男と腕を組んだ状態で、真凛は岩場の影へと誘導していく。
なんというか、とにかく嫌な予感がする。
いや、その予感が膨らんでいく。
真凛は辺りを見渡して、人がいないことを確認すると、男へとすり寄る。
「ここなら誰もいないですよ?」
「ほ、ほほ本当にいいんだな?」
男は妙に興奮した様子で真凛の肩をつかむ。
すると真凛はニコリと笑った後、目を瞑る。
ゴクリ、とこっちにまで聞こえるほどの生唾を飲み込む音。
男は口を尖らせて真凛の唇へと近づけていく。
そして、男と真凛の唇が重なりそうな、瞬間。
――パシャ。
シャッター音が鳴り響く。
「なっ!?」
男は真凛から離れて、辺りを見渡す。
「だ、誰だ? 誰かいるのか?」
すると真凛がゆっくりと目を開き、持っていた携帯をゆっくりと上げる。
「僕が撮ったんすよ」
「……ど、どういうことだ?」
「おじさん……、結婚されているのに、若い娘に手を出すのはどうかと思うんですよね」
「……ま、まさか。私を騙したのか?」
「そうですね。その通りです」
「何が目的なんだ?」
「簡単です。2日後の水着コンテストで、栞奈さんに票を入れてくれればいいだけですよ」
……やっぱり。
そんなことだろうと思った。
やることがある、と言っていたのは、審査員を脅すための準備ということか。
「ちょ、ちょっと待て。あんな水着コンテストなんて、単なる地域を盛り上げるためのお遊びのようなものだ。ここまですることにメリットなんてないぞ!」
ですよねぇ。
これがミスコンとかで、優勝者はモデルとしてデビューとか、そんなのだったら不正をする意味がある。
だが、優勝者はせいぜい、その場の観客からエロい目……いや、歓声を浴びる程度。
優勝賞金だって出るわけじゃないし、賞品だって、モナ子の抱き枕だ。
俺にとっては1000万以上の価値があるが、果たして、他の人間から見て、そこまで価値があるのかと言えば、必ずしもそうだとはいえないだろう。
正直に言って、そこまで参加者が集まるのかという疑問さえある。
俺もそれがあるからこそ、栞奈なら優勝をもぎ取ってこれるだろうという打算があった。
もし、これがガチなコンテストだったら、栞奈経由で何とか黒武者を説得して出場させるように画策していたところだ。
「僕が聞きたいのはそんな言葉じゃないです……。イエスかノーか。この写真をSNSに流されて人生が終わるか、言うことを聞くかです」
「う、うう……」
「押しますよ? いいんですね?」
「わかった、言うことを聞く……」
「やめんか!」
ズドンと真凛の後頭部にチョップをかます。
「あっ! お兄さん! なんでここに?」
「なんでここに、じゃねーよ! 何してんだ、お前は?」
「裏工作です」
「堂々と言うな!」
「お兄さんのために……栞奈さんを勝たせるためには、僕はこれくらいしかできません」
「いや、完全にやっちゃダメなことだろ」
「……」
不満そうに頬をぷくうと膨らませる真凛。
「俺のためを思ってやってくれたことに関しては感謝してるし、嬉しい」
「……お兄さん」
「けど、こんなことをして、誰が喜ぶんだ?」
「え? お兄さん、今、嬉しいって……」
「あー、いや、それは言葉のアヤだ。とにかく、不正をして勝っても栞奈も俺も嬉しくない」
「でも……優勝しなければ1回戦負けと同じです」
「お前はどこかのアスリートかよ」
まあ、言いたいことはわかる。
そりゃ、優勝賞品なんだから、優勝しなければ3位だろうと2位だろうと意味はない。
真凛のほうが合理的な考え方だ。
が、そうじゃないだろ。
「真凛。お前は仲間を……栞奈を信じてないのか?」
「え?」
「こんなことをしないと、栞奈は優勝できないか? 本当にそう思ってるのか!?」
「そう思ったので、こういうことをしてたのですが……」
「……」
面倒くさい。
そこは雰囲気で、「僕が間違ってました」って言って泣くところだろ。
空気読めよ。
うーん。
どうしようかな。
……はあ。しょうがない。
違うアプローチをするか。
「俺は……真凛が他の男と親しげに話したりするのが嫌だ」
「……っ!?」
真凛は目をカッと見開いた。
よし、刺さったみたいだな。
ここは一気に畳み込む。
「お前、さっきはもう少しでキスされそうだったし、肩だってつかまれてた。俺はそういうのを見るのも……いや、見てないところでもやってるのは嫌なんだよ!」
「……お兄さん」
目が潤み始め、頬を赤くする真凛。
「真凛! お前は俺のものだ! 他の奴なんかに渡さない!」
「はい! じゃあ、結婚してください!」
「……」
……やっちった。
勢いあまって、余計なことまで言っちまったぞ。
常日頃、モナ子へのプロポーズの台詞を考えていたのが、ポロっと出てしまった。
やべぇ。
なんとか、勢いで誤魔化すか。
「わかった。雰囲気だけな」
「え? あ、はい……?」
真凛の頭の上にはてなマークが出ている間に、さらに畳みかける。
「お前の携帯の中に、他の男の写真があるのも我慢できない。消してくれないか?」
「わ、わかりました」
真凛が物凄い勢いで、写真を消していく。
そこには結構、写真があった。
お前。ほとんどの審査員を探し出して、すでに裏工作してたな?
あぶねえ。
気づかなかったら、下手したら恐喝で捕まるところだったんじゃないか?
「消しました!」
そう言って、真凛が俺に携帯を渡してくる。
「どれどれ?」
パパっと保存されている写真を見る。
そこには栞奈、黒武者、禰豆美、俺との写真しか残っていない。
そして、その中に、なぜか俺の全裸写真がある。
俺は真凛に見つからないように、そっとその写真も削除した。
……いつの間に撮ったんだよ。
怖ぇって。
俺は携帯を真凛に返した後、男の方を向く。
「写真は消したから安心してくれ」
「あ、ああ……」
男はなにがなんだかといった感じで呆然としていたが、俺の言葉でコクコクと頷いた。
「そ、それでは失礼する」
そう言って、男はそそくさをその場を去っていったのだった。