夏の18時というのは、まだ外は明るい。
日が沈みかけ、徐々に暗くなっていくという、なんとも言えない明るさが何となく好きだ。
この時間に外を歩くと、つい、遠回りして散歩したくなる。
「すみませんでした。大した要件じゃなくて……」
横を歩く真凛がポツリとつぶやいた。
四天王とやらの報告と、今後の作戦を立てた後、狙われているというのを口実に、今日は部屋でゆっくりと過ごそうと思っていた。
だが、真凛が立案した『何でも屋』の方で依頼があったのだ。
それで俺と真凛が依頼者の家に行って、依頼をこなしたというわけである。
その依頼内容というものが、倉庫整理というもので、大体、2人で2時間ほどの作業だった。
「ん? ああ、いいんだよ。こういうのは積み重ねが大事だろ? コツコツいこうぜ」
「はい」
ニコリと笑う真凛。
なんとも人懐っこい笑顔だ。
まるで子犬の愛らしさというのだろうか。
思わず撫でたくなる。
こんな女の子が人を脅すのが上手いって、世も末だよなぁ。
「そういえば、お兄さん。もうすぐ夏祭りがありますね」
「夏祭り?」
「はい。神社の境内でやるみたいなんですけど、もし、それまでに四天王を倒せたらみんなで行きたいですね」
「あ、ああ……。そうだな」
うーん。
なんか、死亡フラグっぽいぞ?
大丈夫か、俺?
などと考えていると……。
「うおっ!」
急に足が滑り、勢い余って宙に浮いた。
そして、ドンと尻もちをつく羽目になる。
「いてえ!」
「大丈夫ですか!?」
「ん? ああ……。なんか踏んだみたいだ」
「バナナの皮でしょうか?」
「もしそうだったとしたら、屈辱だな」
バナナの皮で滑って転んだなんて、ベタ過ぎる。
だが、幸いなことに俺が踏んだのはバナナの皮ではなかった。
「なんでしょう、これ。ゼリー……ですかね?」
真凛が俺のケツで踏んでいる物体をマジマジと見ている。
俺はそのゼリーみたいなものを踏み、そのゼリーみたいなものの上に、派手に尻もちをついたという形だ。
ゼリーの上だったということもあり、多少は尻もちをついた衝撃は殺せたようだが、その分、ケツにゼリー状のものがべっとりとついてしまった。
「うげ……。誰だよ、こんなところに、変なもんを捨てたのは」
ゼリーを払いのけながら立ち上がる。
「これ、落ちるかな?」
「あ……」
「どうした?」
「お兄さんのお尻、丸見えです」
「……は?」
俺はケツの部分を触ってみると、確かにズボンの感触ではなく、直のケツの感触だ。
「え? なんで? 尻もちで勢い良すぎて破れたのか?」
「いえ。破れたというよりは、溶けた感じですかね?」
マジマジと俺のケツを見ている真凛。
「……あまり、ジロジロ見ないでくれないか?」
「あ、ごめんなさい」
俺の指摘に、顔を真っ赤にして離れる真凛。
「チラチラ見ることにします」
変わらねーよ。
てか、よけい質が悪い。
「とにかく、急いで帰りましょう」
「そ、そうだな」
いい年した大人がケツを出して歩いていたら、事案になりそうだ。
足早に家に向かおうと歩き出すと、後ろにぴったりと寄り添う真凛。
「えーっと、何のつもりだ?」
「え? お兄さんのお尻をガードしてるんです」
「あ、ああ……。なるほど……」
俺の後ろに立つことで、まわりから俺のケツが露出しているのをバレないようにしてくれてるのか。
気が利くな、真凛。
真凛を背後に感じながらも、家路を急ぐ。
「はあ、はあ、はあ……。お兄さん、いいお尻してますね」
……おい、止めろ。
俺は妙な視線を感じながら家へと戻った。
家に着いたとき、俺の目には涙が浮かんでいた。
恥ずかしさで泣きたくなるって、こういうことなんだな。
家に帰るなり、俺のケツの状態を見た瞬間、栞奈が問い詰めてくる。
「おじさん! ホントのホントに大丈夫なんだよね!?」
「……? ああ。尻もちはついたが、別に切れたとか痔になったとかはないぞ」
「そうじゃなくて!」
「大丈夫です。お兄さんのアナルは処女のままです」
「そっかー! よかったぁ」
ホッと胸を撫で下ろしている栞奈。
……なんで、お前がホッとするんだ?
それに、真凛。
俺、男だからな?
「バカなことやってないで、尻を洗ってきなさい。ご飯にするわよ」
「洗うのは、手、な」
ご飯前にケツを洗うって、意味わかんねーし。
それにしても、すっかり黒武者がご飯支度係に定着したな。
まあ、料理ができるのが俺たちの中で、唯一黒武者だけだから仕方がないのだが。
今度、真凛に相談して、感謝のプレゼントでも、みんなで買いに行くか。
着替えてから手を洗い、食卓に座る。
「……」
「どうしたの? 冷めないうちに食べてちょうだい」
「あ、ああ……」
テーブルの上にのっている、本日の献立。
目玉焼き、卵焼き、オムレツ、卵サラダ、卵サンド、卵スープ、そして卵かけご飯。
禰豆美だけは卵かけご飯に納豆を入れている。
「なんだ? この卵づくしのメニューは?」
「大量に卵が手に入ったのよ」
「大量に? セールでもやってのか?」
「えへへ! 今度から、卵には困らないよ! ね? クロちゃん」
「そうね」
栞奈と黒武者が顔を見合わせて笑みを浮かべている。
「なんの話だ?」
「まあまあ。とにかく冷めちゃうから食べよーよ!」
そう言って、オムレツにスプーンを伸ばす栞奈だった。
「コケコッコー!」
次の日の朝。
盛大な鶏の声で目が覚めた。
……ん? 鶏?
なんで、そんなのが聞こえるんだ?
近所で鶏を飼っている家はいない。
それに、その鳴き声は妙に近くから聞こえてきた。
なんか、嫌な予感がするな。
本来なら二度寝確定の時間で、まだみんなも寝ているが、俺はムクっと起き上がった。
そして、眠い目をこすりながら庭の方へ向かう。
ガラガラと庭に通じる窓を開ける。
「コッ、コッ、コッ、コッ、コ?」
「……」
うちの庭にいたのは鶏ではなく、鳥のモンスターである――。
――コカトリスだった。