「よし、決めた! 私もここに住もうっと」
突然、茶子が爆弾発言をしてくる。
茶子はなんだかんだ言って未成年だ。
俺としてはこれ以上問題になりそうなことは避けたい。
既に見つかれば逮捕不可避な状況のような気がするが、だからと言ってリスクを受け入れるというのは違う。
「ちょっと待て! 勝手に決めるな!」
「家賃は体で払うわ」
「それ以前の話だ!」
なぜ住む前提で話を進めようとするのか。
ここはホテルでもシェアハウスでもない。
……実質的にはシェアハウスになっているけど。
「なによ? こんだけ女の子を囲ってるくせに。1人くらい増えたっていいじゃない」
「ダメだ。その考えのせいで、いつの間にかこうなったんだからな。これからは厳しくいかせてもらう」
「むむむ……」
口を尖らせる茶子。
若干可哀そうな気がしてくるが、俺のその場限りの雰囲気に流されるわけにはいかない。
大体、茶子にはスタンガンで襲われ、監禁されたばかりだぞ。
本当はすぐにつまみ出してもいいくらいだ。
ここは踏ん張りどころで、心を鬼にするべきところ。
絶対に退くことは許されない。
「んー……」
茶子も茶子で、ここで引き下がったら終わりだと思っているようで、何か起死回生の一手がないかを考えているようだ。
しきりに視線を動かし、部屋内を観察している。
そして。
「あっ!」
茶子が声を上げたかと思うと、眼鏡を光らせてニヤリ笑みを浮かべた。
何かを見つけた。
そんな感じだ。
俺は直感的になにか嫌な予感というより、敗北の兆しを何となく感じる。
なんだがわからんが、ヤバい。
すぐさま茶子をこの部屋から追い出さなくては。
そう思って、まずは部屋から出ようと言おうとしたときだった。
「私の勝ちよ」
茶子が高らかに宣言する。
「……何の話だ?」
「もちろん、ここに住むって話よ」
「拒否したはずだぞ」
「ふふん。私の話を聞けば、パパの方からここにいてくださいと言うはずよ」
「はは……。バカな。んなわけねーだろ」
ドンドンと嫌な予感が膨らんでいく。
じんわりと背中に嫌な汗が浮かび上がる。
「紙とシャープペン、あるかしら?」
なんだ? 何をする気だ?
まさか、魔方陣でも書いて何かを召喚するつもりか?
いや、それはないな。
たとえ、茶子が自分自身で魔方陣が書けたとしても、そこに魔力を込められなければ意味がないはずだ。
「ちょっと待ってろ」
俺は立ち上がって、机から紙とシャープペンを取って、茶子に渡す。
「ふふ。どーも」
勝ち誇ったような顔をして、茶子は受け取った紙を床に置き、シャープペンで何やら描き始めた。
何を描いているのかがわからないように、こっちにお尻を向けて紙が見えないようにしている。
そして、数分後。
「できたわ!」
茶子が描いたものを俺にビシッと見せてきた。
「こ、これは……」
「どうかしら?」
「う、うう……。そんな馬鹿な」
「少しは考えてくれるかしら?」
「くっ……。わ、わかった」
「え? もう一回言ってないかしら?」
「わかったよ」
「何がわかったのかしら?」
「……ここに住んでください」
俺は無意識に土下座をしていた。
茶子が描いたもの。
それは俺の嫁である――モナ子だった。
「私、同人作家なのよねー。しかも、割と有名な」
キラリと眼鏡を光らせて、手を腰に当てている茶子。
その姿のなんて神々しいことか。
俺は茶子から嫁を受け取り、ジッと愛でる。
ゲロ上手だ。
この肉質感はなかなかだせない。
アニメの絵とは違い、イラストならではの良さが引き立っている。
くぅ……。
エロイ。エロ過ぎる!
こんなモナ子を生み出せる、茶子はまさにゴッド。
神の右腕といってもいいだろう。
「じゃあ、三食昼寝付きで住ませてもらうわよ」
「ははー!」
思わずひれ伏してしまう。
この瞬間、俺と茶子の立場が確定してしまった気がする。
「言っとくけど、もし、私に逆らったら、モナ子をゴブリンに凌辱させるから」
そ、それはそれで見たい!
いや、だがしかし!
そこに堕ちてしまったら、俺はもう二度と這い上がれない気がする。
モナ子は嫁だと胸を張って言えなくなる。
「わ、わかった……」
こうして俺はあっさりと陥落し、茶子を家に住まわせることになったのだった。
「……ということで、今日からうちに住むことになった、魚沼茶子先生だ」
とりあえず、全員を集めて茶子を紹介する。
考えてみれば俺の独断で決めてしまった。
みんなの猛反発を食らうだろうか?
なんて考えていると。
「よろしくね、チャッキー!」
栞奈が茶子の手を掴んでブンブンと振っている。
それにしても、また、尖ったあだ名を付けるな。
確かにナイフとか持って襲ってきそうではあるけど。
「よろしくお願いします、茶子さん」
「魚沼ちゃん。話は聞いてるわ。ドMのド変態らしいわね」
「えへへ。照れますね」
「よくわからんが、よろしくじゃ、茶子よ」
意外と、みんな好意的に受け入れている。
なんつーか、順応力が高いな、こいつらは。
いや、ニートの俺が低いだけか?
とにかく、あんなド変態を受け入れるなんて、懐が広いという他ない。
「あ、そうだ。真凛さん、これ」
「え? なんですか?」
「一ヶ月分の私の食費と光熱費とかもろもろ」
「え? そんな、受け取れませんよ」
「いいのいいの。同人で儲けてるし、使うことなかったからさ」
「えっと……」
真凛がチラリと俺の方を見る。
きっと、受け取っていいものかどうかの判断に困っているのだろう。
「茶子。今は別にみんなから金は貰ってない。お前だけから貰うわけにはいかんだろ」
「んー。けど、食べ物だってタダじゃないわよね? その辺、どうしてるのかしら?」
「あー、えっと、みんなで稼いでるって感じかな」
「じゃあ、それを免除してもらうわ。その代わりのお金ってことで」
「……」
なるほど。
つまり、ヒーロー活動には加わらないということか。
逆に言うと、茶子は茶子で、自分らしく稼ぐと言ったところだろう。
「わかった。ありがたく受け取らせてもらう。けど、無理はするなよ。払える範囲でいいからな」
「ふふん。心配ご無用よ。こう見えても、意外と稼いでるんだから!」
そう言って、ビッと親指を立てる茶子であった。
それにしても、一番変態だと思っていた茶子が、一番しっかりしているとは思いもしなかったな。