本当は夕ご飯を食べて、風呂に入って、今日はそのまま寝たい気分だった。
だが、今日起こった出来事は決して、無視してはいけないだろうし、忘れてはいけない。
なんていうか、今日の出来事はある種のトラウマで、眠ってしまったら防衛本能として忘れてしまいそうだ。
だから、今のうちに禰豆美に色々と聞いておかなければならない。
「魔力を作り出せぬ者に、魔力を道具に込めることはできん。まあ、当然のことじゃな」
お風呂から出てまったり気分のところを、納豆プリンで釣って、話を聞いている。
もちろん、納豆プリンという商品はなく、単にプリンに納豆をかけているだけだ。
「だよなぁ。……ってことは、あの女の子は、この世界の者じゃない……つまりは転生者が魔力を込めた魔方陣を使ったっていうことだよな?」
「そうとしか考えられんのう。……おかわりじゃ」
空になったプリンの容器を差し出してくる禰豆美。
俺はすぐに冷蔵庫から納豆とプリンを持ってきて、ぐちゃぐちゃと混ぜ合わせる。
……これはこれで、トラウマになりそうな光景だな。
「ほれ」
「ふむ! ……美味! 美味!」
本当に美味しそうに食べている。
その姿だけ見てると、実は本当は美味しいのでは? とつい思ってしまうが、もう何度も騙されているから、一口くれとは絶対に言わない。
「念のために聞くけど、俺に秘められている魔力がある、ってことはないよな?」
「む?」
ジッと禰豆美が俺を見ている。
いや、観察すると言った方が正しいだろうか。
そして。
「ないな。微塵も魔力を感じん。……そもそも、魔力を作り出す器官がないんじゃから、どうしようもあるまい」
「なら、転生時に、体を再構築する際にその器官ってやつを作ることはできるのか?」
「ふーむ。儂もその辺に詳しいわけじゃないが、おそらく無理じゃろうな」
「そうなのか?」
それはちょっと意外だった。
「異世界転生ものだと、異世界に転生した際にいきなり強力な魔力を最初から持っている、なんてことは結構あるのにな」
「アニメと一緒にされてものう。……ただ、その場合、2つのパターンが考えられる」
「2つのパターン?」
「うむ。一つ目は現地の……つまりは転生先の世界の人間をベースに再構築する方法じゃ。転生先の人間であれば、魔力を作り出す器官はあるからのう。そこを再構築時に強化することはできるじゃろう」
「なるほど……」
「で、もう1つのパターンじゃが付与能力として付けるというものじゃな。たとえば、炎の球を魔法で作り出すのではなく、炎の球そのものを作り出す技能、というわけじゃな」
「あー、スキル系ってやつか」
「まあ、2つのパターンを複合的に行う転生もあると思うが……」
どうやら、禰豆美も、俺が考えている懸念が何かがわかっているらしい。
「この世界の人間をベースにした場合は器官がないから、魔力を持つことはないってことか」
「そうじゃな」
「……ってことは、やっぱり、今回の一連の事件はこっちに転生してきた魔族がやったってことか」
カメの事件と、召喚の事件。
どちらも禰豆美は魔力がないとできないことだと言っている。
「まあ、ワンチャン、儂がいた世界のように、魔力を作り出す器官をもった人間が、こっちの世界に転生した、ということもあり得るがのう」
「あ、そっか。そのパターンもあるのか」
考えてみれば確かにそうだ。
転生できるのは、なにもこっちの世界の専売特許とは限らない。
向こうからこっちにだって十分あり得る。
「とはいえ、カメをデカくする魔法は、おおよそ人間に扱えるような魔法じゃないからのう。おそらく魔族が転生したやつの仕業だと思うぞ」
「なるほどな。ありがとう、禰豆美。参考になったよ」
「うむ。また聞きたいことがあれば、気兼ねなく聞くがよい」
禰豆美も満足そうに頷いて立ち上がる。
「あ、禰豆美」
「なんじゃ?」
「顔洗うか、もう一回、風呂入ってこい」
「む?」
禰豆美の顔は納豆とプリンのカスだらけになっていた。
そして、次の日の朝。
俺たちは昨日と同じように朝食を食べてから、すぐに浜辺へと向かう。
「それー!」
「むむ! やるのう!」
今度はしっかりとビーチボールを持ってきていた栞奈と禰豆美がいの一番で遊び始める。
栞奈……昨日のやる気はどこに行ったんだ?
とはいえ、逆に今日もやる気があって、特訓なんて言い出さなくてよかった。
慣れない特訓なんて体を壊すだけだ。
最悪、コンテスト当日に筋肉痛で動けないなんて、目も当てられない。
今は何も考えずに遊ぶ方がいいだろう。
そして、真凛はというと、「僕はちょっと調べ物があるので」と言って、どこかに行ってしまった。
ここまで真凛が離れて行動するのは珍しいが、せっかくの海ということもあり、一人で楽しみたいというのもあるかもしれない。
まあ、ここは変に干渉しない方がいいだろう。
で、俺はというと、海岸をウロウロと歩いているというわけだ。
別に無意味に徘徊しているわけじゃない。
「水着の女の子をエロい目で見るためなんでしょう?」
隣を歩く黒武者が言う。
だから、思考を読むのはやめてほしい。
「それにしても、お前が俺に付き合うって何事だ? 栞奈を眺めて愛でるんじゃないのか?」
「それも捨てがたいんだけど……。私、気づいたのよ」
「……なにをだ?」
「せっかくこんなにたくさん人がいるんだもの。栞奈ちゃん以外の子を見て、楽しむチャンスじゃない!?」
「水着の女の子をエロい目で見てるのはお前の方じゃねーか!」
ふざけんな!
さんざん、人を変態扱いしやがって。
自分の方が変態じゃねーか。
俺の方がよっぽど健全な理由で浜辺を歩いているぞ。
「で、そういうあんたはどういう理由? いつもなら、疲れるの嫌がるのに」
「まあ、そうなんだけどさ。カメの事件と昨日のオーク事件、立て続けに起きてるだろ?」
「……つまり、今日も起きる、って言いたいの?」
「その確率は高いだろ?」
「そうね……」
と、そんな話をしているときだった。
まるで立てたフラグをすぐに回収するべく、俺に向かって何かが迫ってきていたのだった。