「おじさん! あーさーだーよー!」
目覚まし時計の代わりといった具合に、栞奈の高い声が部屋に鳴り響く。
朝の9時。
ニートの俺にしてみれば、なんでこんな時間に起きなければならないのか、理解できない。
「……」
辛くて目が開けれないが、何とか上半身を起こす。
こうでもしないと、今度は上に乗っかられてしまう。
「ほらほら、早く起きて起きて―!」
鉛のように重い瞼を1cmほど開けて、部屋の中を見渡す。
見慣れた、我が家の部屋の中。
既に布団は畳まれて、端に積まれている。
俺の布団以外は。
つまり、俺以外は全員起きているということだ。
なんで、みんな、こんな早朝から起きれるんだよ?
「ほら、ご飯冷めちゃうから! それに、みんな、待ってるんだよ?」
「……だから、先に食ってていいって」
「だーめ! ご飯は家族で食べないと!」
うーん。
旅館と違って、自分の家なんだから、飯くらいは自分のタイミングで食べたいところだが。
「はいはい、起きて起きて!」
栞奈にグイグイと腕を引っ張られて、仕方なく立ち上がることにする。
「今日の朝ご飯はね、私も手伝ったんだよ。自信作なんだ!」
「……ほう? なにをしたんだ?」
「ゆで卵の殻を剥いたの!」
……せめて、作れよ。
茹でるだけだろ。
殻を剥いたって、本当に末端の手伝いじゃねーか。
「あれは、会心の剥きだったね。あんな卵肌に剥けるのは私くらいだよ!」
……たぶん、誰でも剥けると思うぞ。
会心の剥きじゃなくてもな。
朝飯を食べ終わる頃にはすっかりと目が覚める。
今日の朝食はオーソドックスに食パンにサラダ、スクランブルエッグとウィンナーだった。
ちなみに、栞奈が剥いたと言っていたゆで卵は、禰豆美が納豆を付けながら食べている。
おそらく、無理やり手伝うと言われて、黒武者が苦肉の策として、ゆで卵を作って渡したんだろう。
「はい」
食べ終わった俺の目の前に、コーヒーを淹れてくれる黒武者。
「お、ありがとう」
「栞奈ちゃんと真凛さんは紅茶ね」
「ありがとー」
「ありがとうございます」
「禰豆ちゃんは牛乳ね」
「うむ! 感謝する」
それぞれ食後の飲み物まで出してくれるとは。
なにがあった、黒武者?
「……なによ? 自分のを淹れるついでよ、ついで。旅館でハマったのよ。食後の飲み物に」
そう言って、湯飲みに淹れたお茶をすする黒武者。
お茶、コーヒー、紅茶、牛乳。
ついでというには、手間がかかりそうだが、ここはありがたくいただくこととする。
俺たちは花火を見た翌日、旅館をチェックアウトして家に帰ってきた。
本当はせいぜい、1泊するくらいと考えていたが、水着コンテストがあったので、思ったよりも連泊してしまった。
……ちなみに、コラの抱き枕を作った運営に関してはSNSで大炎上していた。
とはいえ、別に売っていたわけじゃないので、罪は軽いとのことだ。
はあ……。
あの苦労は一体、なんだったんだ。
「では、これからの計画を立てましょう」
俺が後片付けをして、二度寝に入ろうと思って部屋に向かおうとしたとき、真凛が待ったをかけてきた。
すっかり、我が家の財務大臣に落ち着いた真凛。
その真凛に逆らうことは、すなわち死を意味する。
フィギュアはもちろん、ポテチ1袋さえ買ってもらえないのだ。
5人でテーブルを囲むと、家族会議が開始される。
「今回の出張で、得た金額は諸経費を抜いて、約20万です」
そう聞くと、結構な額のような気がする。
だが、我が家は5人家族。
1ヶ月の生活費としてはまだ心もとない。
それに、今月をしのげばいいというわけでもなく、金を稼ぎ続けなければならないのだ。
「少し、余裕ができましたが、油断は禁物です。これからも引き続き、活動は続けていかないとなりません」
一同がコクリと頷く。
「お兄さんには、パトロールを続けてもらいたいです」
「……ああ、わかった」
本当は二度寝して、ゲームしたいところだけどしかたない。
「でも、正博の変身待ちって、効率が悪いんじゃないかしら?」
黒武者の発言に、真凛は「そうですね」と頷く。
「なので、呼びかけも行います」
「呼びかけ?」
栞奈が首を傾げる。
その言葉を受けて、真凛が宣言するように言った。
「なんでも屋を始めます」
昼の散歩のような気分で、俺と栞奈と禰豆美は近所を歩く。
こうして、困った人がいないかを探すというわけだ。
ちなみに禰豆美は俺が肩車をしている。
「なんでも屋かー」
栞奈はあんまりピンと来てないようだ。
まあ、それもそうだろう。
いきなり、なんでも屋をやると言われてもどうしたらいいかわからないのは俺も同じだ。
「良い手だと思うぞ」
「そうか?」
「正博が変身するタイミングは、その者の生死にかかわること、もしくは今後の人生を大きく変えるような事案が発生したときじゃ」
「……まあ、そうだな」
「じゃが、そんなことはそうそう、起きんし、そんな人間を探すのも大変じゃ」
「だから、海に行ったんだからな」
「じゃから、困った人間の方から来てもらう方が効率はいいじゃろ」
「そうだけど、そんな大ごとな依頼を俺たちにするか?」
「まあ、しないじゃろうが、それでも小銭を稼ぐことはできるじゃろ?」
「うーん」
とはいえ、それでも費用対効果はめちゃくちゃ悪いだろう。
けど、バイトするなんてことはあり得ない。
まあ、やるだけ、やるしかないか。
なんてことを考えているときだった。
突如、俺の体が光り出し、変身した。
「来た! 来たよ、おじさん!」
「よし、いくぞ!」
俺はさっそく、音センサーのスイッチを入れ、現場へと向かう。
すぐに音が大きくなる。
かなり近い。
もうすぐ困った人が見えてくるはずだ。
が、突然、俺の体が再び光り出して、変身が解けてしまった。
「え? あれ? なんで?」
戸惑う俺に、栞奈が指を指して叫ぶ。
「おじさん、あそこ!」
見ると、そこには、腰を抜かしたように道に座っている少年がいた。
おそらく、あの少年が、俺が変身した原因だろう。
しかし、変身が解けたということは……。
少年の元へ辿り着く。
「大丈夫?」
口をパクパクしながら、へたり込んでいる少年に声をかける栞奈。
少年がぶるぶると震える指で3メートル先くらいを指した。
視線を向けると、そこにはまたも、この世界に存在しない、西洋ファンタジーのモンスターが倒れていたのだった。