サキュバスが沈んだ方向をジッと見つめる禰豆美。
「……なにがマズいんだ?」
「かなり不利に追い込まれたようじゃ」
「え? なんでだよ? 圧勝だったじゃねーか」
「砂浜を吹き飛ばすわけにはいかんと思って、手加減しすぎた」
手加減して圧勝ならなんの問題もないはずだ。
マズいと言った理由がまったくわからない。
「……やつはまだ生きておる」
「別に消滅させるほどでもないだろ」
「虫の息程度ならよいんじゃが、やつはまだ戦えるほどの余力を残しておるんじゃよ」
「なら、またぶっ飛ばせば……あっ!」
俺は未だに海から視線を外そうとしない禰豆美が見ている方向を見る。
さっきの爆発なんてなかったかのように、海は穏やかな波が立っていた。
まだ戦えるのに、海から出てこない。
つまりは隙を伺っている、ということだろうか。
「相手の場所はわからないのか?」
「前に言ったと思うが、儂はそういう、探りは不得意なんじゃよ」
「襲ってきたら今みたいに対応するっていうのは難しいのか?」
「四六時中、お主ら全員を守ることは不可能じゃな」
そうか。
数時間ならまだしも、24時間ずっと禰豆美に警戒させておくなんて、さすがに無理だろう。
あっちは自分のタイミングで襲えるが、禰豆美は常に気を張っていないといけない。
長期戦になればなるほどこっちが不利だ。
さらにこっちは4人のうちの1人でも捕まって人質に取られたら即終了。
状況的に最悪だ。
禰豆美がマズったと言った理由がようやく理解できた。
「栞奈、真凛、黒武者。こっちに来てくれ」
今はとにかく、固まるしかない。
少しでも禰豆美の負担を減らすために。
「……やっつけたんじゃないの?」
こちら側にやってきた栞奈が、警戒態勢の俺たちを見て不安そうに言う。
「とにかく、今は固まっててくれ。あいつがどこから襲ってくるかわからん」
「う、うん……」
栞奈、真凛、黒武者が背中合わせになり、警戒を始める。
できることといえば、サキュバスが襲ってきたときに、すぐに反応できるように360度、みんなで警戒することだけだ。
戦力としては、禰豆美以外は足手まといでしかない。
せめて、俺だけでも変身できれば……。
この前みたく、誰かを連れてきて、サキュバスに襲わせるか?
いや、ダメだ。
あいつがそっちを襲うとは限らない。
というより、高確率で俺の方を狙ってくるだろう。
いや、待てよ。
俺を狙う……か。
そう思った時、俺はふと妙案が浮かんだ。
「禰豆美、ちょっと耳を貸してくれ」
「なんじゃ?」
俺は禰豆美に作戦を伝える。
「……賭けじゃな。失敗したら、お主はかなり危険じゃぞ?」
「このままじり貧になるよりはマシだ」
「ふむ……」
禰豆美が渋々だが了承する。
「頼んだぜ、禰豆美。……あと、黒武者、一緒に来てくれ」
「……え?」
「確か、お前泳げたよな?」
「ええ、まあ」
俺は黒武者の手を引いて、走り出す。
「ちょっと、正博?」
「すまん、俺の作戦に付き合ってくれ」
そう言って、俺は黒武者を連れて全力で走ったのだった。
「いた!」
5分ほど走ったとこで、目的の物が見えた。
よかった。
目的の物が見える前に襲われたら、作戦は失敗だった。
が、まだ作戦が成功する確率は五分五分だ。
「……ボートがどうかしたの?」
黒武者が不思議そうな顔をする。
そう。
俺が向かっていたのはボート乗り場の近く。
今も浜辺からアヒルの形をした足漕ぎボートに乗っている客たちがいる。
「……あとは、あいつが襲ってくるのを待つだけだ」
禰豆美たちとの距離は500メートルほど。
お互い、目視はできるがすぐに助けることはできない距離。
となれば、十中八九、サキュバスはこっちを狙うはずだ。
と、思った瞬間。
砂の中からサキュバスが現れた。
「おーほほほほほ! なに? 死にたいのかしら? それともやっぱり、私に逝かせてほしくなっちゃった?」
サキュバスが俺の首をつかんで持ち上げる。
「ぐっ!」
まさか、漫画のキャラみたいな登場をするとは思わなかった。
砂からって……すげえな。
「正博!」
「手を出すな!」
動こうとした黒武者を止める。
「ここだと、あのガキが来ちゃうから、移動するわよ」
サキュバスがそう言って、動こうとする。
と、同時にドンという大砲を撃ったような音がした。
「なっ!」
遠くで禰豆美がこっちに向かって光の球を放ったのだ。
「ふふ。あなたがいるから、かなり威力を抑えてるみたいね」
自分には全く効かないという自信があるのだろう。
笑みを浮かべたまま防ごうとも、動こうともしない。
しかし、禰豆美が放った光の球は俺たちの横を通り過ぎる。
そして――。
海の方へと進み、水面で爆発する。
「きゃあああああああ!」
一気に海の波が高くなり、ボートが転覆し始める。
中には泳げる人もいるが、大抵の人は焦ることで冷静な判断ができず、溺れ始めた。
ホント、すまん。
海で溺れることで『困った人』ができる。
もちろん、それに反応して俺は変身した。
「な、なに?」
俺の変身姿を見て、驚くサキュバス。
「黒武者、救助頼む!」
「わかったわ!」
黒武者が海に飛び込んだと同時に、俺はサキュバスの腹に一撃を入れる。
「あうっ!」
今度は吹き飛ばないように、スピードを抑え、当たった瞬間にねじ込む様に力を入れることで重い一撃になる。
サキュバスは腹を抑えて、その場に崩れ落ちた。
「よくやったぞ、正博」
禰豆美たちが駆け寄ってくる。
「禰豆美、こっちは頼んだ」
「うむ、任せておけ」
「栞奈、真凛、救助手伝ってくれ」
「うん」
「わかりました」
そのあと、溺れた人を無事に助け出し、俺の変身が解けた。
いや、ホント、すみませんでした。
俺は何度も、心の中で謝り続けたのだった。