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第65話 ひと時の休息

 妙に長い一日が終わり、俺たちは旅館へと戻った。

 部屋に戻ると、すでに黒武者がいた。


「真凛さん、ありがとう。確認できたわ」

「お役に立ててよかったです」


 黒武者が真凛に親指をグッと立て、真凛もそれを返す。


「何の話だ?」

「なんでもないわよ」


 立てた親指を俺に対してはグッと下げる黒武者。


 ……お前は罵倒しないと俺と話せないのか?


「まあいいや。おい、お前ら。夕飯前に風呂入ってこい。ちゃんと体洗ってから風呂に入れよ」

「はーい!」


 栞奈、真凛、禰豆美がバスタオルとタオル、着替えを持って部屋を出ていく。


「まるでお父さんね」


 ふふっと笑う黒武者。

 ちなみに、黒武者は栞奈とは一緒に風呂に入らないようにしている。

 最初は逆に何としてでも入ろうとするかなと思ったのだが……。


「我慢できなくなるじゃない」


 ということらしい。


「じゃあ、お前がお母さんか?」

「はっ!」


 鼻で笑われてしまう。

 てっきり罵倒が返ってくるかと思ったんだが。


「さてと、俺も入ってくるか。汗と海水でベタベタだ」

「どうせなら、家族風呂にでも入る?」


 バスタオルに手を伸ばした時、黒武者がそんなことを言ってくる。

 ちなみに家族風呂とは文字通り、家族で貸し切りの風呂、つまりは混浴の風呂のことだ。

 この旅館には、露天の家族風呂があり、それが売りでもあるらしい。


 ……何を考えてる?


 振り向いて、黒武者の顔を見る。

 ニヤリと悪戯っぽい笑顔だ。


「……ああ。わかった。あれだろ? 行くって言ったら、1人でどうぞ、だろ?」

「あら。よくわかったわね」


 だいぶ、こいつとのやり取りも手慣れてきた。

 今までどれだけおちょくられて来たことか。


「1人で入るために、金払いたくねーよ」


 もちろん、家族風呂は有料だ。


「じゃあ、一緒に入る?」


 さらに黒武者からの追撃。


 ……この追撃はよくわからんな。


「はっ!」


 仕方ないからさっきの黒武者と同じように鼻で笑い、バスタオルとタオル、着替えを持って部屋を出る。


 後ろからは「あら、残念」という黒武者の声が聞こえてきた。




 夕飯はバイキングということも、この旅館を選んでよかったと思う1つだ。

 結構、料理の種類が多いので、飽きが来ない。


 禰豆美は納豆と、どの料理が合うかと日々、研究しているようだ。

 食欲が失せるから、俺は食べてるときには禰豆美の方は見ないようにしている。


「ほら、ねずっち、口汚れてるよ」

「む?」


 栞奈が禰豆美の口を拭いてやっている。

 こう見るとまるで姉妹で、栞奈がお姉ちゃんのように見える。


 本当は禰豆美の方が1000歳過ぎなので、禰豆美の方がお姉ちゃんになるのだが。


 黒武者はというと、世話を焼いている栞奈を微笑ましく、涎を垂らしながら見ている。


 ……あの涎は料理に対して出ているのだと信じたいところだ。


「お兄さん、このグラタン、美味しいですよ」


 俺の隣に座っている真凛が、グラタンを入れた皿を差し出してくる。


「お、これ、気になってたんだ。サンキューな」


 手に取ってグラタンを食べる。

 美味い。


 そんな俺の様子をニコニコと笑みを浮かべながら見ている真凛。


 大体、夕飯はいつもこんな感じで食べているのだ。




 部屋に戻ると大体はテレビを流しっぱなしにして、各々やりたいことをやる。


 俺と黒武者はスマホでネットサーフィン。

 栞奈、真凛、禰豆美は大体、カードゲームで遊んでいる。

 トランプとか、ウノとか、花札とか。


 ……花札って、渋いな。


 で、そうしているうちに……。


「ねえ、おじさんもやろう!」

「萌乃も加わらんか?」


 結局、5人で遊ぶ羽目になる。


「いえーい! 一抜けー!」


 栞奈が中央にトランプのペアを出して、手を広げる。


「むむ。やるな、栞奈よ」


 ババ抜き。

 こういう直感的なゲームは、結構、栞奈が強い。


「あ、イチハチ、4期決定みたいね」

「マジで!?」


 黒武者がテレビに顔を向けたので、俺もつられて顔を向ける。

 しかし、テレビに映されているCMの内容は全然関係ない、入れ歯の洗浄剤だった。


 ……なんなんだよ。


 ムッとしながら、自分の手札に目を戻すと、なかったはずのジョーカーがある。


 なぜに?


 ハッとして黒武者の方を見る。

 ニヤリと笑みを浮かべている。


「私も上がりよ」


 黒武者が中央に最後のペアを出して、抜ける。


 黒武者は、ゲーム機のゲームは激弱だが、こういうアナログのゲームはかなり強い。

 イカサマをするからだ。


「僕も上がりです」


 真凛も上がる。


「むう……。またお主と一騎打ちか」

「今度は負けないぜ」


 そして、大体俺は禰豆美と最下位争いをするというのがいつもの流れだ。




 深夜。


 ふと、目を覚ます。

 今日は昼寝をしたからだろうか。


 携帯を手に取り、時間を見ると2時だった。


 なんか、目が冴えたな。


 飲み物でも飲もうかと起き上がる。


「あれ? おじさんも起きたの?」


 見ると栞奈が窓際の椅子に座っていた。


「なんだ、眠れないのか?」

「うーん。なんか、目が覚めちゃって」


 俺は部屋の冷蔵庫からジュースを2つ手に取り、栞奈の方へ持っていく。


「ほれ」

「ありがと」


 栞奈がジュースを受け取って、一口飲む。


「美味しい」


 にっこりとほほ笑む栞奈。

 俺は栞奈の正面の椅子に座り、ジュースを飲む。


「……時々ね、夢なんじゃないかって怖くなるんだ」

「なにがだ?」

「おじさんや真凛ちゃん、クロちゃんにねずっち。こうやってみんなといるのがさ」

「毎日毎日、イベント満載だからな。夢だったら、どんなに楽か」

「そうじゃなくて……」


 フルフルと首を振る栞奈。


「すごく、楽しいんだ。……幸せっていうのかな」

「大げさだろ」

「そんなことないよ。誰かと一緒にいるって、こんなに楽しくて、嬉しくて、幸せなことなんだね」


 少し前の俺なら全否定していただろう。

 1人が最高だと。


 だが、今は、少しだけ栞奈の言うことがわかる。


「寝て起きて、目が覚めたら、今までのことが夢で、また1人に戻るんじゃないかって怖くなるんだ」


 弱弱しく笑う栞奈。

 いつもは悩みなんてなさそうな顔で笑っているのに。


 俺はグイっとジュースを飲み干してテーブルに置く。


「さ、寝るぞ」

「え?」

「明日もたっぷり遊ぶんだろ?」

「う、うん!」


 にっこりと笑った栞奈はジュースを一気に飲み干す。


 布団へと戻ろうとすると、栞奈が慌てて歩く方向を変える。


「あ、おしっこ、おしっこ」


 ……言わんでいいから、そういうの。

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