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第66話 ある女の罠

 次の日。


 俺たちはいつも通り、浜辺で遊んでいた。


「ふっふっふ。完成したわ……」


 黒武者の声に反応して後ろを向くと、物凄いものがあった。


「1分の1、栞奈ちゃん砂人形よ」


 自分で作って感動しているのか、黒武者はプルプルと肩を震わせている。

 確かに無駄にレベルが高い。

 色をつければ、今にも動き出しそうなほどだ。


 ……実物大で作る必要あるのか?


 そして、悲しいことに、ああいう凝ったものを作ればお約束が待っている。

 どうせ、どこからかボールが飛んでくるか、子供が突っ込んでくるかするだろう。

 無駄にかけた労力が一気に崩れ去る絶望感を味わうんだな。


「……」


 黒武者は自分で作った栞奈の砂人形を見て、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「……ちょっとだけ。ちょっとだけよ」


 すーっと砂人形の胸に手を伸ばす黒武者。

 そして、黒武者の手が砂人形の胸に触れた瞬間、衝撃で砂人形が後ろに倒れる。


「あっ!」


 バシャ。


 無残にもリアルな砂人形は、リアルな惨殺死体現場へと変貌した。


「あああああああああ~~~!」


 ガチ泣きする黒武者。


 ……自分でフラグを回収するのか。

 珍しいタイプだな。


「お主よ。何をぼーっとしておるのじゃ」


 禰豆美に注意され、俺は視線を戻す。


 砂の城。


 ベッタベタだが、俺たち4人は結構、大きなものを協力して作っていた。


 ……しまった。

 俺も黒武者のことを言えない。

 こんなものを作れば、同じようにお約束で崩れる未来がまっているはずだ。


「ねえ、おじさん。お城作り終わったら、ボート乗ろうよ」

「ん? んー……」


 俺はせめて完成まではフラグをへし折ってみせると辺りを警戒する。


「ボートってなんじゃ?」

「えっとね、アヒルの形をしたやつで足で漕ぐんだよ」

「……ふむ?」


 まあ、その説明じゃわからんだろうな。

 しかたない。

 あとで乗せてやるか。


 確か、ボート乗り場はあっちの方にあったはず……。


 ボート乗り場がある方へ視線を向ける。


 ――すると。


 ヒラヒラと上から一枚の紙が落ちてくる。


「……なんだ?」


 俺は紙が落ちたところへ歩き、拾い上げる。


「こ、これは……」


 別にエロ絵が描いた紙、というわけではない。

 そこに描いてあったのは魔方陣だった。


 忘れていた。

 茶子は最初のオークくんを呼び出す魔方陣を拾ったと言っていた。

 そして、昨日のスケルトンの魔方陣も、今のように上から落ちてきた。


 誰かが魔方陣をバラまいている。

 それは間違いないだろう。


 一応、茶子には注意しておいたから、茶子が召喚を行うことはないはず。

 だが、他に茶子のように召喚に詳しい奴がいるという可能性も0ではない。


 そもそも、こんな危険な魔方陣をバラまいているやつを放置できない。


 ふう。やれやれ。すっかり正義の味方が板についてきてしまったな。


 とはいえ、善意100パーセントというわけではない。

 当然だ。

 本来、俺はニートで、働くなんてことは論外。


 じゃあ、なぜ、頑張っているかというと、水着コンテストのためだ。

 カメのときはまだ、この世界にいる生物だったから、突然変異的な感じで、大騒ぎにはなったが致命傷にはならなかった。


 だが、この世界には存在しないモンスターが現れて、死傷者なんて出したらどうだろうか?

 水着コンテストは中止になることは必至だろう。

 それだけは絶対に回避しなければならない。


 なので、事前に、不安の目を摘んでおくしかないのだ。


 魔方陣の紙を拾い上げると、今度は100メートル先に、またヒラヒラと紙が落ちてくるのが見えた。


「くそ!」


 他の奴に拾われると厄介だ。


 俺はダッシュして、紙を拾い上げる。

 するとまた、100メートル先に紙が落ちてくる。


「あー、もう、なんなんだよ!」


 そして、気づいたら、俺は人気のない、岩場にたどり着いていた。




 マズい。


 咄嗟に浮かんだ言葉だ。

 というか、本能的に思ったと言った方が近いだろう。


 こういうときの予感って当たっちまうんだよな。


「おーほっほっほっほ。引っかかったわね」


 振り返ると、そこには褐色の肌をしたボンキュッボンの女が立っていた。

 赤色で、パーマのような癖のある髪が背中まで伸びている。

 奇抜な水着のような肌の露出が高いものを着ているが、肩や肘、靴なんかには刺々しいプロテクターのようなものを付けている。

 そのプロテクターも、ドクロの形という、なんとも在り来たりなデザインだ。


 そしてなにより、その女が人間ではないことは一目瞭然だった。


 顔はそれこそ、ハリウッド女優のように綺麗だ。

 禰豆美を成長させたような、ある意味、人間離れをしたような整った顔。


 だが、頭には角がついている。

 鬼のような、5センチほどの角が。


 この女がただのコスプレ好きな人だという希望を抱いたが……。


「今までよくも邪魔してくれたわね」


 殺気がこもった目で睨まれる。


 いつも黒武者からの殺気を受けているが、あれとは段違いの強さだ。


 頬に汗が流れる。


 マズった。

 昨日、事件が解決するまで禰豆美から離れないでおこうと決めてたのに。


 あんな鳩しか引っかからないようなトラップにハマるとは。


「魔族に逆らうなんてね。……楽に死ねないと思った方がいいわよ?」


 女がニヤっと笑う。

 一瞬にして、背筋が寒くなる。


 殺される。


 俺はジリジリと女から距離をとりつつ、周りを見渡す。

 いくら探しても、人がいない。

 つまりは『困る人』が用意できないということだ。


 変身ができなければ、話にならないだろう。

 まさか親玉がスケルトンより弱いとは思えない。


 逃げの一手しかない。


 俺は思い切りダッシュをする。


 しかし。

 当たり前と言えば当たり前だが、あっさりと追い付かれた。

 後ろから押されて、前のめりに倒れる。


「くそ!」


 なんとか立ち上がろうとするが、ズンと背中に乗られた。


 ……動けない。


「捕まえたわ。うふふふふ」


 女に肩をつかまれ、無理やり仰向け状態にさせられる。

 腹に乗っかられ、マウントポジションをとられた。


「じゃあ、さっそく……」


 ペロリと妖艶に唇を舐める女。


 まさか、肉を食べるのか!?


 一気に血の気が引く。

 さすがにそんな無残な死は勘弁してほしい。


 だが、女は俺の――。


 下半身を触ってきた。


「え?」

「私ねぇ。サキュバスなのよ」

「そんなん、ばっかかよ!」


 もう、やだ。

 なんで、みんな、俺の貞操を狙ってくるんだよ。

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