コカトリス。
鶏の頭にコウモリというか、ドラゴンっぽい羽根に蛇の尻尾。
大きさこそ、普通の鶏より一回り大きいくらいだが、明らかに見た瞬間に普通の鶏とは違う。
そんな異質なモンスターが、我が家の庭をウロウロしている。
なんだこれ?
なんで、うちにモンスターがいるんだ?
俺はまだ寝ぼけてるのかと思って、目をこすってみるが状況は変わらない。
「コケ――!」
「うおっ!」
いきなりコカトリスがこっちを見て叫んだ。
ヤバい。
敵認定されたか?
思わず俺はファイティングポーズを取る。
が、しかし。
コロコロコロ。
やはり普通の卵よりも一回り大きい、白と黄色のシマシマの卵を産み始めた。
一気に出た数は5個。
産み過ぎじゃね?
それにシマシマって、ちょっとオモチャみたいだな。
「あ、産んだ産んだ!」
いつの間にか後ろには栞奈が立っていた。
その手にはカゴを持っている。
置いてあるサンダルを履いて庭に出て、卵を回収していく。
「……栞奈。もしかして、昨日の卵料理って?」
「うん。この子のだよ。って、おじさん、今日は起きるの早いね」
「あ、ああ……」
あれ?
家にモンスターがいることよりも、俺が早起きする方を話題にするか?
ここはなんで、こうなってるのかを説明するところだろ。
「なあ、栞奈。なんで、家にコカトリスがいるんだ?」
「えっとね、昨日、家の前にいたの」
「いや、いたのって、なんでいるんだよ?」
「さあ?」
百歩譲って、家の前にいるのはいい。
理由もわからないのも仕方ないだろう。
だが、なんで家の前にいたのを、うちの庭に移動しているのかの理由を説明して欲しい。
「栞奈。萌乃がキッチンで待っておるぞ。早く卵を持っていくがよい」
「あ、ねずっち、おはよー。わかったー」
卵を入れたかごを持って、家の中に入り、キッチンの方へ向かっていく栞奈。
「お、おい……」
まだ、質問に答えてもらってないんだが。
栞奈と入れ替わるように、禰豆美が俺の隣にやってくる。
「儂が説明しよう。そっち方が要領がよいじゃろ」
「ああ。そうだな」
確かにそうだな。
きっとノリと勢いで家に入れただけで、よくわかってなさそうだ。
「まず、なぜ、コカトリスという異世界の生物がいるかというと……これじゃ」
そう言って出したのは魔方陣か書かれた紙だった。
「あ、召喚……」
「うむ。で、なぜ、ここに入れたかというと、外に放置するわけにもいかんということと、コカトリスの卵は美味いという噂があるからじゃ」
「なるほど。けど、ホントに大丈夫なのか? モンスターの卵なんて食べて」
「平気じゃろ。もし、あたったら死ぬだけじゃ」
「こえーよ!」
「ふふっ。冗談じゃ。卵には毒はないことはわかっておる」
安全というのであれば、卵という万能食材を生み出してくれる存在は、収入が安定していない我が家にとって助かる。
ただ、不安がないかと言えば、嘘になる。
「卵問題はそれでいいとして、確か、物や人を石にする能力があるんじゃなかったっけ?」
「うむ。あるな」
「どうすんだよ、石にされたら?」
「それも平気じゃ」
「なんでだよ?」
「使役したからじゃ」
「……あっ」
なるほど。
使役はある程度、行動を制限できるんだった。
石にしないと命令しておけば、危険はなくなるということか。
「となれば、わざわざ、元の世界に還すこともなかろう」
「まあ、そうだな。けど、周りにはバレないようにしないとな。うちにモンスターがいるって」
「それも平気じゃろ」
「なんでだよ?」
「……誰も来んじゃろ、うちに」
「……」
はい。
そうですね。
どうせ、俺には家に呼ぶような友達はいませんよ。
「さてと。たまには萌乃の料理でも手伝うとするかのう」
「あ、俺も手伝うよ」
俺と禰豆美はキッチンへと向かうのだった。
「……」
朝食を食べ終わり、少しゆっくりした後にパトロールというか困った人探しに家を出る。
ドアを開けて外に出た瞬間、俺は『それ』を見て体が石のように固まった。
コカトリスに石にされたわけではない。
あくまで比喩だ。
それくらい衝撃的な光景が目に入った。
「ね、禰豆美! 来てくれ!」
思わず、家の中にいる禰豆美を呼んでしまった。
正直、俺だけではどうしていいかわからない。
すぐにドタドタと足音がして、禰豆美、栞奈、真凛、黒武者がやってきた。
「おじさん、どうしたの!?」
「む? みなのもの、下がっておれ」
禰豆美が栞奈、真凛、黒武者を静止して、下がらせる。
そして、禰豆美だけが俺の横に立つ。
「なあ、禰豆美。これって……」
「ふむ。ガーゴイルじゃな」
家の前には石の化け物が座っていた。
体育座りで。
あれ?
ガーゴイルってこんなんだったか?
なんていうか、もっとカッコイイ感じの狛犬みたいに座ってるんじゃなかったっけ?
「たぶん、これも、召喚されたんだよな?」
「そうじゃろうな」
にしても、なんていうかこのガーゴイル。
覇気がないな。
なんか目が虚ろだし、体育座りをしているせいか、どこかイジケたような印象がする。
とはいえ、相手はモンスター。
危険であることは変わらないだろう。
「ん?」
ガーゴイルはようやくこっちに気づいたのか、ゆっくりとこっちを見た。
石が動くって実際に見ると怖いな。
というか不気味って感じだ。
「あー、おはようさん」
「え? あ、おはよう」
あいさつされたので、思わず返してしまった。
「……ああ、こんなとこおったら、邪魔やな。すまんすまん。よっこらせっと」
ジジくさいことを言いながら、家の入口の脇の方に移動して、また体育座りをするガーゴイル。
「あ、あのさ」
「ん? なんや?」
「なんで、こんなところにいるんだ?」
「ああー……。ワイが聞きたいわ。気づいたらここにおった」
「あ、そう……」
どうやら、このガーゴイルも召喚されたようだ。
「えっと、そのわりには慌ててないよな?」
「別に慌てたってしゃーないやろ。てか、慌てるのもしんどいやん」
うーん。
肝が据わっているというかなんというか。
随分と変わったガーゴイルだ。
もしかして、ガーゴイルってやる気がなさ過ぎて石になったとかじゃないよな?
「禰豆美。元の世界に還してやってくれ」
「ふむ」
「あ、ちょい待ってくれへんか?」
いきなりガーゴイルの方が待ったとかけてきた。
「なんだ?」
「できたら、ここに置いてくれへん?」
「なんでだよ?」
「なんか、この辺、平和そうやん。ここならのんびりできそうや」
「……いや、どうだろうな」
「ええやん。ワイ、魔よけになるで?」
俺はチラリと禰豆美の方を見る。
「まあ、いいじゃろ。とりあえず害はなさそうじゃ」
こうして、俺の家の前に魔よけのガーゴイルが鎮座することになったのだった。