に尻尾……。もしかして、ライカンスロープってやつか?」

「まあね」


 俺の問いにあっさりと答える女の子。


「耳と尻尾の形状から見ると、犬ってところか」

「正解だ。けど、ただの犬じゃないぜ」


 女の子が牙を剥き出しにして笑う。


「ケルベロスだ」


 そう言って、さらに殺気を膨らませる。


 ケルベロス……。


 随分と有名で強い奴が現れたものだな。


 俺はケルベロスの殺気で背中にびっしょり汗を掻いていることに気づいたのだった。

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