道路の真ん中で倒れて、ピクピクと痙攣しているモンスター。
全身を覆う鱗に、大きな尖った口、そして顎にはエラがついている。
なにより特徴的なのが、文字通り、死んだ魚の目だ。
――サハギン。
いわゆる半魚人というモンスターだ。
サハギンのものなのか、横に三又の槍が転がっている。
当然ながら、現実世界にはサハギンなんて生物は存在しない。
似た生き物さえもいない。
完璧に、この世界の者ではない生物が、今、目の前で倒れている。
道路の真ん中で。
「禰豆美。助けられそうか?」
「無理じゃろうな。というか、もう死んでおる」
「……そうだよな」
目が白くなっている。
さっきまでかろうじてピクピクと動いていたエラも今は完全に止まっていた。
「なんで、こんなところに半魚人がいるの?」
「……俺が聞きたい」
禰豆美が歩み寄り、サハギンをじっくりと観察している。
そして、顔を上げて、キョロキョロと辺りを見渡す。
「どうした?」
「この辺りの水辺で、儂がいた川より近い場所はあるのか?」
「いや、あの川が一番近いはずだぞ」
「ふむ……」
今度は地面を見ながらウロウロと歩き始める禰豆美。
「禰豆美?」
「お、あったあった」
遠くで禰豆美が何かを拾い上げた後、こっちに戻ってくる。
「2人に問題じゃ」
「なになに?」
栞奈が楽しそうに、食いつく。
「このサハギン。一体、どこから来たと思う?」
「へ? えーっと、さっきお前が言った、川からじゃないのか?」
「いや、そこからだと、おそらくもたん」
「……もたない?」
「サハギンは意外と乾燥に弱いんじゃ。じゃから、普段は水辺から離れんし、湿地に潜む」
「……じゃあ、なんでこんなところにいるんだ?」
真夏のコンクリートの道路。
打ち水なんてしても、一気に乾くくらい暑いし、乾燥している。
「これじゃな」
禰豆美が手に持っていたのは、一枚の紙。
そして、その紙の真ん中には、なにか魔方陣のようなものが描かれている。
さらに俺はその魔方陣を見たことがある。
「……召喚のための魔方陣だよな?」
「そうじゃ」
俺は思わず上空に目を向ける。
だが、そこには誰もいない。
「サキュバスではないぞ」
俺の考えが読めたのか、禰豆美が答えを言ってくれた。
「どういうことだ? あいつが魔方陣をバラまいていたんだろ?」
「儂もそう思っていた。が、そうではないようじゃぞ」
「……なんでだ?」
「あのとき……襲ってきたとき、サキュバスは1度も召喚をしてこなかったじゃろ?」
「……あ」
言われてみれば確かに変だ。
サキュバスは1人で俺たちを襲ってきた。
もし、召喚できるのであれば召喚してもおかしくないはずだ。
だが、サキュバスはそんな素振りさえ見せなかった。
「待てよ。それなら……魔方陣はサキュバスが作ったものじゃないってことか?」
「そう考えるのが妥当じゃろうな」
「ということは……」
「ああ。異世界の転生者はサキュバス以外にもいるということじゃ」
「……」
俺はてっきり、サキュバスの件を解決したことで魔方陣の件も終わったと思っていた。
くそ。
終わってなかったということか。
「わー、なにこれ?」
「キモ可愛い!」
気づくとサハギンを写メで撮っている、2組の女の子。
おそらくは高校生くらいだろうか。
キャッキャしながら、何枚も写メを撮っている。
「ヤバいな」
「じゃな」
「食べられたら困るもんね」
「いや、そこは心配してない」
相変わらず、栞奈は斜め上の発想だ。
「禰豆美、オークくんのときと同じことできるか?」
「うむ。それが一番よいじゃろうな」
スタスタと歩き、女の子たちに話しかける禰豆美。
「凄いじゃろ? 儂が作った人形じゃ」
「ええー! そうなの? エモーい!」
「てか、この子、可愛いー!」
女の子たちの興味がサハギンから禰豆美に移ったようだ。
「ふっふっふ。儂は凄いんじゃぞ! 手品を使えるんじゃ」
「えー! なになに? どんな手品?」
「見せて見せて」
禰豆美が不敵に笑い、サハギンの体に手を触れる。
そして、手から光が発せられると、サハギンの体全体が光った。
眩しい強い光が発せられ、その光が収まると、そこにはもうサハギンの姿はなくなっている。
「わー! 消えた! すごーい!」
女の子たちがパチパチと手を叩く。
「ふふん。どんなもんじゃ」
腰に手を当てて、まんざらでもなさそうな表情を浮かべている。
上手いぞ、禰豆美。
最初に作り物と言っておいて、それを消すことで、作り物が嘘だということがバレなくなった。
もし、女の子たちがSNSに写真をアップにするにしても、『作り物』と言ってあげるだろう。
バズるにしても、『リアルな人形』ということで拡散される。
であれば、問題はないだろう。
危うく、この町が混乱の渦に包まれるところだった。
なんてホッとしていると、道の向こうから何かがやってくる。
「ふっふっふ。やはり現れたか」
「少しは歯ごたえがありそうね」
現れたのは、馬に乗った首のない騎士であるデュラハンと、褐色の肌に耳が妙に長い金髪の少女であるダークエルフだった。
俺は慌てて栞奈の手を引いて、禰豆美の元へ走る。
「おい、禰豆美。……もう一人じゃないみたいだぞ」
「そうみたいじゃな。まさか、3人もおるとはな」
こそこそと話していると、デュラハンの方がこう言った。
「調子に乗るなよ。サキュバスは我々四天王の中でも、最弱よ」
「……」
……四天王か。
どうやら、最低でも、もう一人いるらしい。