妙に長い一日が終わり、俺たちは旅館へと戻った。
部屋に戻ると、すでに黒武者がいた。
「真凛さん、ありがとう。確認できたわ」
「お役に立ててよかったです」
黒武者が真凛に親指をグッと立て、真凛もそれを返す。
「何の話だ?」
「なんでもないわよ」
立てた親指を俺に対してはグッと下げる黒武者。
……お前は罵倒しないと俺と話せないのか?
「まあいいや。おい、お前ら。夕飯前に風呂入ってこい。ちゃんと体洗ってから風呂に入れよ」
「はーい!」
栞奈、真凛、禰豆美がバスタオルとタオル、着替えを持って部屋を出ていく。
「まるでお父さんね」
ふふっと笑う黒武者。
ちなみに、黒武者は栞奈とは一緒に風呂に入らないようにしている。
最初は逆に何としてでも入ろうとするかなと思ったのだが……。
「我慢できなくなるじゃない」
ということらしい。
「じゃあ、お前がお母さんか?」
「はっ!」
鼻で笑われてしまう。
てっきり罵倒が返ってくるかと思ったんだが。
「さてと、俺も入ってくるか。汗と海水でベタベタだ」
「どうせなら、家族風呂にでも入る?」
バスタオルに手を伸ばした時、黒武者がそんなことを言ってくる。
ちなみに家族風呂とは文字通り、家族で貸し切りの風呂、つまりは混浴の風呂のことだ。
この旅館には、露天の家族風呂があり、それが売りでもあるらしい。
……何を考えてる?
振り向いて、黒武者の顔を見る。
ニヤリと悪戯っぽい笑顔だ。
「……ああ。わかった。あれだろ? 行くって言ったら、1人でどうぞ、だろ?」
「あら。よくわかったわね」
だいぶ、こいつとのやり取りも手慣れてきた。
今までどれだけおちょくられて来たことか。
「1人で入るために、金払いたくねーよ」
もちろん、家族風呂は有料だ。
「じゃあ、一緒に入る?」
さらに黒武者からの追撃。
……この追撃はよくわからんな。
「はっ!」
仕方ないからさっきの黒武者と同じように鼻で笑い、バスタオルとタオル、着替えを持って部屋を出る。
後ろからは「あら、残念」という黒武者の声が聞こえてきた。
夕飯はバイキングということも、この旅館を選んでよかったと思う1つだ。
結構、料理の種類が多いので、飽きが来ない。
禰豆美は納豆と、どの料理が合うかと日々、研究しているようだ。
食欲が失せるから、俺は食べてるときには禰豆美の方は見ないようにしている。
「ほら、ねずっち、口汚れてるよ」
「む?」
栞奈が禰豆美の口を拭いてやっている。
こう見るとまるで姉妹で、栞奈がお姉ちゃんのように見える。
本当は禰豆美の方が1000歳過ぎなので、禰豆美の方がお姉ちゃんになるのだが。
黒武者はというと、世話を焼いている栞奈を微笑ましく、涎を垂らしながら見ている。
……あの涎は料理に対して出ているのだと信じたいところだ。
「お兄さん、このグラタン、美味しいですよ」
俺の隣に座っている真凛が、グラタンを入れた皿を差し出してくる。
「お、これ、気になってたんだ。サンキューな」
手に取ってグラタンを食べる。
美味い。
そんな俺の様子をニコニコと笑みを浮かべながら見ている真凛。
大体、夕飯はいつもこんな感じで食べているのだ。
部屋に戻ると大体はテレビを流しっぱなしにして、各々やりたいことをやる。
俺と黒武者はスマホでネットサーフィン。
栞奈、真凛、禰豆美は大体、カードゲームで遊んでいる。
トランプとか、ウノとか、花札とか。
……花札って、渋いな。
で、そうしているうちに……。
「ねえ、おじさんもやろう!」
「萌乃も加わらんか?」
結局、5人で遊ぶ羽目になる。
「いえーい! 一抜けー!」
栞奈が中央にトランプのペアを出して、手を広げる。
「むむ。やるな、栞奈よ」
ババ抜き。
こういう直感的なゲームは、結構、栞奈が強い。
「あ、イチハチ、4期決定みたいね」
「マジで!?」
黒武者がテレビに顔を向けたので、俺もつられて顔を向ける。
しかし、テレビに映されているCMの内容は全然関係ない、入れ歯の洗浄剤だった。
……なんなんだよ。
ムッとしながら、自分の手札に目を戻すと、なかったはずのジョーカーがある。
なぜに?
ハッとして黒武者の方を見る。
ニヤリと笑みを浮かべている。
「私も上がりよ」
黒武者が中央に最後のペアを出して、抜ける。
黒武者は、ゲーム機のゲームは激弱だが、こういうアナログのゲームはかなり強い。
イカサマをするからだ。
「僕も上がりです」
真凛も上がる。
「むう……。またお主と一騎打ちか」
「今度は負けないぜ」
そして、大体俺は禰豆美と最下位争いをするというのがいつもの流れだ。
深夜。
ふと、目を覚ます。
今日は昼寝をしたからだろうか。
携帯を手に取り、時間を見ると2時だった。
なんか、目が冴えたな。
飲み物でも飲もうかと起き上がる。
「あれ? おじさんも起きたの?」
見ると栞奈が窓際の椅子に座っていた。
「なんだ、眠れないのか?」
「うーん。なんか、目が覚めちゃって」
俺は部屋の冷蔵庫からジュースを2つ手に取り、栞奈の方へ持っていく。
「ほれ」
「ありがと」
栞奈がジュースを受け取って、一口飲む。
「美味しい」
にっこりとほほ笑む栞奈。
俺は栞奈の正面の椅子に座り、ジュースを飲む。
「……時々ね、夢なんじゃないかって怖くなるんだ」
「なにがだ?」
「おじさんや真凛ちゃん、クロちゃんにねずっち。こうやってみんなといるのがさ」
「毎日毎日、イベント満載だからな。夢だったら、どんなに楽か」
「そうじゃなくて……」
フルフルと首を振る栞奈。
「すごく、楽しいんだ。……幸せっていうのかな」
「大げさだろ」
「そんなことないよ。誰かと一緒にいるって、こんなに楽しくて、嬉しくて、幸せなことなんだね」
少し前の俺なら全否定していただろう。
1人が最高だと。
だが、今は、少しだけ栞奈の言うことがわかる。
「寝て起きて、目が覚めたら、今までのことが夢で、また1人に戻るんじゃないかって怖くなるんだ」
弱弱しく笑う栞奈。
いつもは悩みなんてなさそうな顔で笑っているのに。
俺はグイっとジュースを飲み干してテーブルに置く。
「さ、寝るぞ」
「え?」
「明日もたっぷり遊ぶんだろ?」
「う、うん!」
にっこりと笑った栞奈はジュースを一気に飲み干す。
布団へと戻ろうとすると、栞奈が慌てて歩く方向を変える。
「あ、おしっこ、おしっこ」
……言わんでいいから、そういうの。