マウントポジション。
今、俺はサキュバスと自称する人外の者に追い詰められている。
このままではヤバい。
いいように犯られてしまう。
なんとか脱出せねば!
とりあえず、マウントポジションを崩すためにブリッジで揺さぶりをかける。
「はっ!」
「……?」
サキュバスは首を傾げる。
そりゃそうですよね……。
俺、ブリッジできないもん。
あっちからしたら、いきなり叫んだだけに見えるだろう。
確か、このやりとりは栞奈のときもやった気がする。
落ち着け。
今、相手は俺の腹に乗ってはいるが、右手を俺の股間に当てているから、体重は後ろにかかっている。
いわば、不自然な体勢だ。
なら、崩すのは簡単なはず。
「おりゃあ!」
俺はサキュバスの左腕をつかんで思い切り引っ張る。
ドサッ。
案の定、サキュバスはバランスを崩して倒れた。
……俺に覆いかぶさるように。
「ふふふ。あらあら。乗り気ねえ。火が着いちゃったのかしら?」
「ご、誤解だ!」
「照れなくてもいいの……にっ!」
サキュバスは俺の両手をクロスさせて、頭の上で押さえつける。
あっちは左手一本で押さえているのに、振り払えない。
ヤバい力だ。
俺はまるでまな板の上の魚のような状態になっている。
さらにサキュバスは右手を俺のパンツの中に入れてくる。
「ちょっ! 待てよ!」
イケメン風に言ってみるが、サキュバスの右手の進行が止まらない。
「言ったでしょ? 楽に死ねないって。あなたの死因は服上死よ」
「悪いな。俺が死ぬのはモナ子の胸の中だと決めている」
必死で抗うが、まったくもってビクともしない。
これが人間と魔族の差なのだろうか。
「あらぁ。想い人がいるのねぇ。ますます燃えちゃうわぁ~。大丈夫。逝くときは最高の絶頂を味合わせてあげるから」
クソクソクソ!
変身さえできれば!
「誰か! 来てっ……むぐうっ!」
叫ぼうとした瞬間、サキュバスにキスされる。
思い切り舌まで入れられ、俺の舌がこねくり回されていく。
ヌルヌルして気持ち悪い……。
さらに、なぜか眩暈がする。
……まさか、生気が吸い取られているとかか?
「っ!?」
サキュバスが目を見開いたと思うと、口を放す。
キスから解放され、俺は思わず咽てしまう。
最悪なファーストディープキス。
おっと、あくまでファーストなのはディープキスだ。
ファーストキスはモナ子とモニターの画面越しに済ませている。
「……あなた、普通の人間じゃないわね? 体と魂を再構築されてる……?」
転生のことを言ってるのだろうか?
俺は一度死んだときに首の骨が折れている。
転生したときに、それが治っていたということはやはり俺の体を再構築したということだろうか?
「最高の味……。再構築のときに、神の力が練りこまれてるのね。味がとっても濃厚……」
ポーっと呆けたような顔をするサキュバス。
「体が熱くなってきたわぁ。焦らすつもりだったけど、もうダメ。私の方が我慢できなくなっちゃったわね。……一気に食べつくしてあげるわ!」
サキュバスは牙を剥き出しにしたかと思うと、ゆっくりと自分の唇を舐めまわす。
そして、俺に覆いかぶさってきた。
くっ!
かくなる上は舌を噛み切って死ぬしかない。
俺は舌を思い切り噛む。
痛いっ!
ダメだ。
なんていうか、力が入らない。
「さっき、力を吸い取ったから、自害なんてできないわよ」
くそー!
万事休すか。
と、そのときだった。
「禰豆美キーック! じゃ!」
ドンと音がしたと思ったら、覆いかぶさっていたサキュバスが一瞬にして俺の視界から消えた。
「きゃああああああああ!」
悲鳴の後、水面をはねるようなバシャバシャという音が聞こえてくる。
「おじさん、大丈夫!?」
「貞操は無事ですか?」
変身した栞奈と真凛がひょっこりと視界に入ってくる。
「……栞奈。真凛。助かった!」
俺は思わず、起き上がって2人に抱き着いた。
「お、おじさん。そういうのは後で、だよ」
「そ、そうです。旅館に戻ってから……」
「む? ずるいぞ、なんだか知らんが、儂も混ぜろ!」
禰豆美も変身している。
前はグレーのスーツがキモイと思ったが、今はものすごく頼もしく見える。
「逆にお邪魔だったかしら?」
黒武者も変身しているから、表情が見えない。
フルフェイスメットの下は笑みを浮かべているのか、少しは心配してくれているのか。
「あらあら……。やってくれるじゃない」
海から出てくるサキュバス。
表情からして、ものすごく怒っているようだ。
「ふむ、タフじゃのう。さすが魔族といったところじゃな」
「……あら? あなたも転生者、というやつかしら?」
「ああ。そなたと一緒じゃな」
「そう……。少しは楽しめそうね」
「そうかのう? 一瞬で終わると思うんじゃが?」
サキュバスの怒りがますます増していく。
肩を震わせていたかと思うと、一気に禰豆美に向かって襲い掛かってきた。
「舐めてるんじゃわよ!」
ガチバトル。
一気に、バトル漫画の世界に変貌する。
サキュバスと禰豆美から光のようなものが放出されている。
魔力か何かだろうか。
サキュバスの攻撃を軽くいなす禰豆美。
そして、カウンターを合わせるように攻撃を繰り出すと、サキュバスは慌てて大きく距離を取る。
さすが元魔王。
実力差はかなりのものだ。
「……子供のくせに、なんて強さなの」
驚愕するサキュバス。
逆に禰豆美は余裕の笑みを浮かべている。
そして、禰豆美は右手のひらをサキュバスに向けた。
「禰豆美フラッシュ!」
突然、禰豆美の手のひらから巨大な光の球が出現し、サキュバスに向かって飛んでいく。
「なっ!」
サキュバスは慌てて腕をクロスして防御の体勢を取る。
そして、花火のようなドンという衝撃と音が響いた。
大爆発。
「きゃあああああああ!」
サキュバスが海の方へ吹き飛び、海の中へと沈んでいく。
あたりが静寂に包まれる。
「……た、倒したのか?」
「……むう。マズったのう」
俺がそう問いかけると、禰豆美が顔をしかめたのだった。