頭を禰豆美に地平線の彼方へ蹴り飛ばされたデュラハン。
体の方が、四つん這いになって落ち込んでいるところを女の子に慰められる。
だが、ユラリと立ち上がると馬に乗り、頭の方とは違う方向へ去っていく。
「……探しに行くのを諦めたのかもしれんな」
ちょっと悪いことしたなかなといった風に、トーンを下げて言う禰豆美。
「あのまま放っておいたら、俺たちを殺そうとしてたんだ。あれくらいはいいだろ」
「……そうかのう」
「ま、どうしても見つからなさそうなら、探すの手伝ってやろうぜ」
「そうじゃな」
そして、デュラハンが去った今、この場に残った四天王はダークエルフ1人だけだ。
そのダークエルフも、何が起きたのかわからないといった感じで呆然としている。
「今なら、サクッと倒せそうじゃぞ?」
「いや、それはさすがに可哀そうだからやめておこうぜ」
「お主は相変わらず、優しいのう」
しばらくすると呆然としていたダークエルフがハッと、こちらに意識が戻ってくる。
引きつった笑顔を浮かべるダークエルフ。
「ふっ、ふふふふふ。なかなかやるじゃない。でも、あまり調子に乗らない方がいいわ。デュラハンは四天王のうちでも最弱なのよ」
いやいやいやいや。
さっき、最弱はサキュバスだって言ったじゃん。
数分でランキングが入れ替わるほど、強さが拮抗してるのか?
「で、でも、デュラハンごときを倒すのに、ボロボロなんて先が思いやられるんじゃない? そんな状態で、私に勝てるかしら?」
うーん。
ボロボロどころか、一撃も攻撃を食らってないっていうか、攻撃すらされてない。
「でも、まあ、デュラハンとの健闘に免じて、今日のところは退いてあげる。だけど、次は、私の優しさを期待しないことね。完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ」
そう言い残すと、ダークエルフは全速力で走り去っていった。
「あいつ。また来るかなぁ?」
「さあのう」
逃げるダークエルフの背中を見ながら、俺と禰豆美はつぶやくように言ったのだった。
「幼女のエルフを捕まえれば、100年くらいは楽しめるってことよね?」
家に戻り、ことの顛末を話すと、開口一番に黒武者が言ったセリフがこれである。
正義のヒーローにあるまじきセリフだ。
どこのエロ漫画の悪役のセリフだよ。
「あ、別に栞奈ちゃんから乗り換えるとか、そう言うんじゃなくて、あくまで3人で楽しもうってことだから」
焦りながら、さらにどうでもいい釈明を始める黒武者。
「それで、お兄さん、これからどうしましょうか?」
「ん? そうだなぁ……」
その場のノリと雰囲気で、なんとなく逃がしてしまったが、よくよく考えると禰豆美の言うようにあの場で倒す、もしくは捕獲した方がよかったのかもしれない。
あちらがどう出るかわからないから、こっちは念のためとはいえ警戒しておかなければならないのだ。
「あの様子なら、もう来ないとは思うんだけどな」
「そうじゃな」
「でも、警戒は解かない方がいいと思いますけど」
「そう。そうなんだよなぁ」
真凛の言う通りだ。
腐っても、相手は魔族。
禰豆美がいないときに襲われたら万事休すだ。
「となると、これからは、なにか外に用事がある場合は俺が行く。禰豆美は悪いが留守番してくれ」
「なぜじゃ?」
「そうだよ。それじゃ、おじさんが危ないじゃない!?」
「待て、話を聞いてくれ」
俺は思いついた秘策、というよりはこれしか手はないということを説明する。
「まず、この件が解決するまで家に閉じこもるというのは現実じゃない。そこまではいいな?」
禰豆美、栞奈、真凛がコクリと頷く。
「で、毎度毎度、5人で動くというのも得策じゃない。守る人数が多いと、禰豆美に負担がかかり過ぎる」
「……儂は別に構わんけどな」
「万が一のことを考えてだ。で、俺だけがある条件付きで、あいつと戦えるだろ?」
「あ、変身!」
栞奈が手を挙げて答える。
ビッと親指を立ててやると、にっこりと笑った。
「そう。変身だ。変身できさえすれば、少なくとも殺されることはないはず」
「でも、お兄さんは任意で変身できないのでは……?」
「外にはたくさん人がいる。……でしょ?」
俺の代わりに黒武者が答えた。
「そうだ。常に人の近くにいれば、俺が襲われたとしても、近くにいる人が『困る』はずだ」
そうすれば、変身ができ、相手を倒すまで変身が解けない。
「とはいえ、相応のリスクを負うことになるぞ?」
「まあ、な」
周りに人がいないときに襲われる可能性もあるし、周りに人がいれば、その人たちに配慮して戦わないとならない。
……考えてみると、結構ハードだな。
「けど、これが今のところ、最良の手だと思う」
「むう……」
禰豆美は、俺の言うことを理解した半面、それでもやや納得がいってないようだ。
俺のことを心配してくれるのは、純粋に嬉しい。
「でも、悔しいなぁ……」
栞奈が口を尖らせてつぶやく。
「何がだ?」
「私、いっつも守ってもらってばっかり。戦えないのが嫌だなぁ」
「何言ってるんだよ。今日だって、デュラハンの頭を取っただろ。ナイスプレーだったぞ」
「うむ。そうじゃそうじゃ。気に病む必要はないぞ」
「……でも」
うーん。
人間、適材適所だと思うんだけどな。
戦いは、戦える奴に任せる。
当然のことだ。
「そうですね。僕もなんだか歯痒いです」
今度は真凛まで落ち込む始末。
「僕ができることなんて、せいぜい、人を脅すくらいです」
「うん。お願いだから、止めてね」
確かに真凛の人を追い込む才能は凄いけど、使わないで欲しい。
うちに、人を脅すなんて適所は無いんだ。
その雰囲気にあてられてか、今度は黒武者まで気落ちした声を出す。
「そうね。私も、できることと言えば、栞奈ちゃんを犯すくらい……」
「マジでふざけんな。絶対阻止するからな」
なんで家の中に敵がいるんだよ。
疲れるわ!
とはいえ。
なんとなく、2人の気持ちもわからないでもないと思うのだった。